せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

幻肢痛(ファントムペイン) -間奏曲

2009-03-31 19:12:23 | 小説
もしもサンドリヨンが居たとして、彼女が幸福になる事はできない。
この世には彼女を幸福にするはずの善良なる魔法使いも、魔法の樹木も、特別な白鳩やネズミは存在しないのだ。国を治めるのは王ではなく女王。舞踏会の主役となっていた壁の華の姫君に継母などおらず、ましてや父親の行方など知れたものか。硝子の靴など履こうものならば足は血だらけに、ましてやヒールを履かない貧しい者が、走る事などできようはずもない。

何よりサンドリヨンは、鐘が鳴る前にこうして堕ちたではないか。

闇を纏った"魔法使い"は口元を吊り上げ、手の中で眠る少女を嗤う。白いうなじから伸びる銀の刃は確実に彼女の生命線を破り、少女の命を奪っていた。
仮にサンドリヨンが存在したとしても、現れる魔法使いが善良である確証などこの世にはないのだ。現にこうして、無垢なサンドリヨンは殺されてしまったではないか。

「サンドリヨンとは愚かな名をつけたものだな…エトワール・レネック」

首から申し訳程度に垂れるロザリオの裏に刻まれていた名前は、おそらく彼女のもの。魔を払うはずのそれは主人の血を浴び、切れて絨毯の上に転がった。
数分前まで清楚なドレスで舞っていた彼女は今、シーズンに似合った真紅のドレスに溺れている。まだ幼い肌に散った紅い化粧がその青白さを際立たせ、最早この場にサンドリヨンは居ない事を物語っていた。

「子守唄の姫君を知らぬ、自身の無知を呪うといい」

金の髪にエメラルドの瞳。魔法使いは"少女であったもの"の色を失った瞳を伏せ、醜い人形に成り果てた灰かぶり姫を手放した。残されたサンドリヨンの髪が、這ってきては魔法使いの足を絡めとろうとしているかのように、散らばる。

「…Good dream , CANDRILLON.」

その少女こそ、この世でのサンドリヨンだったのかもしれない。

―――
(幻肢痛)
間奏曲、サンドリヨン。

サンドリヨンは「シンデレラ」のフランス語名です。
エリクはたまーに異国をふらふらするのが大好きで、
挙句相手が理解できない言葉を平気で使う人間なので、
シンデレラではなく一ひねり入れて"サンドリヨン"に。
色々な作品の影響を受けててボロボロですw

「お前を殺して俺も死んでやるッ!」

2009-03-29 22:04:28 | Weblog

 く そ ふ い た 

TOW.RM2のゲーデがカミュに似過ぎの件ww
カミュ「お前らを殺して僕も死んでやる!!」
はいはいワロスワロス。無理心中男
アリアポジはうちの子メープルちゃんかなw
ちなみにカミュの声はTOLのジェイのイメージ。


マイソロ2は今日やっとクリアしました。
聖騎士Lv.62(某無駄にフェロモン放出兄の影響)
聖騎士レディアント+仕官候補生の仮面、
あとはサブ装備にフィートシンボルをつけて。
ゲーデ第一形態はカノンノ+ユーリ+エステル、
第二形態はカノンノ+エステル+僧侶(傭兵)
「術を盛大に使え」にしておいても苦勝|||orz
第一形態はみんなでフルボッコで楽勝でした。

ゲーデに999コンボを叩き込むディセンダー。
ニアタ「この戦いの意味を忘れてはならぬぞ」
ディセンダーが最早ただの戦闘マニアです本当に(ry
一方的にフルボッコにするのはイクナイと思うよwww


初期~途中まで盗賊だったんですけど、
防御力があまりに(薄い意味で)だったので、
嫌気がさして色んな職を転々としてましたねえw
最終的に攻撃力が異常に高い聖騎士に落ち着く私。
防御? 川´_ゝ`)<なに、気にすることはない
そんなものしなくたってエステルが居るもの★←

案の定プレイ中エステル+ユーリはぁはぁwwとか
そういう事に時間を費やしていたのは秘密なのです。
そして、エステルのレベルがユーリより高い
エステルが生き残ってる中、ユーリが敵陣に突っ込み
素晴らしく麗しい倒れ姿を披露するのが日常でしたw


今は継続プレイでまったりクエスト三昧。
バルバトスを倒すのはもっと後でいいかな…と。
聖騎士の上位レディアントを手に入れたら、
他の職のレディアント集めに行こうと思ってますw

三週目くらいは男でやりたい(という願望)
声はもちろんGV(オカマ)で★ミ

…開始三分で電源を切る悪寒


\(^O^)/


前作よりたくさん楽しめてとてもいいです。
前作よりキャラが(むしろエステルとユーリが)
居るのがファンとしては凄く嬉しいです(´∀`*)

光は影の影は光の

2009-03-23 16:25:24 | テイルズ
光と影だと思った。
影を纏った彼は黒い光に包まれていて、光を纏った私は白い闇に纏われていて、交わらない線を永遠に辿っていたのだと、気付かされる。私が忘れようとも何度だって私の前にその事実を突きつけて、"私"は"私だったもの"を殺せと囁く。それは間違いなく私で、けれど私とは全く違う形をして、違う思考を持った、別のもの。
気付くのが遅すぎた。―早かったのかもしれない。永遠に交わらないと知っていて望んだのは間違っていたのかも、しれない。

