私の仕事場は、NZの経済、文化の中心から80km離れたいわゆる郊外にある。
10年前までは、ばりばり働いた人たちの、リタイア、別荘エリアだった。
しかし、今は高速道路が伸び、ペッドタウン化して、通勤範囲である。もしこのようなガソリンの高騰がなかったら、であるが。
80kmとはいっても、信号もほとんどなく、高速道路を100kmで飛ばせるので、30-40分である。
日本なら、1時間が通勤範囲と考える人がほとんどではないだろうか。
しかし、そこはNZ、電車はない、バスも9-5時に仕事する人の時間にしか走っていない、では、車通勤を強いられる。
プラス駐車場代もガソリン代に負けないくらいかかるので、こんなぜいたくができるのは、自分でビジネスをして税金控除をできる人か、エリアマネージャーと言うくらいの地位で、ガソリン代駐車場代を会社が出してくれる人くらいである。
前置きが長くなったが、そんな訳で、今私が仕事をしている雑貨屋さんの客層は、なんといってもリタイアしたお年寄りである。
みんな、歩行器や電動車いすで活動的に買い物をしている。ウチの店にも、ちょくちょく顔を出してくれる。
この辺りに交換留学指定の学校があるので、たくさんの家庭がホームステイをとっているのも、国籍に関わらず、だれにでも親切で、移民に慣れている所以だと思う。(ホームステイをとると、学生からの収入があるというのもお年寄りには大きな助けになっている。)
ただ少々悲しいのは、やはりこないだまで元気に歩いていた人が、今日は両手に杖をもって歩いていたり、歩行器に寄りかかっていたりするのを目の当たりにすることである。
こないだ、ストローク(脳卒中)になっちゃってね。がんが発見されてね。などと言う会話が、ぽんと出てくると、戸惑う。
それでも、からだが動くうちは、一人で住み、自分の足で行動する人が多いのだから、本当に頭が下がる。
このような年齢の方たちは、当然戦争経験者。
ある一人の男性は、大戦中、横浜の米軍基地にいたという。もう60年前だけど、まだ日本語おぼえてるよー。と(コレは英語で言う)、いつも満面の笑顔でやってきて、手をあげ、
おはよう。
こんにちは。
と、あいさつしてくれる。
ちゃーんと午前中と午後の挨拶を使い分けできるので、私たちも、おっ。と思ったりするのだが、
この方、そのあとに続くのが、
毎度のことでございます。
である。美しい30度のお辞儀もつけて。
?
まいど、でもなく、まいどのことで。なぜ、ことで。が付くのだろう?その上、最上級に丁寧な、ございます、まで?とふきだしてしまうのであるが、彼がいうには、横浜にいるとき、日本兵が教えてくれた。というのである。
横浜ながら、関西出身の兵隊さんがいたんだろう。それは考えられるが、ございます、って。。。
そして、きのうなどは、
ところで、この毎度の事で、ってどう言う意味?と聞くのだ。
どちらにしても、こんなふうに、フレンドリーな人が多い地域で、中心地で仕事していたら、絶対巡り会わないシチュエーションなのである。
10年前までは、ばりばり働いた人たちの、リタイア、別荘エリアだった。
しかし、今は高速道路が伸び、ペッドタウン化して、通勤範囲である。もしこのようなガソリンの高騰がなかったら、であるが。
80kmとはいっても、信号もほとんどなく、高速道路を100kmで飛ばせるので、30-40分である。
日本なら、1時間が通勤範囲と考える人がほとんどではないだろうか。
しかし、そこはNZ、電車はない、バスも9-5時に仕事する人の時間にしか走っていない、では、車通勤を強いられる。
プラス駐車場代もガソリン代に負けないくらいかかるので、こんなぜいたくができるのは、自分でビジネスをして税金控除をできる人か、エリアマネージャーと言うくらいの地位で、ガソリン代駐車場代を会社が出してくれる人くらいである。
前置きが長くなったが、そんな訳で、今私が仕事をしている雑貨屋さんの客層は、なんといってもリタイアしたお年寄りである。
みんな、歩行器や電動車いすで活動的に買い物をしている。ウチの店にも、ちょくちょく顔を出してくれる。
この辺りに交換留学指定の学校があるので、たくさんの家庭がホームステイをとっているのも、国籍に関わらず、だれにでも親切で、移民に慣れている所以だと思う。(ホームステイをとると、学生からの収入があるというのもお年寄りには大きな助けになっている。)
ただ少々悲しいのは、やはりこないだまで元気に歩いていた人が、今日は両手に杖をもって歩いていたり、歩行器に寄りかかっていたりするのを目の当たりにすることである。
こないだ、ストローク(脳卒中)になっちゃってね。がんが発見されてね。などと言う会話が、ぽんと出てくると、戸惑う。
それでも、からだが動くうちは、一人で住み、自分の足で行動する人が多いのだから、本当に頭が下がる。
このような年齢の方たちは、当然戦争経験者。
ある一人の男性は、大戦中、横浜の米軍基地にいたという。もう60年前だけど、まだ日本語おぼえてるよー。と(コレは英語で言う)、いつも満面の笑顔でやってきて、手をあげ、
おはよう。
こんにちは。
と、あいさつしてくれる。
ちゃーんと午前中と午後の挨拶を使い分けできるので、私たちも、おっ。と思ったりするのだが、
この方、そのあとに続くのが、
毎度のことでございます。
である。美しい30度のお辞儀もつけて。
?
まいど、でもなく、まいどのことで。なぜ、ことで。が付くのだろう?その上、最上級に丁寧な、ございます、まで?とふきだしてしまうのであるが、彼がいうには、横浜にいるとき、日本兵が教えてくれた。というのである。
横浜ながら、関西出身の兵隊さんがいたんだろう。それは考えられるが、ございます、って。。。
そして、きのうなどは、
ところで、この毎度の事で、ってどう言う意味?と聞くのだ。
どちらにしても、こんなふうに、フレンドリーな人が多い地域で、中心地で仕事していたら、絶対巡り会わないシチュエーションなのである。