国際結婚の現実 NZ編

日本の文化が独特すぎるのか!英語文化との違いに笑い、悩む日本人妻のひとりごと。

夜道は暗い

2007-06-30 20:02:26 | 仕事
夜のドライブは,反対に,真っ暗なのがNZである。

都市部を出ると、なんと電灯の少ない事。。。というか、どれも、オレンジ色の光で、あまり明るくないのである。

さらに田舎に行くと、まさに真っ暗の中、時速100kmで走らなければならない。

高速道路ならまだ整備された反射板などがあるから見えるが、普通の道でも丘があり、まがりくねった農場エリアも時速100kmだから、これこそ命がけのドライブである。

もちろん、後ろに押されなければ、自分のペースで運転すればいいのだが、これがまた真っ暗、あたりはだれもいない、車さえいないから、夜道を一人で歩いているような怖さがあり、早く明かりのついた家につきたい!と思ってしまうから、気持ちは焦る。

さて、青い目の人にとっては、蛍光灯がまぶしすぎるらしい。

だからか、インテリア目的なのか、家もオレンジ色の白熱灯が圧倒的に多い。

そして、うちのダンナだけかもしれないが、ワット数が低くて暗いのである。

それが落ち着く、という。

思えば、シティホテルなどに泊まっても、ときどき、部屋の電気がものすごく暗い事がある。西洋文化に従って、のようである。だから、私は勝手に、青い目は、黒ほど光を受け入れられないんだな。というセオリーを作っていた。

それが証拠に、サングラスがないと、いられない人が多い。

しかし、部屋の中に関しては、やはり明るい家は、100Wの電球を使っているのだった。

どうやら,私のだんなの家族は,皆、ダウンライトで生活して来たらしい。

私の視力はどうなっているんだろう?ちょっと心配である。

サンストライク

2007-06-27 19:00:32 | 仕事
太陽の直撃。

朝、車を運転すると、濡れた道路に朝日が当たり、ものすごい反射がある。

こんなに強い光はNZならではだろう。

あまりのまぶしさに、ブラックアウトしてしまうこともあり、私は何度も危ない思いをした。

NZの車は、日が出ていようがいまいが、ヘッドライトをつけて走っている事が多い。

なぜそうするのか、最近やっとわかった。

サンストライク。あれで、何も見えない状態のドライバーが、対向車がくるかどうかのたよりになるのが、昼間のヘッドライトだったのだ。

夏にも、夕暮れ時、あのサンストライクで事故のニュースが流れたりする。

あれは、NZだけのように思うが、どうだろう?

日本の太陽はあんなに強かった事が無いと思う。

ただ、光化学スモッグのおかげで、日本人の肌と目は守られているとか,そんな事も聞いた事があるが。

とにかく、サンストライクも、NZ名物のひとつである。



Jandal

2007-06-25 12:55:26 | 仕事
キウイの象徴に、ジャンダルがある。

サンダル、は日本人も聞き慣れた言葉だが、NZに来てからこのジャンダルは日常生活必需用語である。

ビーサン、と呼ぶ人もいる。つまり、ビーチサンダルである。

キウイたちは、みんなこれで夏を過ごす。スーパーへ行くときも、多分街を歩くときも。

そして、冬もそのままの自営業人も多い。

さて、話は変わるが、とうとうNZがヨットレースのアメリカズカップをかけて、カップ保持者のスイスアリンゲチームと対戦を始めた。

スペインの昼間、NZ時間夜1時から3時のレースなので、ここ2日、また寝不足である。

Bring it backを合い言葉に、NZチームや、NZからの応援団はがんばっている。

あの2003年の屈辱の敗退時、まだ23歳のディーンバーカーというスキッパー(すきっ歯ではない、舵をとる一番目立つ人)が、今回もそのまま舵を握っているが、あの頃の少年さはぬけて、とても男らしくなったと思う。

なんといっても、あの頃よりも、自信がついたという貫禄が伺える。

何を隠そう,私は、彼の隠れファン。

私が街に仕事に出ているとき、カップビレッジという各国のチーム基地のそばに路上駐車をして仕事に行っていたので、このディーンにもちょこちょこ会った。(見かけた、というのが正しい表現か)