「泣かないで、」

霞む視界にもがき苦しむ闇を映して、震える手を伸ばす。体中の傷からマナが抜け落ちて希薄になった手でその頬に触れると、夕日と朝日が揺れた。泣いてなんかいないのに、泣いていると思ったのは何故なのだろう。触れる頬はつめたくて、やっぱりそれが"私"らしいと感じて微笑んだ。その手さえも闇に取られてしまって、私の右手はみえなくなった。

「…泣いてなんかない」

消えてしまった右手を払い除けるようにして、"私"は―ゲーデは顔を背けた。嘘だ。だって、貴方はそんなにも泣きそうで、悲しそう。何度も触れてはマナを吸収して影は光に近くなっていくけれど、"私"自身の闇に喰われて、その光はすべて影になってしまった。私が光をあげられるのも時間の問題で、―きっと"私"はそんな事、気にもして無いのだろうけれど。
ふと、ゲーデが胸の辺りをぐっと掴んだ。泣きそうな目をして、私を睨みつける。

「…どうした、の」
「お前を見てると、苦しく、なる」

ゲーデは、泣かない。泣いて笑って怒って、世界と遊ぶ私とは違って、ゲーデは泣かない、笑わない、怒らない。憎んで恨んで妬んで、苦しみをぶつけるだけ。なのに、ろくに見えもしない視界からは瞳に涙を溜めた"私"が見える気がした。私を見て泣きそうになるのは憎いからなんだろうか。悲しいからなんだろうか。それを汲み取れない自分がいやで、目を伏せる。

「…痛い」

虚空に反響して、ゲーデの声が幾重にも聞こえた。嗤うわけでもなくて、哂うわけでもなくて、私は笑う。微笑む。泣きそうなゲーデの顔が霞んで見えなくなって、私は世界に溶け込んだ。
願わくば彼に、

―――
(無題)

失敗作です\(^O^)/
愛情、激情、劣情の続きを書こうとしたものorz

愛情、激情、劣情

2009-03-14 10:09:31 | テイルズ
酷く乾く喉は水なんて"モノ"じゃ潤す事などできなくて、右腕は殺せと囁く。俺と同じ深淵の色をした髪に、海みたいな色の両目。憎い、憎い、憎い。俺とは違って"女のカタチ"をしたアイツは脆くて、右手を食い込ませればすぐにマナを吹き出して死ぬのだろう。俺とアイツは似ているのにどうしてアイツばかりが、ディセンダーばかりが幸せになる。生まれ死んで逝くだけの俺に気付かずに居るなんて、

「…許さない…」

"守る為""ぶつかる為"だと俺に刃を向けたディセンダーの顔が歪む。憎しみでも怒りでもないその表情は俺に理解できるものではなくて、一層胸に広がるもやを濃くしただけだった。負の想念ではない何か。ずっと胸に残っていて、イタイ。ディセンダーを思い浮かべると、人間の心臓にあたる部分が痛むのだから、これはきっとアイツの呪いだ。ゆるさない、もう一度呟いた。

「ゲーデ…」
「俺はおまえを、許さない」

俺の存在に気付かず、己の世界の中に溢れる俺を厄介者扱いした。最初から最後までを、世界樹の檻の中で終わらせようとした。生まれた瞬間から消える事がわかっていて、じわじわと身体が消えていくその感触には気が狂う。絶望して、嘆いて、そのうちそれは憎しみに変わった。俺の苦しみに気付かないで、自分はぬるま湯につかって、幸せだったなんて認めない。ディセンダーの世界には、俺がいないのだ。―そんな事、許さない。

「…ゆるさなくて、いいから…」

青ざめた口から、細い声が絞り出された。首を絞められているかのような声に自然と口がつりあがる。ざまあみろ、もっと苦しめばいい。ディセンダーの手から右腕を奪ったその大きな刀が滑り落ちて、重い音を立てた。こっちへ一歩近づいてくるたびに髪、肩、腕、身体、防具が外されていって、それが癇に障る。動けないのは解っている、けれど、気の緩んだアイツを見ていると何故か強烈に劣情が湧き上がるから、嫌だった。
ディセンダーの手は変な光を発する。アイツが手を上げた瞬間殺されるのだと思った。また世界樹の檻に閉じ込めて、終わるだけの生を得るのだ、と。

「もっと、わたしを憎んで、いいんだよ…」

気付けばディセンダーは床に伏した俺に覆い被さっていて、負みたいな色をした髪が顔に落ちる。歪んだ顔、けど怒りでも憎しみでもない。歪めた眉が力なく垂れ下がって、震える手が俺の頬に触れる。怖がってはいない、と、マナを通して感じる。ならば何故こんなにもこいつは、恐ろしげで、何か、壊れてしまいそうな空気を纏っているのだろうか。青い目から雫がたれて、俺の顔まで濡らした。だから、とディセンダーは声を繋げる。

「だからね、グラニデを…世界を、憎まないであげて…?」

細い腕で俺の首の後ろを締めて、からだが触れる。そのせいでどうしようもなく、何か、暗い奥底から湧き上がる激情。壊してしまいたい。憎い、こいつを、壊して、しまいたい。醜い爪で喉を引き裂いてマナを喰い尽して、世界樹の折の中に引きずり込んでやりたい。切り取られた見えざる腕でディセンダーの背中を覆って、それから、―それから?

