旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

タイ、ラオス 路線バスの旅 第5日

2014年10月15日 | 旅の風景
9月25日

ラオ語とタイ語
 ラオスに入ってこの数日、時々耳にする会話の中に私が知っているタイ語がある事には気がついていました。タイ語とラオ語は違う言語だと思い込んでいた私は”けっこう多くの人がタイから来ているんだな”と勝手な解釈をしていたのです。ところが昨夜、ラオスの若者たちと会話しているうちにラオ語とタイ語は相当似ている事に気がつきました。以前E&Gを訪問してくれたラオス観光局の方がそんな話をしていた事を今更ながら思い出しました。私のタイ語は現地の人たちに面白がられる程度の超片言ですが、それでもなぜか今までよりずっと安心できるようになりました。

回復し始めた旅
 久しぶりの一人旅。久しぶりの初めて訪れる旅。そして情報の全てを日本に置き忘れるという失敗から完全な丸腰での旅。日々の行動を自分でコントロールする事に少し苦労していたのですが、ここパークベンに来て何となく自分のペースを取り戻し始めた印象です。今日の行動については昨日到着した時にほぼ情報が手に入っています。

朝の情報確認
 昨日手に入った情報の信憑性については確認作業が必要です。私は過去に前日に調べたバスの時刻にバスターミナルへ行ってみて、満席になったから時刻前に出発したという事を聞かされたことが何度もあります。1日に1本しかない船を逃すような事は避けねばなりません。

 普段のように朝早く起きだして、日記をつけたりシャワーを浴びたりしているうちに、オープンの早い店が店開きを始めた物音や通りを歩く人々の話し声などが少しずつ増え始めて村が少しずつ目を覚まし始めました。まだ人通りは多くありませんが私もぶらぶらと外を歩いてみます。

朝食
 まず、船着き場へ行ってみますがまだ動きはありません。戻りがてら朝食をとろうかと考えますが、まだ炭火を起こしている段階です。ゲストハウスを通り過ぎてもっと山側を散策してみます。山の上に小さい寺院があって、その入り口には市場が開き始めています。その近くに開店準備を終えた様子の屋台を見つけ、ここで朝食をとる事にします。タイ語とラオ語が似た言語である事に気がついているので、ここはタイ語で注文。"センヤイ"は麺類のうちで私の好物の太麺です。

船着き場での出会い
 朝食を済ませた後、船着き場へ戻ります。船もそろそろ準備を始めていて、気の早い乗客は乗り込んでもいます。昨夜乗ってきた船の船員を見つけたので腕時計の文字盤をたたいて何時?と尋ねると、背後から”ナイン”と声がかかりました。そして"フェサイ?"と。身振り手振りでやり取りした結果、この人もフェサイに向かうラオス人。今は7時半を少し回ったところ。それでもラオス人が船着き場に来ているという事は船の出発は09時頃で、そろそろ乗船を始めても良いようです。身振りで、”荷物をとりに行ってくる”と伝えて一旦その場を離れ、ゲストハウスへ引き返します。

乗船前の準備
 昨日は朝食、昼食のタイミングを逃してしまいましたが、今日の1日の行動はイメージがつかめています。ゲストハウスへ戻る途中でサンドイッチを作っている屋台を発見。ピーナッツバターの瓶が店先にあるのを見てピーナッツバター好きな私はピーナッツバターサンドを作ってもらおうと指さしたのですが、どういう訳か"ノー"。メニューを見せられ、そこを見てもピーナッツバターは無し。ツナサンドにしました。

 サンドイッチ屋さんはこの村に数軒あって、昨日同じ船に乗り合わせた人たちもそれぞれにサンドイッチを購入しています。タイとラオスは食文化も似ているのですが、パンを多く目にするのがタイとラオスの違うところです。よく見かけるのはフランスパンですが、このサンドイッチ屋さんのパンは日本のコッペパンに近い物でした。

