nursling,

読書 音楽 映画について

「よその子」「ヴィーナスという子」「シーラという子」 トリイ・ヘイデン 早川書房

2005年05月27日 | ’05年読書日記
著者はアメリカ人の児童心理学者(女性)。昔、情緒障害児の受け持ちをしていた経験があり、その時のことを小説風にまとめたノンフィクション作品です。

タイトルにある様に、私は、よその子→ヴィーナスという子→シ-ラという子、という順番で読みましたが、発表年月日はこの通りではありません。

まず、作品に出てくる子供たちの家庭環境のあまりの劣悪さに唖然としました。
目の前で自分の父親を継母に射殺された子(よその子、のトマス)、実の親に身体的虐待を受け、その時の後遺症から、ほとんどの学習に問題がないのに読み書きだけが出来ない女の子(よその子、のロリ)、母親に高速道路の路上に置き去りにされた少女(シーラ)、などなど、ここに書くのがはばかれるほど非人間的な扱いを受けた子がほとんどです。

中には先天性の障害(自閉症)の為にトリイのクラスに来る子もいて、その子の家庭はなんともない、普通の家庭だったりしますが。

まず、これが想像上の、架空のことでもなんでもない、事実を基にしたノンフィクションだ、という事に愕然とします。
トリイ・ヘイデンが教鞭をとっていたのは、つい最近の事ではなく、どうやら70~80年代あたりのようです。

私は、教育の事にそんなに詳しくはありませんが、勝手な思い込みで、アメリカはこのての教育に関しては進んでいる→先生方も、きっちりと研究された方法で、情緒障害児の教育を行っているんだろうな、と想像していましたが、それは大きな間違いだったようです。

へイデン先生は、全くの手探り状態で、一人一人の子供の内面を探り、時には味方になってくれるはずの同業者(先生や助手)を敵に回しながらも、何とか子供を理解し、少しでもいい方へ導こうと努力をしています。
その努力たるや読んでいて気の毒になるほどです。
何か事件が起こるたびに、ほとんど泣きたい気分になりながら、一つ一つの事柄に対処していきます。

かなり分厚い本でしたが、とても面白かった…面白いというのは適切ではありませんね、えー、とても惹き付けられたので、一気に読めました。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「宮殿泥棒」 E・ケイニン 柴田元幸訳 文春文庫

2005年05月23日 | ’05年読書日記
原題は、”The Place Thief”となっています。

前にも書きましたが、300ページほどの文庫に、4つの中篇小説が載っています。

その4つのタイトルは…

会計士
バートルシャーグとセレレム
傷心の街
宮殿泥棒

…となっています。

私が特に面白いと思ったのは、「傷心の街」と、「宮殿泥棒」です。

前に読んだ同じ著者の本では、人は、変われる、或いは人が、劇的に変化するとき、という瞬間をモチーフとして、好んで取り上げていたような印象を受けました。

この本では、ん~、どうでしょうか、私が読んだ感じでは、「変わる人」も取り上げているような気がするのですが(会計士)、前に読んだ小説よりも人は本質的には変わらないもの…かもしれないという作者の気持ちが見て取れたような気がします。

「宮殿泥棒」…名門校聖ベネディクト高校の教師である「わたし」は、生徒であり、大物政治家の息子であるセジウィク・ベルの、あまりの放蕩ぶりに手を焼き、父親に会いに行ったり、いろいろと努力をします。
彼と関わっていく中で、「わたし」はベルの「底知れぬ狡猾さ」に唖然とするのですが、数十年後、大企業の社長となったベルと再会しても、その狡猾さが無くなるどころか輪をかけてひどくなっている事に気付き、心底落胆します。

この小説を書いたとき作者は30代の後半ぐらいになっており、前に読んだ本よりも、人物のえがき方、その心中(しんちゅう)の描き方に深みが増しているような気がします。
「深みが増す」という事イコール”人間に対する落胆の色”も濃くなっている印象を受けます。

また、「傷心の街」では、妻に出て行かれた中年男性が、大学生の息子も独立し始めて家に寄り付かなくなり、これから自分はどうやって生きていこうかと悩み苦しんでいる様子が描かれています。
この中年男性の心の描写が、本当にこれでもかというくらいに緻密で丁寧であり、作者が深く感情移入している様子が見て取れました。

また、後書きには
”For kings and planets"(1998),”Carry me across the water(2001)”の2冊の長編を出版、中堅作家として安定した地位を築きつつある…
とあり、お医者さん稼業と平行して作家としても仕事を続けている事が分かり、ファンとしては嬉しい限りです。
この2冊も翻訳され、日本に紹介される事を期待しています。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「彼の奥さん」エマニュエル・ベルナイム 河出書房新社  堀 茂樹訳

2005年05月18日 | ’05年読書日記
タイトルからして「フリンの話??」かと思ってましたが、最後まで読むと、どうもそうでもなかったようです。

主人公は「町の女医さん」で、近くの工事現場で働く男性と恋に落ちます。

小説を読んでますと、

一人称で語られているもの(私は、…と思った、どこそこへ行った、など)
三人称で語られているもの(○○は、…と思った、など)

…と、あるんですが、この本は三人称で話が進みます。
しかも、

彼女は…するだろう。彼女は…だろう。

…という感じで、かなり突き放した、遠くから赤の他人が主人公たちを観察しているような淡々とした感じで、物語が進んでいきます。

私の好きなイーサン・ケイニンは、

一人称で語られている話

…がほとんどで、主人公に寄り添うように、深~~~く共感しながら話が進んでいき、そこがまた好きだったりするのですが、こういう、突き放したような書き方も、まぁ、嫌いではないです。

