(※ストックホルム症候群と鬱病と監禁と部分的記憶喪失とレズとソフトアッーとそして何故か誠死ね!な話。毎回見てる人なんて居ないだろうから通りすがりの人ごめんなさい)
久々の日光は肌に刺さるように眩しくて、ただ、私を見る他人の目と繋がれた右手が怖くて、恐くて、お腹に抱えた私の未来を握り潰すように抱えながら歩いた。
もういつになるのか覚えていない。それどころか覚えている事と言えば基本的な生活の仕方と自分の名前、ちょっと前に健康検診で測った身長と体重、最近重たくなってきて酷い肩こりの原因になっていた胸のサイズ、小さすぎてSサイズすらたまに脱げてしまう足のサイズ、服のサイズに私の目は眼鏡が要らないってこと。歳と、住所と、どうやって生きていたかとかの記憶は、いつか全部抜け落ちて転がっていたので彼女が食べたらしい。
彼女は"やさしい"。何も出来ない私に食べ物を用意して、いつもは身体を拭くだけでも週に一度くらいはお風呂に入れてくれて、私を可愛がる。小さい子がお人形遊びをするように髪を梳いて服を着替えさせて撫で回して、そうして棚に飾るようにベッドへ置き去りにして出かけていくのだ。誰にも取られないようにと首にサイズの合わないペット用の首輪を嵌めて(首の方が細くなったせいでもう苦しくないのだ)、手には鎖をかけて。足は――あるんだろうか。ないんだろうか。折れているのだろうか。壊死しているのだろうか。私が忘れてしまっただけだろうか。もしくは本当に動かないんだろうか。とにかく私は自分の足元にある膨らみの正体をまだ掴めずにいる。とりあえず今のところ異臭だけはしない。そしてその膨らみの先には鎖が繋がっているので、結局は動かないことだけは確信を持って言える。
「はるか!」
ぼうっと存在の判らない足をばたつかせる妄想にふけっていると、扉に3つ付けられた鍵(縦、横、平型。それのどれも防犯性は最高峰のものだ)が慌しく開け放たれ子兎が跳ねるように明るく彼女が帰って来た。胸元に飛び込んでくる妹のような可愛らしい存在を抱き締めて、頭を撫でながら私は可愛い少女の名前を呼ぶ。「お帰りなさい、エリカ」それが犯人の名前だ。そして彼女はいつも決められたセリフを吐く。
「一人にしてごめんなさい。寂しくなかった…?」
「エリカが帰って来てくれたから。もう平気」
心底不安そうにぱっちりとした小動物のような黒い瞳を揺らして小首を傾げる様は、女の私ですら眩暈を覚えるほどに可愛らしい。だから私はいつもの角度で頷きいつもの笑みを作っていつもの声色でいつものセリフを返した。そうすれば彼女は怒ることもなく暴力を振るうこともなくただ幸福そうに笑って抱き締めてくれる。問題ない、問題ない。いつも通りの素敵な毎日だ。母が子を撫でるように彼女の頭を撫でていると、私のお腹辺りに顔を鎮めていた彼女が不意に目を輝かせて顔を上げる。その瞬間までは確かに幸福なだけの毎日、だったのだ。
「あのね、はるか」
憎しみすら持てない悪戯っぽく可愛らしい笑みが警戒心を揺り起こし、警報音が頭の中に鳴り響く。
「半年よりちょっと前くらい、はるかのご飯にね」
「…遅効性の、毒?」
もったいぶって言う彼女の物言いに我慢できず口を挟むと、彼女はぷっくりと頬を膨らませて女の子らしく口を尖らせて見せた。「違うよう」拗ねたように紡がれる言葉からやや遅れて、頬に平手打ちが飛んでくる、「私の話、ちゃんと聞いて?」それでも彼女の笑みは可愛らしい女の子でしかなく、首輪を撫でる手はどこまでも優しく愛おしげなのだ。静かに聞く事を強要し私がそれに従ったのを感じると彼女は腰を揺らめかせもじもじとしながら、彼女より背の高い私を上目遣いに見上げ花も綻ぶような笑顔になった。
「妊娠する薬混ぜたの。効いたみたい、もうそろそろ20週目くらいじゃないかな?」
愕然とした。その事実を普通の笑みで言う彼女にでも、薬を混ぜられていた事にでも、今まで気付かなかった私にでも、女同士にも関わらず口走られた夢みたいな事にでもない。喉の奥が乾いて張り付いた喉がひゅうと間抜けな音を立てていた、背中を嫌な汗が伝って唇が、頬が、手が震える。頭が警報を通り越して殴られたようにじくじくと疼く。途端に腹が重くなったような気がして目線を落せずに沈み込むほど暗い彼女の瞳を見ていれば「何とか言ってよう」とまだもじもじしながら、まるで自分の妊娠を報告する奥さんのような事を言う。
「…………冗談よね?」