「…いやだ」
「そんな、」
「いやだ、いやだいやだいやだ!」

耳を塞ぐ。ぞっとした。全身から負の力が抜けきったかと思ったくらい、ぞっとした。とてつもなく深い闇が背中を這い回って、衝動に任せて身を起こす。バランスを崩して床に叩きつけられたディセンダーへ、今度は俺が片腕をついて覆い被さる。この喉が、赤いマナを吹き出して、こいつが消える。自分で望んだ事だというのに恐ろしくてたまらない。見えざる腕が囁く、【殺せ】と。その声さえ今は、恐ろしい。

「いやだ、いやだ…!お前は、今度"力"を使ったら、消える、"しぬ"、」
「…そう、だね」

やっぱり、傷付いたような、顔。―傷付く?そうだ、こいつは"傷付いて"いたんだ。さっきのような壊れそうで、脆くて恐ろしそうな感情の名前を、俺は知らないから。世界は教えてはくれなかった。こいつが知っている事の半分だって、俺は世界に知ることすら許されず、与えられもしなかった。憎い、憎い、憎い。こいつばかりが幸せになる世界なんて、俺の居場所の無い世界を赦すなんて、そんな事はできない。

「…許、さ、ない、」

ほとんど無意識の内にディセンダーの口に噛み付いていた。歯が皮膚に食い込んで赤いマナの味が口の中に広がる。濃くて苦い、たいして甘くも美味くもない、人のマナの味。けれどそこにあるのは紛れも無く"俺が求めていた何か"で、それがまた憎くて強く強く噛み付く。溢れるそれを飲み込んで、それでも身体は飢え乾く。どうすればこの渇きが、癒えるのか。

「や、痛…っ!」

か細い声。ぞっと、する。さっきのように畏怖のものではなくて、駆け巡るような衝動で、背筋が震えた。漸く離した時ディセンダーの口はさっきよりも青くて、白い。消えそうで思わず手を伸ばすと、ディセンダーの身体が少しだけ震えた。

「…ディセンダー、」

もう一度、口をつける。今度は噛まないで、触れるだけで。

「もっと、欲しい。…もっと欲しい、マナが、…ちがう、怖い…!助けて、ディセンダー、たすけて、…"あいしてくれよ"…っ!」

零れた音の意味なんて、知らない。世界樹は俺に何も教えてくれなくて、何もかも持ったこいつが妬ましくて、腹立たしくて、憎かった。羨ましくて、危なっかしくて、苛立たしかった。ディセンダーが何かを言い切る前に何度も口を塞いで、息が苦しくなって離すと、なにかが、繋がっていた。舐め取って、抱き締める。見えざる腕は、もうなかった。


―――
(愛情、激情、劣情)


劣情=何かそういったいやんな気持ち
ここでは劣情=破壊衝動(彼なりの愛)、もしくは劣等感
というかんじで使ってます。造語なのはいつもの事ですw

めもめも

2009-03-14 03:32:55 | ネタ張
+急ぎ足で光の方へ(イラスト)
+生まれ逝く死と死んで行く生
+見えざる腕/飢え乾く右手
+純情、愛情、哀情
+愛情、劣情、激情

+レミエル(死を司る神)・ルシファー(堕天使)

天に積もる雪

2009-03-08 20:56:29 | 小説
「…冷てえ」

昼下がり、今年一番の雪は鼻の先に落ちてきた。近くの民家の扉から、子供らが大はしゃぎで出て行く。まだ積もるには早いってえの。文句のような、微笑ましさのような。どっちつかずの言葉を残して鼻先の雪は乾いて消えた。
今年も雲の上には雪が降ったらしい。



「アメジー!!」

名前がないと言ったらあいつは変な名前をつけてきた。目が紫水晶に似てる、とかで。ギリシャ語で酒を意味するMethyに、否定のa、つまり「酒に酔わない」なんて名前を付けられたようだ。随分前におっさんと酒の飲み比べをしていた時に、思いついたらしい。

「ふあ…よー、ボウズ。何か用かよ、今日はなんもねえぜ」
「ううん、貰いに来たんじゃなくて、あのね、そのね…えっと…何、だっけ?」
「思い出してから人のこと起こせよ」

今でも覚えてる、その声、高さ、発音。イタリアから引っ越してきたらしいそいつの訛りは酷いモンだったが嫌いじゃなかった。元々ガキは好きなほうだったし、何よりあのボウズと居るのは面白かった。
ボウズは妙に物知りで、グリムとかいう童話の話、星座やどこぞの国の神話なんかもよく話した。たまに、親が聞かせてくれたとかいう架空の話もあったが。俺はその中でも、それが一番好きだった気がする。
なんでかは、今になってもわからない。

「あっ、そうそう!あのね、アメジー。僕、しばらくおばあちゃんのお家に行くから…しばらく来れないんだ。ごめんね」
「婆さん家か。…まあ、楽しんで来いよ。その間に俺ァしっかり働いとく」
「アハハ!アメジーがそうやって頑張っちゃったら、どのお屋敷からも、宝石が全部、ぜーんぶ無くなっちゃうよ!」

んなわけねーだろ、とボウズの頭を小突いた。本当に働くつもりだった。1ヵ月後に控えたボウズの誕生日に、汚い金を使う気なんてさらさらなかった。
大層なモンを買えるとは思ってなかった。ただこの前通り過ぎた店のウィンドウにあった、ひっくり返すと雪が降ってるようになる、ドーム型の安い置物。ボウズは雪が好きだったから、喜ぶだろうと思った。