再び船旅
 ゲストハウスをチェックアウトして船に乗り込み、船頭らしき人物にチケットはどうするのか尋ねると、1時間後にチケット売りが乗ってくるからそこ人から買うようにとの事。船の中央あたりに席を占めて昨日の続きの読書をしばらく楽しんでいると、船着き場で出発時刻を教えてくれたラオス人も乗り込んできました。少し会話を試みますが、私のタイ語、相手英語をがんばって組み合わせてもそれほど長い時間の会話を楽しむことは残念ながらできませんでした。

 船頭の説明通りチケット売りが乗り込んできて無事支払いも完了。暫くすると船は動き始めました。時計を見ると08時37分。早めに来ておいてよかった。

 船から見える風景は時間が進むにつれてなだらかになり少しずつ下流へ向かって山岳地帯を抜け出しつつあることを感じさせます。昨日同様、時々景色を眺めたり、読書をしたりして過ごします。隣に座っていたラオス人は席を移動。地元の人達で集まってビールを賭けてトランプに興じています。

 適当なタイミングでサンドイッチを食べ、売店で缶ビールを買って外を眺めながらゆったり飲んでいると突然強い日差しが入ってきました。昨日洗った靴下が全く乾いていなかったことを思い出して慌ててカバンから取り出して日に当てます。
 
 そんな風に1日をのんびり過ごしているうちにいつの間にか夕方。川沿いにはもう山々は見えなくなり、バナナ農園や広い河川敷が広がってきます。16時を過ぎた頃、前方に見え始めたのはラオスとタイをつなぐ国境の橋。昨年”チェンコンからラオスにわたる橋が架かった”と聞かされた橋をくぐります。

 スーパーカブで旅するタイ北部"では皆さんとラオスの建物を眺めながらビールを飲む店を今日は船から眺め、20代の頃メコン河越しにどうすれば入国できるか考えたフェサイの町に夕暮れに船は到着。フェサイの船着き場は船が溢れていて、わずかな隙間に船体をぶつけ合いながら入り込んでいきます。
 
フェサイ
 ラオスで最後に滞在する町となる予定だったフェサイ。船着き場にいたトゥクトゥクにゲストハウスを紹介してもらおうと声をかけると"タイ ボーダー?"と。ここに泊まりたいと言っても”もうすぐ国境が閉まるから早く乗って”となんだか殺気立っています。

 ふと横を見るとゲストハウスが一軒。一旦トゥクトゥクを離れてゲストハウスへ向かい、料金を田尋ねるとB300。部屋はあまり清潔な感じも無く私好みではありませんでした。タイ側にはいつも泊まっている私好みのゲストハウスがあり、もっと安く泊まれます。

チェンコン
 心は決まりました。先ほどのトゥクトゥクのところへ戻って料金を払いタイ国境へ。入国審査を済ませた後はトゥクトゥクに他の旅行者と一緒に乗ってチェンコンの町へ行き、何時ものゲストハウスへチェックイン。
 
ラオスへ向かう旅人達と
 宿代を支払ったついでにビールを注文して、ゲストハウスの前のテーブルで飲み始めます。何となく家に帰ってきた気分。店先ではここのオーナー一家と友達のタイ人女性が飲んでいたので軽く雑談。そのうち同じ宿に泊まっている欧米人の旅行者が戻ってきました。めいめいビールを飲み始めた彼らは皆一様に明日ラオスへ渡るとの事。”自分はさっきラオスから来た”と言ったら皆ビールとグラスを手に持って私が飲んでいるテーブルに移ってきました。”両替はどうする?”とか、”食べるものは美味しいか?”などの基本的な情報を求めます。私は結局あまりラオスに滞在できませんでしたがそれでも答えられる質問ばかりで一安心。

 こうやって旅人同士が安宿で情報交換することが最近全然なくなったと思っていたのですが、今回はどういう訳か違います。それほどラオスの情報は皆手に入れにくいのかもしれません。

 ラオスの事だけでなく、タイの事やそれ以外に行った国の事などについて雑談しながらとても楽しいひと時を過ごしていたのですが、お店を閉めるという事で、そのタイミングで解散。心地よい酔い心地で眠りについたのでありました。


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