辛うじて搾り出された声は無様にも震えていて、彼女はそれにかそれともセリフにかくすりと笑ってあからさまに腹を避けながら私に馬乗りになる。そうして唇を重ねると慈しむような薄い笑みを浮かべ私の頬を撫でた「私はるかに冗談なんて言ったことない」確かにそうだ。首輪をしたいと言った数時間後私は酸素不足に喘いでいたし、求められたことは大体その日中に実行された事が多い。最初は冗談だと言い聞かせ従っていたけれど、そのうち本気なのだと気付いて一晩中明日の命令に怯えたのはいい思い出だ。
今はもうそんな事もなく、彼女と私は最悪の予定調和を楽しみながら生きていた。私は彼女を愛しているし、彼女は私を愛している。それでいいと思っていた、けれど彼女にはその先があったのだ。放心していると見慣れない小さな鍵が取り出され、重い金属音が響いて右手、左手、そして下の方の膨らみへ順繰りに衝撃が走った。
「だからね、産婦人科に行こう。大丈夫、まだ大丈夫だよ?ね、安心して」
猫が甘えるようにして彼女が私の胸元に顔を埋める。普段ならむず痒いはずの感触も麻痺するほどただ彼女の声は恐ろしい。そして私は理解しなかった。できなかったのか、したくなかったのかは分からない。ただ一つ、そう。彼女のまだ大丈夫、が何を意味していたのか。
それから先はよく覚えていない。布団を捲られ久々に白い足をベッドから降ろすと案外すっくと立ち上がれたものの私は酷く内股で、やっぱり感触は全く無く転びそうになるのを彼女が手を繋いでくれたのを覚えている。歩いている間はひたすらあるのか無いのか分からないような足が、腹が重くて道中数回吐いた。その度に彼女は私の背を擦って、待合室でも同じようにして背を擦ってくれて、それからなんだかモニターに映ったそれに対して彼女はぽつりと言ったのだ。
「きもちわるい」それを合図にしたように電気が消えて、私の記憶は途切れた。ただ、林檎がぷつりと潰れる夢を見たことだけは覚えている。
家に帰ったらまたあの赤い首輪を嵌められるのだろう。局部的に細くなってしまった首筋を撫でながらそこから恐怖心が這い上がるような彼女の暖かく心地良い掌をしっかと握る、この感情の意味も知らないまま。腹に重みを抱えた私を、それでも彼女は愛すんだろうか?
―――
(或るいは恋)
答えは誰も知らない。
エリカは教えてくれないし、はるかは覚えてない。
医者に聞く事は、はるかが外に出られないから不可能。
出産予定日になろうが「うまれないなー」ぐらい。
エリカが誠死ねをしたのは「なんとなく」。
あと一人で妊娠できる薬とかそんな無茶苦茶ものはない
いくら化学が進歩しようがちょっと難しいだろうww
久々の日光は肌に刺さるように眩しくて、ただ、私を見る他人の目と繋がれた右手が怖くて、恐くて、お腹に抱えた私の未来を握り潰すように抱えながら歩いた。
もういつになるのか覚えていない。それどころか覚えている事と言えば基本的な生活の仕方と自分の名前、ちょっと前に健康検診で測った身長と体重、最近重たくなってきて酷い肩こりの原因になっていた胸のサイズ、小さすぎてSサイズすらたまに脱げてしまう足のサイズ、服のサイズに私の目は眼鏡が要らないってこと。歳と、住所と、どうやって生きていたかとかの記憶は、いつか全部抜け落ちて転がっていたので彼女が食べたらしい。
彼女は"やさしい"。何も出来ない私に食べ物を用意して、いつもは身体を拭くだけでも週に一度くらいはお風呂に入れてくれて、私を可愛がる。小さい子がお人形遊びをするように髪を梳いて服を着替えさせて撫で回して、そうして棚に飾るようにベッドへ置き去りにして出かけていくのだ。誰にも取られないようにと首にサイズの合わないペット用の首輪を嵌めて(首の方が細くなったせいでもう苦しくないのだ)、手には鎖をかけて。足は――あるんだろうか。ないんだろうか。折れているのだろうか。壊死しているのだろうか。私が忘れてしまっただけだろうか。もしくは本当に動かないんだろうか。とにかく私は自分の足元にある膨らみの正体をまだ掴めずにいる。とりあえず今のところ異臭だけはしない。そしてその膨らみの先には鎖が繋がっているので、結局は動かないことだけは確信を持って言える。
「はるか!」
ぼうっと存在の判らない足をばたつかせる妄想にふけっていると、扉に3つ付けられた鍵(縦、横、平型。それのどれも防犯性は最高峰のものだ)が慌しく開け放たれ子兎が跳ねるように明るく彼女が帰って来た。胸元に飛び込んでくる妹のような可愛らしい存在を抱き締めて、頭を撫でながら私は可愛い少女の名前を呼ぶ。「お帰りなさい、エリカ」それが犯人の名前だ。そして彼女はいつも決められたセリフを吐く。
「一人にしてごめんなさい。寂しくなかった…?」
「エリカが帰って来てくれたから。もう平気」