「行って来い。俺ァずっと此処に居っから」
「…うんっ。じゃあ、もう行かなくちゃ!ごめんね、アメジー。また今度、お話しよう!」

手を振っていったボウズの顔色は随分悪くて、けどお気楽だった俺は腹でも下したんだろうと思って、気にも留めなかった。

ボウズの誕生日前日、また俺の前に姿を現したボウズは随分痩せていて、しんどそうに車椅子を押しながらゆっくりと進んできた。驚いた俺は木から落ちて、それでもあまりのことに痛みも忘れて駆け寄った。

「ボウズ!?おいどうした、真っ青じゃねえか…!無理してんじゃねえ、早く帰りやがれ!」
「えへ、へ…ちょっと、疲れ、ちゃった、だけ。でもね、アメジーに、したい話が、沢山、できたから…」

その笑い方の弱々しいこと。無理してるのは火を見るより明らかだった。けどボウズは、そんな弱音のひとつも吐かずに此処まで車椅子を漕いできた。どう見ても、頬に伝ってるのはただの汗じゃない、脂汗だった。顔も真っ青どころか、蒼白の方が正しいかった。

「あの、ね、お兄、ちゃん。雲、の、上にも、ね、お天気が、あるんだって…」
「…そうか。そりゃあ、すげえな。雲の上のことなんざ、考えたこともなかった」
「で、しょ?アメジーは、このこと、知ってるのかなあ、って。凄いから、教えて、あげたくて…病院、抜け出して、来ちゃった」

病院。その言葉が随分恐ろしく聞こえた。なら今すぐ帰らせるべきだと思うのに、声が出ない。帰らせたら二度と会えないんじゃないか。そんな不安がついてまわる。完全に俺のエゴだった、そんなものでボウズに万が一があったら、なんて考える余裕はどこにもなかった。

「それでね」

ボウズが、空を見た。俺もつられて、空を見る。

「僕、雲は、もういっこの、地面で…向こうにも、雪が、降るんじゃ、ないかなあって、思ったん、だ。…僕、体が弱くて、ね。一回も、雪ダルマ…作ったこと、なかったんだ」

まるで物語みたいなタイミングで、雪は降ってきた。白い息が昇っていく、昇っていく。そして、消えた。俺の分も、ボウズの分も。
体が弱くて。病院。車椅子。細くなった腕。蒼白の顔。嫌な予想が立った。当たってしまうんじゃないかと不安になって、喉がからからに渇いた。

「…めろ…」
「だからね、向こうに行ったら、沢山、作るんだあ…。あのね…僕の、誕生日、プレゼントにはね…大きな、大きな」
「止めろ、もう黙れ!今すぐ帰れ、ボウズ!!」

“雪ダルマ、作ってね。アメジー”
あの時恐怖に駆られて声を遮ったことを、今は後悔している。どうせなら聞いておくんだった、と。何故ならその名前で呼ばれるのは、それが最後だったからだ。

12月25日、通称聖夜祭。キリストとかいう神様が生まれた日。

よくよく考えあいつは神への生贄にでも捧げられたんではないかと思うと、心底神が憎くなった。けど心の奥底では、結局俺が全て悪かったんだと思っている。わかっている、自己満足だなんて。
そうしてボウズは、俺が見ているその目の前で、死んだ。

すぐに家に連れて行った時には、もう頭のてっぺんからつま先まで冷たくなっていて、俺の頭にもボウズの体にも雪が積もっていた。
感覚の無くなった手でドアを叩いて、そこから出てきた女は、まず、笑った。「いつもジョンの相手をしてくれて、ありがとう」と。ジョン。初めてそこでそいつの名前を知った。それからしばらく、話し込んだ。俺は、唯只管に下を向いて。その女は、笑って。
けれど次に返ってきた女―当時はただ恐ろしくて恐ろしくて考える暇も無かったが、多分背格好からして姉だった―は、冷たくなったボウズを見るなり目を吊り上げて、頭ごなしに怒鳴りつけた。あの声はまだ耳に残っている。「人殺し!ジョンを、ジョンを返しなさいよ!!」普段だったら言い返すところも、今回ばかりはそうもいかなかった。
逃げた。現実が怖くて逃げた、俺はそこから。怒鳴る声が後ろから付いて回る気がして、死ぬほど恐ろしかったことだけを、今も覚えている。



「アメジー、ね」

随分と懐かしい名前を口にした。今の名前はルアル・ディア・クライスト。人の話を聞いてなくて、自分の世界に入りっぱなしの気持ち悪い女からもらった正式な”フルネーム”だ。変なルートを使っての戸籍も一応入っているらしい。
…不味い、感傷に浸ってる場合じゃねえ。ごちながら足を進めようとすると、背中に冷たい塊がぶつかった。驚いて振り向くと、ひとりのガキが頭を下げていた。「…遊ぶか?」辺りを見ると、既に積もっている。当然、頭の上にも。「…うんっ!お兄ちゃん!」皮の手袋を嵌めて頭の上の雪を払い除けながら、笑ってみせた。空耳が聞こえた。