彼も、その辺に路上駐車して、仕事に来ていたのである。

車はもちろんレクサスのツーシーター。彼の親は、NZでは結構大きい男性ブティック、バーカーズというチェーン店を経営しているので、リッチボーイなのは知っていた。

しかし、VIPな人が、よくぞ、こんなとこに停めるなあと思いつつ、私のような通りすがりがそばで見られるのは嬉しい物だった。

よく、カノジョが助手席から出て来たり、車に物を取りに来たりしていたのも見た。

さて、そのディーン君、今回はカップの奪回にスペインまで行っているわけだが、レースが始まる前の記者会見の写真が最近ネットのニュースに載った。

制服のTシャツ、短パンまではいいとして、足元は、なんとビーサン。

キウイのだんなさえ、これには笑ってしまっていた。

多分、このビーサン、2ドルショップでも買えるやつだろうねえ。

しかし、リッチなハンサムボーイがすると,何でもかっこ良く見えるから不思議。

この調子で、がんばってほしいものだ。

エンゲージバーティ

2007-06-24 04:58:55 | 仕事
義母が、結婚を決意した事は前にも書いた。

お相手は、やはり73歳の男性で、二人は本当に幸せそうである。

昨晩、近親の者で、ディナーパーティをし、顔合わせとお祝い会になった。

実は私はエンゲージパーティに呼ばれたのは17年ぶりであり、ほんの2回目である。

NZでは、結婚披露宴だけでなく、婚約発表も、周りの人と集まって食事する事が普通。

一度目は、私が27のとき、だんなの友人が開いた、若いカップルのパーティで、それはそれは、キウイのホームパーティ形式に驚いた。

例によって、婚前から二人で住んでいるフラットで、彼らの両親を含め20-30人を呼び、食事は持ち寄り、といっても、ポテトチップスとか、買って来たピザとか、ピール、ジュースなどでし、音楽をガンガンかけて、それぞれカップルが熱々のチークダンスを踊ったりするのだった。

そのカノジョは、それこそとってもきれいな長い髪のブロンド女性で、絵が趣味の人で、今でもハッキリおぼえているのが、何かの賞をもらったという大きなひまわりの絵が飾られていたことである。

とても明るく親切にしてくれ、どうぞ,家の中、見て回っていいですよ、と、案内してくれた隣のベッドルームが、まさにぐっちゃぐちゃだったのも。

このギャップがあまりにすごくて、今でも忘れられない。

ところで、きのうの義母のバーティは、70代同士の結婚であり、外のレストランで集まったという事もあるから、落ち着いて座って食べた訳であるが、そのあと、義母が家にお茶に誘ってくれ、そのままそちらに流れると、やはり楽しい音楽をかけて、義母たちは踊りだした。

かわいい人たち。

そういえば,誰かが言っていた。こういう年齢で,再婚しようと思う人と言うのは、前の結婚生活がとてもいい物だったからだ。と。前の人を、とても愛情深く思っているからこそ、こういう事ができる、というわけか。

そんな事を理解して、何となく抵抗があった旦那たちきょうだいも、もう、義母を祝福するだけの大人だった。

確かに。結婚生活が楽しくなかったら、絶対2度とするもんか!と思うかもなあ。


大雨の中

2007-06-22 18:59:09 | 仕事
大雨の季節である。

今日は特に風もひどかった。

雨の中、歩いて2分の倉庫まで物を取りに行くのは、かなりの覚悟がいる大作業である。段ボール箱も、雨にぬれると崩壊することがあるし。

そんな日に、思い出す事がある。

子供の頃、やはり、30年前の小学校の運動会でのできごとだ。

なかなか晴れの天気に恵まれず、延期続きで、ついに曇りから雨の降る日に開催されたときがあった。

その時は,私どもの学年は、組体操をすることになっていた。

どろどろの運動場に寝転がったり、膝立ちになったり、腹這いになったり、という事をしなければならなかった。

正直な所、観覧に来ていた大人たちほど、気にしている子は少なかったように思う。今の親なら、非難囂々に違いない。

しかし、私の友人が、あのとき,確かにこんな事を言った.