心底不安そうにぱっちりとした小動物のような黒い瞳を揺らして小首を傾げる様は、女の私ですら眩暈を覚えるほどに可愛らしい。だから私はいつもの角度で頷きいつもの笑みを作っていつもの声色でいつものセリフを返した。そうすれば彼女は怒ることもなく暴力を振るうこともなくただ幸福そうに笑って抱き締めてくれる。問題ない、問題ない。いつも通りの素敵な毎日だ。母が子を撫でるように彼女の頭を撫でていると、私のお腹辺りに顔を鎮めていた彼女が不意に目を輝かせて顔を上げる。その瞬間までは確かに幸福なだけの毎日、だったのだ。
「あのね、はるか」
憎しみすら持てない悪戯っぽく可愛らしい笑みが警戒心を揺り起こし、警報音が頭の中に鳴り響く。
「半年よりちょっと前くらい、はるかのご飯にね」
「…遅効性の、毒?」
もったいぶって言う彼女の物言いに我慢できず口を挟むと、彼女はぷっくりと頬を膨らませて女の子らしく口を尖らせて見せた。「違うよう」拗ねたように紡がれる言葉からやや遅れて、頬に平手打ちが飛んでくる、「私の話、ちゃんと聞いて?」それでも彼女の笑みは可愛らしい女の子でしかなく、首輪を撫でる手はどこまでも優しく愛おしげなのだ。静かに聞く事を強要し私がそれに従ったのを感じると彼女は腰を揺らめかせもじもじとしながら、彼女より背の高い私を上目遣いに見上げ花も綻ぶような笑顔になった。
「妊娠する薬混ぜたの。効いたみたい、もうそろそろ20週目くらいじゃないかな?」
愕然とした。その事実を普通の笑みで言う彼女にでも、薬を混ぜられていた事にでも、今まで気付かなかった私にでも、女同士にも関わらず口走られた夢みたいな事にでもない。喉の奥が乾いて張り付いた喉がひゅうと間抜けな音を立てていた、背中を嫌な汗が伝って唇が、頬が、手が震える。頭が警報を通り越して殴られたようにじくじくと疼く。途端に腹が重くなったような気がして目線を落せずに沈み込むほど暗い彼女の瞳を見ていれば「何とか言ってよう」とまだもじもじしながら、まるで自分の妊娠を報告する奥さんのような事を言う。
「…………冗談よね?」
辛うじて搾り出された声は無様にも震えていて、彼女はそれにかそれともセリフにかくすりと笑ってあからさまに腹を避けながら私に馬乗りになる。そうして唇を重ねると慈しむような薄い笑みを浮かべ私の頬を撫でた「私はるかに冗談なんて言ったことない」確かにそうだ。首輪をしたいと言った数時間後私は酸素不足に喘いでいたし、求められたことは大体その日中に実行された事が多い。最初は冗談だと言い聞かせ従っていたけれど、そのうち本気なのだと気付いて一晩中明日の命令に怯えたのはいい思い出だ。
今はもうそんな事もなく、彼女と私は最悪の予定調和を楽しみながら生きていた。私は彼女を愛しているし、彼女は私を愛している。それでいいと思っていた、けれど彼女にはその先があったのだ。放心していると見慣れない小さな鍵が取り出され、重い金属音が響いて右手、左手、そして下の方の膨らみへ順繰りに衝撃が走った。
「だからね、産婦人科に行こう。大丈夫、まだ大丈夫だよ?ね、安心して」
猫が甘えるようにして彼女が私の胸元に顔を埋める。普段ならむず痒いはずの感触も麻痺するほどただ彼女の声は恐ろしい。そして私は理解しなかった。できなかったのか、したくなかったのかは分からない。ただ一つ、そう。彼女のまだ大丈夫、が何を意味していたのか。
それから先はよく覚えていない。布団を捲られ久々に白い足をベッドから降ろすと案外すっくと立ち上がれたものの私は酷く内股で、やっぱり感触は全く無く転びそうになるのを彼女が手を繋いでくれたのを覚えている。歩いている間はひたすらあるのか無いのか分からないような足が、腹が重くて道中数回吐いた。その度に彼女は私の背を擦って、待合室でも同じようにして背を擦ってくれて、それからなんだかモニターに映ったそれに対して彼女はぽつりと言ったのだ。
「きもちわるい」それを合図にしたように電気が消えて、私の記憶は途切れた。ただ、林檎がぷつりと潰れる夢を見たことだけは覚えている。
家に帰ったらまたあの赤い首輪を嵌められるのだろう。局部的に細くなってしまった首筋を撫でながらそこから恐怖心が這い上がるような彼女の暖かく心地良い掌をしっかと握る、この感情の意味も知らないまま。腹に重みを抱えた私を、それでも彼女は愛すんだろうか?
―――
(或るいは恋)
答えは誰も知らない。
エリカは教えてくれないし、はるかは覚えてない。
医者に聞く事は、はるかが外に出られないから不可能。
出産予定日になろうが「うまれないなー」ぐらい。
エリカが誠死ねをしたのは「なんとなく」。
あと一人で妊娠できる薬とかそんな無茶苦茶ものはない
いくら化学が進歩しようがちょっと難しいだろうww