「雪ダルマ、お前の背丈くらいあんの作ろうぜ」

頷いて満面の笑みを浮かべながら、ガキが背を向ける。小さく溜息を吐けば、屈んで積もった雪に手を突っ込んだ。たった数分だったと思ったが、雪の積りが早かったらしい。実際時間を確かめる術は持っていなかったのだから。ついでに兎も作ろうよ、なんて、ハキハキとガキが言うもんだから、小さく笑った。そういえばそのガキは、随分ジョンに似ていた気がする。


ようボウズ、そっちに雪は降ったかよ。



2007/11/22 Thursday To.Hayase
―――
昔書いたやつです。
この時のが一番好きだったなあ。

幻肢痛(ファントムペイン) -第三幕

2009-03-07 00:03:41 | 小説
「もう帰るの」

着崩したシャツの襟を整え、枕元に皺だらけのまま放置してあったネクタイを首にかけた所で、シーツから頭を出したアニタがつまらなそうに呟いた。大人とも子供ともつかないような悪戯っぽい瞳、けれど相手の瞳は最早深海の底よりも深く暗いように見える。ネクタイをきつく締め終われば闇のような瞳を一瞬だけそちらへ向け、すぐに手袋を探し始める。沈黙は肯定だ。

「長居をする理由はないのでな」

業務的な口調。用件だけを簡潔に告げればどうやら見つからなかったらしい。まるで潔癖症のような仕草で手のひらがどこにも触れぬようにしながら、アニタの方へ怪訝そうな視線を向ける。疑問にも疑いにも見えるような、傍から見れば不快感を煽る表情だ。

「あらまあ、そんな目で見なくたって」

その視線を向けられた女は気にした様子もなくベッドの中に手を戻すと、一対の上等な手袋を出す。更にエリクの眉は寄り、「馬鹿をするな」と非難の声を上げた。だが取り返そうとした手はそのまま女に捕まってしまった、途端。

「ッ触るな!!」

ひどい怒声と共に振り払われた手は明らかに人間ではない。爪が長く黒いその手はまるでそう、悪魔のような。それを見てにんまりとアニタが笑えばいよいよエリクは機嫌を悪くし、コートから一本のナイフを取り出し女に突きつけた。

「…貴殿は、悪ふざけがすぎるようだ」

殺意すら含まれる男の視線に興味のなさげな一瞥をくれれば、アニタはナイフをひょいと避けてまたベッドの中に潜り込んだ。男の深い溜息が響くより早く、「やあね、怒らないでよ」とくぐもった声が狭い部屋に響いた。涙声のように響くのは気のせいなのか、それとも、

「私は、別にあんたの手が汚れてるなんて思わないけどね」

鼻にシーツをかけたままアニタが目線をやるエリクの手は、まだ手袋が着けられていない。普段は穢れるといって外さない手袋。「彼が汚れる」という意味では、ない。アニタはそれを知っていて尚、彼の手に触れようとする。その態度が気に入らないらしいエリクの機嫌は常に損なわれるだろうが。

「…粋狂だな」

言葉のわりに、侮蔑のような声色で呟く。

「おれの手は穢れている。貴殿の知らぬ所、幾千星の数程の人間の血で汚れている。…中には、同胞の血も混じっていよう。だから、」
「それでもさ」

エリクの声をさえぎるようにして、アニタの痛切な声が響いた。ベッドから這い出た姿はとても視線をやれるようなものではなかったが、男は他意もなく女を見据えた。物怖じの色を一瞬見せ、それでも口を開く。

「魔族でも人殺しでも、エリクは私を拾った。薄汚い路地でぐちゃぐちゃになっていた私を拾って部屋を与え食事を出した。それで充分だ。私にはエリクしか居ない」

アニタの身体は、切り傷だらけだった。辛うじて顔には傷がないものの、首や足指の先に至るまで、深く切り裂いたような傷跡が残っている。それでも生き長らえたのは奇跡か悪魔の契約か、エリクすらも知らないだろう。エリクがすっと眉を顰める。
嫌いだ、エリクが小さく呟いた言葉に、アニタは堪えきれずにぃっと笑う。

「何が嫌いなの?私かしら」
「そうと口にした覚えはないがな」

かけたカマにろくな返事も返さず、床へ落ちていた手袋をはめればエリクはシルクハットをかぶり、やたらに大きなカバンを持ってドアノブに手をかけた。朝日に照らされたエリクの顔はアニタにとって逆光になっていたが、それだけははっきりと認識できた。長く伸びた牙に赤い舌が覗くのを。血色の悪い肌にそれはとてもよく映えて、嗚呼と思う。かみ殺せるものならかみ殺してみろ。懐いた猫を殺すほど難しい事はないのだから。


―――
(幻肢痛)
第三幕。旧題カンタレラ。

淡々と朝の一コマを。
エリク・オーレンドルフは魔族で315歳の若者
外見は20代~30代程度だが、雰囲気は好青年、
話し方は時代遅れとも言えるほど老成している。
生業は殺し屋で、主に単独での暗殺を得意とする。
拳銃を所持してはいるが、基本的に商売道具は銀食器。
売るのかと思いきやその鋭さは魔族の力が加われば
立派な武器となりえる為、暗殺の道具となっている。

