酷評報道につられて観にいった映画です。ネガティブキャンペーンだったのか、本気で酷評したのか……いずれにしても、公開後ずいぶん経つのにえらく混んでいました。
さわやかな音楽映画ではないし、コメディでもありません。むしろ、その対極にある陰鬱な世界観、狂気と心に渦巻く嫉妬や挫折感で歪められた理想が描かれていますが、スクリーン上だけのことにしても、こうした世界観を求めている人が意外と多いのですね。評価も軒並み高い映画です。皆、飽き飽きしているのでしょう。フィクションの世界でまで守る必要のない無味乾燥な暗黙の了解と中途半端な優しさ、心地よさでお茶を濁したような作品には。
かといって、リアリティが欠如しているかというと、そんなことはありません。もちろん車が横転し、血まみれになってまで、ドラムの主奏者として、コンペティションのステージに立とうとするシーンは、フィクションそのものです。でもそれ以外の大部分は、そうではないと思います。誰にも保証されない、あるかないかもわからない才能を拠り所に日々を費やす若きニーマンの苦悩、またフレッチャーにしても鬼教師としては有名でも、人を育てることでは満たされない、プレーヤーとして自ら追求しきれなかった人生への悔しさ……自分自身には投影できなくても、心が震える部分はあったのではないでしょうか。
むだな描写はなく、しかしむだにも思える葛藤や周囲の人を傷つけたり切り捨てたりする描写は容赦なく、それが観客の胸を締めつけ、あるいは二人の主人公を軽蔑する上から目線をもたらします。そんなに必死になっても、ニーマンはまだ何もつかんでいないし、これからも何もつかまないかもしれない。フレッチャーだって、プレーヤーとしてはだめだったか、イマイチだった人でしょう。そんなんで、本当に一流のアーティストが育てられるの?と……(決して“Good Job!”が人を育てるとは思わないから、そこは共感するけれど)
そもそも2人とも人物の性格設定は結構傲慢で嫌なやつで、本音は最後まで見えない部分があります。最後のフレッチャーの心情も、見る人によって、解釈を二分させます。譜面をニーマンの前にだけ置かなかったのは、あの彼の行動を予測し、彼を音楽の世界に引き戻すためだったのか、あるいは自分を陥れた元愛弟子への憎しみから永久追放を狙ったのか。
師弟の成長物語でも、世間に何か教訓を与えるものでもなく、不完全な人間同士がせめぎ合い、化学反応をすることで、今はまだ世の中にないもの(ニーマン独自の音楽)が生まれる過程を描いた作品だと思えば秀逸です。クラシックにしてもジャズにしても、音楽を志す人生とは無縁ですが、成功なんかほとんど望めない将来に、多額のお金と時間を費やすのです。そんな人生を選んだ人に、いい人であれ、人を傷つけるな、蹴落とすなとはいえないし、この映画に描かれた狂気もまた絵空事とのは思えないのです。
最近、観た映画の中では、私的には一番でした。