私たちの競技中ね、校長先生が、職員テントから出て、雨の中ずっと立っていたよ。ああいう人,好きだなあ。と。

あの頃の私は、大人を、それも、おじいちゃんの年齢の男性を、そういった目で見る事など、全く考えられなかったため、この友人の言葉が妙に頭に残った。

そして、今も雨にぬれて、何かをしなければならない日には、この事を思い出す。

そんな小さい頃から、彼女のように人を平等に見ることができるほどマチュアだったら、私の人生も変わっていただろうと思う。

この友人は、とても聡明で、難関校の看護科を卒業したあと、もういちど別の学校に入りなおして助産婦の免許もとり、婦長として働いていると聞いた。

その後は年賀状だけの仲になってしまい、彼女も結婚して子供が生まれたと聞きつつ,今では年賀状の交換さえもなくなってしまったが。

遠くに離れても、もう思い出になってしまっても、やはり友人というのは、そういう人と出会えたという充実感とともに、暖かい気持ちにさせてくれるものだと思う。


発音の苦労

2007-06-22 17:08:57 | 仕事
物を売る仕事をしていると、一般庶民との会話が多くなる。そして、移民の国らしく、いろいろな英語の発音を耳にする。

いまだ、は?と思う事があるのは、これはキウイイングリッシュのせいだけではないということにこのごろ気づいた。

イギリス英語でも、ヨークシャー方言、ウエルシュ方言があり、輪をかけて聞き取りにくい。

先日は、プローグがほしい。という人が来た。あれは,どう聞いても、プローグ、であった。

プローグってなんですか?もう少しディスクライブしてください.と言うと、プローグ イズ プローグ。と壁に何かをさす動作をしたので、やっとわかり、アー、プラーグ!!と叫んでしまったのであるが、思わず、こういう人たちの発音は、日本人の私でも、直したくなるのである。

きのうは、スーイングコットン,という人が来た。スーイング?と、相手の言う事を繰り返すと、ソーイングコットン、と、何となく見えて来る事もあるので、不思議である。

また,本日は、バイキングペーバー、という人が来たので、パッキング?と聞くと、バイ(キウイ発音ba)→ベイ(アメリカ発音ba)、だから、、、ベイキングペーパーか!他にも、ピンが欲しい、というので、ソーイングピン(まち針)の所に連れて行くと、ノーノー、writing ピン(キウイ発音pe、つまりpen)、と言うし、こんなことがざらである。

こういうi とeの発音の違いを聞くたび、やはり私は正しい発音で!言い直してあげている。

全く、8年住んでも慣れないというのは、一体なぜなんだろう?



ウイッシュボーン

2007-06-21 05:13:39 | 仕事
こちらでは、一般的家庭料理に、チキンの丸焼きがある。

私もこちらにきたばかりの頃,あんな大きな物、作る事は無理だと思っていた。

しかし、一般的キウイは、簡単だよ!オーブンに入れるだけだもん、と言う.

生来料理など創作物がへたな私には、全く不可能な物として映り、スーパーで出来合いのモノを買ってくるか、だんなの実家で義母が作った物を食する事がほとんどだった。

今でも、うちで作るときは、ほとんどがだんなの仕事だが、自分で最初から作るのには抵抗がある。袋から出したときの、あのヌメっとした丸裸のチキンを触る事も、お尻の穴からスタッフィングというハーブとパン粉をこねたものをいれることも。
が、最近、私もナントカやろうと思えばやれるようになった。

さて、あのチキンの丸焼きの最後の判断基準は、非常に難しい物がある。つまりどこまで食べたら捨てるか,という事。

義母は、昔はこういう残った骨と付いた肉で、チキンスープを作った物よ。という。

そうだろう、こんなにまだ身がついているのに、このまま捨てるのはもったいない。

が、それはタイムコンシューミングという点では、そこまでの価値があるかどうか...難しい所である。

そんなとき、できる限り、身を取ろう、とすると、面白い形の骨があることに気づく。

それは、3センチくらいの枝のような、V形の骨。お尻の辺りだったと思う。

これが出てくると、地元の人は、Make a wish!といって、小指でそれぞれの枝を持って、引っ張り合う。

骨が大きくとれた人の方の願いが叶う、というものだ。

小さな娘に教えるように、義母が出会った頃楽しく教えてくれた。

ということで、今も、買って来たチキンだろうが、家で作った物だろうが、このMake a wishをやらずには、骨を捨てられなくなった私である。

独断の発見

2007-06-20 20:17:40 | 仕事
私がある時期航空会社に就職を目指していた事があることは、ずっと前に書いたが、先日日本から遊びに来てくれた友人は、実は現在日本のA社のグランドホステスをしている。

私は、こうして海外に出るようになってから,初めてそういう職種の方々とお知り合いになる機会に恵まれるようになったのだが、実は、ちょっとしたことを発見してしまった。

もう一人,私の身近に、もとA社のグランドホステスがいるのだが、この方と,この友人の大きな共通点がある。

それは、ほんと~に感じのいいお嬢さん、ということである。

見た目の美しさ、端麗さはもちろん、場の雰囲気を明るくし、会話もとても楽しくさわやかなのである。その上,全く派手すぎるわけでもなく、地味すぎない、品がある。決して人の気を害しない。

今思えば、はあ~こういう人が、あのお仕事にぴったりはまるんだな、とわかるのだが、実は、この国の某航空会社は、そうではないと断言する。

この国であの会社に入っている方々は、正直に申し上げるが、採用基準が日本のそれとまったく違うようである。

私が出会ったその会社の日本人たちは、いわゆる、とても個性的な人が多い,ということである。

客にごちゃごちゃいわれても、目をまっすぐ見て言い返せる強さ。

パニックにならないで処理できる気丈さ。

それが、まず一番必須な事として、採用基準になっているように感じてならない。

そして、イギリスやオーストラリアのエアラインというテレビ番組がよく流れるが、ここで出てくる白人グランドホステスも然り、見た目の感じの良さが重視されていないのだ。

しかし、日本のエー社の方々は、それとは正反対の雰囲気がある。客がごちゃごちゃいっても、乱れのない身なりで癒すと言うか、低姿勢を保てるといおうか、物腰の柔らかさがあるのである。