協力者には闇の傍観者「子守唄の姫君」が居るとか。

幻肢痛(ファントムペイン) -第二幕

2009-03-06 23:50:27 | 小説
女が目を覚ましたのは奈落でも天上でもない、純白のベッドの上だった。
窓の外に投げる視線は蒼く、肩から滑り落ちた髪は金。汚れて黒くなっていた服も大きめのシャツに代わっていて、髪を絡め取った血の匂いすら消えて、全てが嘘だったかのようにも思えた。けれど間違いなく体中には傷跡が―血は止まっており、完全にふさがった後だったけれど―残っていた。
女は動かない頭で、此処は何処か、何日経ったのかと考え始めながらもう一度シーツの海に沈む。もしかしたら売られるのかもしれない、などと自嘲気味な答えに至った時、軋んだ音を立てて戸口とは別の扉が開いた。そこからスーツを簡易に身に纏った男が現れる―死ぬがいい、そう言った男だ。

「…アンタ、何の気まぐれ?」

まだ僅かな蒸気を身に纏い、短い漆の髪から水を滴らせる男に、女は敵意のようなものを向ける。対し男の切れ長の目からは何の感情も無く、―唯人形に似た瞳を向けるだけだ。無言の睨み合いが、しばしの時間続く。

「エリク・オーレンドルフ、だ」

先に視線を外したのは男の方だった。名らしきものを短く告げ、また以前のようにエリクは手を上げる。その片手に女は思わず身を竦めたがその手は魔力を発するだけだったらしい、"空間"の力で水滴を閉じ込め全て窓の外へと放った。
それを見た女はぽかんと口を開き、それから―大口を開けて笑った。まさか滅多に持つ者の居ない希少な力を、そんな事に使うとは思いもしなかったのだから無理もない。
顔を枕に埋めた女を尻目にエリクは腰掛ける。遠慮などなく、シングルのベッド―すなわち女が寝ている隣へ。女はエリクの無神経さに笑いも引っ込んだのか、目を見開き目をやった。視線を絡め取るようにエリクは視線を落とすと、ふと、口端だけでそれとわからぬ程に笑う。

「貴殿は、娼婦だろう?名は」
「クルティザンヌ」

手袋を嵌めていた手を止め、エリクは唐突に女を振り返りその頬に手を滑らせる。そして挑戦的な女の視線が伏せられた瞬間を見計らい、―強引に唇を奪った。半ば以上、噛み付くように。けだものが獲物に食いつくように噛み付き、口内を荒らしては女の息が続かなくなった頃ようやっと開放した。
女は慣れた様子であまり感情の無い表情を浮べ、エリクを見る。その表情をやはり、エリクは嫌悪を露にして見つめるのだった。

「…職(クルティザンヌ)を訊いた覚えはないのだがな。おれは貴殿の名を訊いたはずだが」
「なんだ、アンタ教養があるのか。ケダモノみたいに襲うモンだから、てっきり荒らぶれかと思ったよ」

くつりとクルティザンヌ―娼婦、と名乗った女は嗤った。先程とは逆に、今度は女がエリクを見下している。けれど彼は不機嫌な吐息でそれを一蹴し、女の頬を再度撫でた。今度は口付けるつもりなどないのだろう、近づけただけの顔は無感情で、だが挑発的なもの。「名は、」再三、エリクが女の耳で囁く。

「なるほど、アタシを買うってワケか。いいよ、教えてやる」

何を悟ったのか、女は目を伏せ諦めたように笑いエリクの腕をすり抜けた。ベッドの端に腰掛けて、白いシャツ―おそらくエリクのものだったのだろう―を脱ぎ捨てれば、恥ずかしげもなくまたシーツに埋もれた。片手を伸ばし、エリクの襟元を掴み引き寄せる。その首にしなやかな動きで腕をかければ誘うようにして脚を絡めた、そして耳を噛んでは濡れた息と共に、そっと名を言おうと―した。

「おれがいつ、貴殿を買うと言った。おれは貴殿を"拾った"だけだ」

その冷たい一言にかっと女は顔を赤くした。平手を振り上げて、怒りに任せエリクの頬を叩く。

「っ、馬鹿にしてるの?!好きで身体売ってんじゃないんだ、タダでくれてやるような…ッ、」
「衣食住と多少の贅沢では足りないと言いたいのか?」

自然と覆いかぶさる形になっていたエリクが、怪訝そうな表情をして女を見た。今にも殴りかかろうとしていた女の手が、ぴたりと止まる。女は怯えているかのような表情で何かを言おうと唇を振るわせたものの、その声が音を成す事はなく空気だけが宙に舞った。
襟元を掴んでいた華奢な手を払い除ければエリクは起き上がり、女の上から退く。焦りも情欲もその表情には浮んでおらず、やはり女には彼の考えているものが理解できなかった。

「この一室と衣食を与えると言っているのだがな。それとも貴殿には既に帰る場所があると」

已然として自身の考えを言うだけの彼に、女は最早絶句するしかなかった。その事実を聞くのは初めてなのだから無理も無いが、エリクの態度は物分りの悪い人間に苛立ちを覚えているかのようにも見える。「無い、けど…」歯切れ悪そうに女が答えれば、エリクは最早それ以上の答えは要らぬというように再度ベッドに戻った。女の髪を掬えば紳士と見まごうような態度を見せ、笑う。

「契約成立だ」
「…物好きも居たもんだね」

言うや否や首元に唇を寄せたエリクに、溜息のような笑いを零した。冷たい皮膚に乱れぬ息、変わらぬ表情。そこに愛などあろうものかと、クルティザンヌは嗤っただろう。けれど今は違う。何故か男の事を嗤う事などできずに、やはり首に腕を回し引き寄せただけだった。そこに愛など、あろうものか。