最後も「ハッピーエンド」を連想させるし、(ヨーロッパの小説は、暗い)という私の思い込み?を、吹き飛ばす、まではいきませんが、少し意外な、嬉しい発見を与えてくれたかな~と思いました。

この本は、1993年”メディシス賞”を受賞し、フランスではベストセラーになったそうです。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今読んでいる本

2005年05月10日 | ’05年読書日記
…。

操作間違いで、今書いた記事全部消しちゃいました。

あ~あ。

今読んでいるのは、

「宮殿泥棒」イーサン・ケイニン 文春文庫です。

300ページの文庫本に、4つの中篇小説が入っています。

最後の「宮殿泥棒」は、卒業の朝というタイトルで映画化されたそうです。

主演はケビン・クラインですか…。

ケビン・クラインというと、「殺したいほどアイ・ラブ・ユー」でやってた、浮気性のピザ屋の亭主とか、タイトル忘れたけどマット・ディロンと共演してた、ゲイである事を元教え子にばらされてしまう先生役とか。(しかも、元教え子(マット)は、ハリウッド俳優になっていて、なぜかアカデミー賞の授賞式でそれをばらすんですよね。)
どうも、あの方は「コメディーがお得意」…という勝手なイメージが私の中にあるので、こういうシリアスな映画には少々不似合いなのでは?!…という心配があります。


殺したいほど アイ・ラブ・ユー (アマゾンに行きますよ)




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

すべての雲は銀の… 村山由佳 講談社

2005年05月09日 | ’05年読書日記
失恋した大学生(男の子)が、その痛手を忘れようと東京から逃げるようにして、信州の山奥の旅館へバイトをしに出掛けます。
そこでいろいろな人達と出会い、…というお話しです。

まあ、よろしいんじゃないんでしょうか。(…って、何が…)

その旅館の仕事の詳細などが書いてあり(野沢菜の作り方とか、畑仕事の様子とか)興味深かったです。

随所に、心に残る言葉なんかも散りばめられてましたし。

主人公のお兄さんが、彼に、ある頼み事をしに信州までやってくるのですが。
ひどいようですが、私はこのお兄さんの言っている事がどうも、虫が良すぎるように感じました。

それによって彼(主人公)は成長していくようなので、それはそれでいいとは思いますが。








コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エンペラー・オブ・ジ・エア  イーサン・ケイニン  文藝春秋刊   柴田元幸訳 

2005年05月02日 | ’05年読書日記
イーサン・ケイニンの短編集で、出版デビュー作、だそうです。
中に入ってる短編のタイトルを挙げてみますと…。

 *夜空の皇帝
 *頭の中で何かがかちんと鳴る
 *音階の記憶
 *アメリカン・ビューティー (同名のハリウッド映画とは無関係、全然別の話です)
 *お互いを知り合う1年
 *私たちの家
 *夜の旅人
 *カーニバルの犬 またはダイヤモンドを買う男
 *スター・フード

この中では、「夜空の皇帝」「アメリカンビューティー」がよかったです。
あとがきにもありますが、この人の小説は、父親(もしくはその代わりとなっている兄)と、息子の関係を描いたものが多いような気がします。

あとがきに、すごくいい事が書いてあったのでご紹介…。

「自分の中で何かが決定的に変化する瞬間が訪れるのを、息を潜めるようにしてじっと待つ16歳の夏…それがイーサンの小説の原型だ。

無論全部の作品の主人公が文字通り16歳なのではない。18歳の事もあるし、もう成人に達している事もあるし、老人を主人公としたものさえある。

…少なくとも彼らは、自分の人生がまだ大きく変わりうるのだという思いをいまだ持っている。…少年たちと同じように、老人たちもまた発見の驚きに打たれる。
イーサンの小説では、人はみな16歳の夏を生きている(おぉ~!!名言です!!)」



私がイーサン・ケイニンの小説が好きなのは、読んでいるうちに、「あー、この人人間が好きなんだろうなぁ~」としみじみ思えるからです。
本を読んでいると、書き手(作者)が、どの登場人物に対して感情移入しているか、という事がだいたい分かるような気がするのですが、この人の本を読んでいると、イーサンは

+自宅の大きな木に大量の虫がつき、お隣の口うるさいオジサン(「木を切ってしまえ」と、再三けしかけてくる)から、自分の思い入れ深い木を守ろうとする主人公

+隣の家の大きな木に虫がつき、自分の庭の木にもそれ(虫)が伝染するのでは、と心配して隣にかけあう男

…この両方の人物とも大事にしているような気がするんですよね...何だかどう表現したらいいのかわからないのですが。

誰かを斬って棄てるようにえがくのではなく、どの人物に対しても共感を持って(人物に近づくように)表現しているところがいいなぁ、…と思うんですよね…。
何だか分かりづらい言い方ですみません。

ちなみに、(またあとがきですが)イーサン自身はこう言ってるそうです。

”僕は医者であるおかげで、人間がいかに弱い生き物かという事を学んだと思う”


「夜空の皇帝」は1985年、、「スター・フード」は1986年に’ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ’(栄誉ある賞らしいです、よく分かりませんが)に選ばれ、
「エンペラー・オブ・ジ・エア」(この本自体)は、ホートン・ミフリン文学奨励賞を受賞しているそうです。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とけい

ぽいんとぼきん