ここにも、日本の文化の独特さが,非常に出ているように思う。



キャーストアゥエイの真相

2007-06-19 11:33:17 | 仕事
まだ先日行ったフィジーでの休暇気分が抜けない私である。

さむい南風がふくここNZにいると、あの温かい風のフィジーがとても懐かしく感じ、そういえば、フィジーが舞台になった映画が見たいと思って、レンタルやさんに向かったのは先週だった。

それは、トムハンクスのCast Away である。

これは、こうして飛行機の旅をよくする人には、ちょっと神経質になる映画かもしれない。

しかし、この映画,自然の厳しさと現代の便利さのギャップが、私には妙に心に残る感動を与えてくれる。

で、劇場公開になった2000年はもちろん、そして、今回も借りてみた。

ところが、あれ?何かが違う。

劇場で見たときは、日本だったのだろうか?今ひとつ覚えがないのだが、いくつか、見たはずのシーンが、このDVDにはないのだ。

もちろん、このDVDでも、また新たに感動を覚えたのだが、見終わって、あれ?こういうシーンがなかったっけ?と、だんなと首を傾げた。

私が確実におぼえているのは、劇場では確かに最後のキャストやクルーのクレジットの後、ほんとうのラストシーンが映ったのであるーーーロストラブかつ生きる望みを失った傷心の男が、荷物を届けた女性の家の方に向かって歩き出したのを。

そして、だんなも言うには、確かに映画の序盤で、トムハンクスは自殺をしようと丘に登ったんじゃなかったっけ?と話す。そういわれてみれば、そんなおぼえがある。

しかし、ここはオークランド。世界で一番青年の自殺率が高い都市なんだそうだ。

多分、そのことがあって、この国の当局がこのシーンを切ったに違いない。とだんなは言う。

私もこの国で,うつ症状になったことがある一人として、いろいろその筋を調べた事があるが、なんと、ニュージーランドという国は、空気中に,セレニアムという鬱を防ぐ成分が少ない国なんだそうだ。

カルチャーショックでうつ症状になる日本人はもちろん多いが、この自殺率は、もちろんここで生まれ育ったキウイの話である。

だから映画の内容までカットされる事があり得るのだと、狐につままれたような気分ながら、納得してしまった。

前の女の影

2007-06-19 04:15:50 | 仕事
結婚したての頃、だんながNZから日本にやって来て住み始めたが、その時の荷物の中に、ベッドのかけ布団カバーがあった。

学生時代は美術専攻で、いわゆる自称アーチスト、身の回りに置くもの、目に入る物を選ぶ目は、かなり厳しい。

こういう男が、どうして何事にも無頓着な私と住んでいられるのか、未だ疑問であるが、とにかく、そのベッドカバーに,私はそうとう嫌悪感を持った。

NZでは、結婚前に、同棲するのが普通の事である。

ダンナには,実は私と出会う数年前に、数年一緒に住んだ婚約者がいた。

そのころ、この美しいデザインのベッドカバーを購入、それはそれは気に入って使っていたそうである。

しかし、性格の不一致からだんなたちは破局。

でも、物は残る。というか、NZの一般的別離の法則によって、財産と呼べる物はすべて半々に分けるのだ。

かくして、だんなはベッドカバーをキープし、私どもの新居に持って来た。当然おそろいの色のシーツまで。

げげっと思ったのは私である。

あのとき、なんで,そういうことができるの?と確かに聞いたと思う。

ーーーいいデザインだから。それにあの頃で、うん百ドルしたんだ。とな。

確かに、どこでも見る柄ではない色調で、いい物だが、やっぱり、下に敷くシーツまで一緒なんて、、、やっぱり前の女と寝ていた頃を想像してしまって、気持ち悪かった。

友人に話したら、そりゃデリカシーの無い...とあきれていたが、私も焼きもちとかむかつくとかそういう感情よりも、何か先に立つ物があったのである。よって、あまり使っていなかった。

さて,時は流れ、結婚後13年くらい経った去年、あのベッドシーツもベッドカバーも色もあせて来て、も~ういいかげん、いいだろう!と、実行した。

びりびりに割いて、犬のおしっこふきぞうきんにしてやったのである。

やっぱり、気持ちよかった。