「アタシはアニタ。…アニタ・イーズデイル」

告げられた名が情事の最中呼ばれる事は、ついに無かった。

―――
(幻肢痛)

第二幕。
そこに愛など在ろうものか。

幻肢痛(ファントムペイン) -第一幕

2009-03-05 00:03:31 | 小説
例えば腕を焼かれ、壊死を理由に切り取ったとする。
だが脳は改善される事のない其の状況を記憶していて、ふと思い出したように無いはずの腕に痛みを覚えるという話だ。それと同じ。あるはずのない"心"という存在を身体は覚えていて、とっくに失ったはずのそれは胸を焦がし、焼き、所有者を殺す。身体ですら奪われるのを許さないというのか―赤薔薇のように染まった手袋を地へ落とし、幻肢痛を覚える胸を押さえた。
あの傷だけはまだ、癒えない。


その日は雨が降っていた。百年程前"戒め"と出会った日と同じ、数ヶ月前"狂気"と出会った日と同じ、雨。風に浚われ向きを変える、雪のように軽い雨は咽返るような臭いと霧を溢れさせていた。濡れた黒猫が路地を曲がる。
頬に伝った返り血を舐め、甘美な味を充分に舌で転がしてから飲み下す。元々血を必要としている種族でもないというのに、最早それを味わう事が当たり前かのように、其の手は血に染まっていた。シルクで織られた手袋は赤黒くなり、それは手にした鞄にまで伝い落ちる。足跡の代わりに残される斑点は、レンガに吸い込まれすぐに消えて無くなってしまった。
気まぐれでしか動かない彼の事、その日その路地を曲がったのも当然の如く大した意味などなかった。ただ、黒猫が通った道と同じ場所を通っただけ。漆黒の髪に漆黒の瞳、猫のように鋭い目の彼はまた猫と同じ様に、気まぐれに人を振り回しては殺すのが役目だから。

「…ぁ、う゛…」

曲がった途端、絶えかけた呻き声が届いた。彼が曲がった先に在るのはイーストエンドの一角、娼婦街。響くのは演技した大げさな喘ぎ声、男の卑下た笑い声、啼き声、鳴き声、泣き声だけのはずだ。治安の悪いこの場所の事、おおよそ何があっても不思議ではないのだが―見つけた女の状態は、あまりに異様だった。

「…生への執着が貴殿にどれほど在るか。要は気の持ちようだ」
「そりゃあ、勿論…いきたいけどさあ…」

首元に二箇所、腕や身体、足、彼女の全身は手のひらほどの無傷な場所すらない程、傷だらけだった。そのどれも致命傷には程遠いものの数ばかりがあり、出血の量はそれなりになっているだろう。彼女の屈み込む場所には、彼が通った場所と同じく赤い水溜りがレンガの許容を超え創られていた。いきたいけれど、そう言った彼女の言葉が"どちらの意味なのか"までは、彼のまかり知るところではない。

「…お迎えは、……か…っ」

女は力無くふっと笑い、目を伏せた。嗚咽のような呼吸を繰り返し、ようやっと擦り切れた言葉を再度紡いだ「殺し屋か…」薄く開いた目は、真紅の手袋に向けられていた。殺し屋と云われた男は驚いたのか、シルクハットに半ば覆い隠されたその表情を上げる―そこに映っていたのは驚きではなかったが。冷笑、その表現が一番似合うだろう、目の前の女性を見下した笑み。死に掛けていた女の目に、一瞬驚きの色が浮ぶ。それを男は、見逃さなかった。眉を強く寄せ、嫌悪を露にした表情のまま畳み掛ける。

「貴殿のような者を見ていると、吐き気を覚える」

女が何かを言おうとしたのを遮り、吐血する様を冷たく見下ろし鋭い言葉を投げつける。手荒に開け放った鞄からシルバーが零れ落ち、その内の一本を取り出しては女の青白い―血に濡れ、淡いオレンジに染まった手に握らせた。ひんやりとした感触に、反射らしく彼女の指先は一瞬だけ振れる。

「死ぬがいい、その手で」

手袋が取り払われ新たなものに代えられた事で、ほんの一瞬上質な布の感触が女の頬をなぞる。すぐにそれは冷たい雨の感触に代わったが、手袋越しにでも伝わるほど男の爪は鋭かった。
いっそその爪で喉を引き裂き殺してくれればと、女はひどく顔を歪めた。最早腕の感覚は無いに等しく、鉛のように重い。躍起になった者は唐突にとんでもない行動を起こすと言うが、彼女も例外とは言い難かったようだ。すっとその腕を何でもないかのように上げれば、

「!」
「―生きたい、んだって…っ」

雨ではない、大粒の涙を零しながら女は男の胸に刃を突き立てた。心臓を掠りでもしたのだろうか、夥しい量の血が男の胸を伝い赤い水溜りの色をより鮮明にしていく。それが人ならば致命傷だったろう。けれど男は数度目を瞬かせればニィと口元で三日月を描き、彼女の手を取りナイフを抜き去る。女が目を見開くのと同じくして、その手を振り上げ手刀を首元に、落とした。
水溜りに倒れる女の身体は冷たいが、死んではいないだろう。




(幻肢痛)

第一幕。

白い悪魔

2009-03-04 05:19:59 | 小説
初恋の人は、居ない。
例えばそれが恋だったとして、僕には何の利益も無いのだから考える必要はないけれど。ふと、目を閉じれば思い出すのは流れる黒髪。マダムにしては高く、マドモワゼルにしては低い声。そして抜き身の、白い刃が、


キン、と。ワイングラスがぶつかる音に良く似た、陳腐な高音と共に白刃が宙を舞い地面に突き刺さる。持ち主の手を離れた刃では身を守ることもできず、主人の首元には別の刃が向けられていた。
貴族の彼女はとても、強かった。騎士の真似事だと馬鹿にする者も大半だったが、貧民街の人間からも騎士からも好かれる彼女には、味方も多い。そんな強気な彼女の事、容赦などしてくれるはずもないとは思っていたが、ここまで本気で来るとも、女性に負けるとも思っていなかった彼は悔しげに顔を歪めた。

「…エリス、少しは手加減をしてくれても構わないのでは?」

今まで彼の首元へ刃を突きつけ、刺し殺さんばかりの視線を向けていたエリスはふと、その言葉で鋭さを無くす。空気全体が刃のようだったそれが嘘のように和らぎ、春風のような暖かさに変わる。それはエリスにとって彼が多少なりとも特別な存在であるからなのか―男はやはり不満そうにするばかりだ。緩んだ視線がまた、少しばかり強められる。

「ルシフル。…甘えていれば、いつか死ぬぞ」

簡潔な言葉で、エリスは彼を叱る。それを受けてルシファー、―ルシフルは少しだけ憂鬱そうに溜息を吐くのだ。
7つ年上の貴婦人。そして彼の被害者であったはずの、女性。身の毛のよだつような褒め言葉で思考を惑わすその手口は、一般の貴婦人にならば通じる。だが、彼女のような―そう、ほとんど騎士かと疑いかねないような人間には、通じるはずもないのだ。舞踏会で一瞬にして正体を暴かれた彼はエリスに弱味を握られ、今に至る。交換条件というのは元々ルシファー・アドモンドという人間の得意分野だったのだが、彼女はそれをいとも容易く奪い去った。剣の腕を見させろ、だなどと。―元々の彼であれば鼻で笑っただろうけれど。
ふと、エリスはルシフルを見て目を細める。薄い化粧の乗った唇が引き結ばれ、何かを後悔するような瞳に変わる。その今にも泣き出してしまいそうなその表情に、ルシフルはどうも弱い。

「―また、"ジョン"ですか?」

遠い目をしているエリスの瞳に察したらしい、静寂を先に破ったのはルシフルの方だった。至極無表情のまま彼女から表情が見えないよう、先程弾かれた剣に手を伸ばす。「っ、」答えに詰まって何事か彼女は呟いたらしかったが、その音は風と鞘に刀が擦れる音で消されてしまった。

「駄目だな、私は。違うと解っていても、やはり―」
「貴女はもっと、愚かで構わないと思いますがね」

振り向き様ルシフルは、厳しい目つきを彼女に向けた。驚き目を見開くエリスの様子に何か態度を示すわけでもなく、ただ咎めるように、下手をすれば蔑むようなそんな目で、彼女を見る。
重ねられる事が不満なわけではない。彼女はまだ若い女性で、弱い面を持っていることも十二分に知っている。けれどエリスはその強気故孤立し、その孤独という立場から涙を殺し、感情を無くし、笑みだけを浮かべる。それを道化師と、詐欺師と呼ばずして何をそう呼べばいいのか。―ルシフルはそれを、取り締まる側の人間だ。素っ頓狂な声を上げた彼女に、ふとルシフルは笑いかける。

「…貴女はもっと愚かになっていい、と言ったんですよ。女性は守られて然るべきだ。誰も貴女を守らないというのならば、僕を使えばいい。貴女は僕の弱味を知っているでしょう、だから」

言葉半ばに、ルシフルは押し黙った。唐突にエリスの腕が首に絡みつき細い体が預けられた事に驚いて、だろうか―ルシフルの瞳が驚きに見開かれた。普段ならば気にもせず抱き返しただろうに、どうして今ばかりは手が震える。もどかしさに眉を寄せた表情は、エリスからは見えないものだ。
彼女の背に浮ぶ、見えないけれど絶対の拒絶を、彼は知っている。



「―構わない。そうあることで救われる者が居るというのなら、私は甘んじてその哀しみを、苦しみを受け入れよう。それは、ルシフルには関係のない事だ」



例えばそれが恋だったとして、僕には何の利益も無いのだから考える必要はないけれど。ふと、目を閉じれば思い出すのは流れる黒髪。マダムにしては高く、マドモワゼルにしては低い声。そして抜き身の白い刃が、―皮膚を切り裂く瞬間。
死ななかった、とは聞いた。けれど、生きているとは聞かない。殺したのは自身に私怨を持つ人物で、処罰したのは自身だ。それでもまだ収まらぬ怒りはやがて身を焦がし、幾人の命を奪う事になる。

―白い悪魔として。


―――
(例えばそれが、恋だったとして)


ねむくてもう何がなんだか^q^

クリストファー・エイリーこと
ルシファー・アドモンド。保安官。
こんな貴婦人に出会ってペースを崩されて、
恋をしてその先の人生が狂った、なんて。
そんなドラマがあってもいいじゃないですか?