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探偵小説を探せ: ポーの作品で探偵小説はどれなのか? (Seek the detective fictions)

2017-05-06 08:49:08 | 推理
 気づいた人もいるかも知れませんが、本ブログのエドガー・アラン・ポーの作品に関する記事[*1]の中で、推理小説、探偵小説、犯罪小説という言葉を意識的に使い分けるようにしました。それが完全に成功したとは言えませんが、もともと重なり合うことの多い分類ですからいたしかたないことです。個人的には以下の意味で使い分けるように意識しました。

  推理小説 謎の提出と解決が主要な部分を成す作品。謎が犯罪絡みではないことも多い。
  探偵小説 探偵が主要な役割(主人公や語り手)を果たす作品。探偵の主な武器が推理力とは限らない。
  犯罪小説 犯罪を描いた作品。犯罪者の自伝のように謎解きがない作品も多い。

 ここで"探偵"という言葉は一番狭義には公立であれ私立であれ「犯罪捜査を職業とする者」となります。その捜査手段が主に推理ならば推理小説となり、戦闘行為が主ならばハードボイルドとかアクション小説とか呼ばれるものになるでしょう。しかし"探偵"という言葉を広く「謎を解決しようとする者」と解釈すれば、推理小説で"探偵"が登場しない作品はちょっと考えにくくなります。謎は犯罪絡みである必要はないし、"探偵"がホモ・サピエンスである必要もありません。また結果的に"探偵"の力によらずに偶然などで解決されたとしても、解決しようとする努力」が作品の主要部分であれば、それは推理小説です。

 ジャンル名としては現在ではミステリー(ミステリ)(Mystery fiction)がもっとも広い範囲をカバーする言葉として使われているようですが、ちょっと広すぎるのであえて使いませんでした。

 そもそもポーの時代には上記のようなジャンルは作られておらず[*2]、ポーは自分の作品を(Detective fiction)とは呼ばずに("tales of ratiocination")と呼んでいたようです[出典書籍あり]。"ratiocinate"とは推論するとか演繹の過程を示すといった意味になるようです[*3]。合理的推論の物語、とでも訳せばよいのでしょうか。なんだ、探偵小説ではなくて推理小説が直訳に近いではありませんか(^_^)。

 つまり後世の者達がポーの作品を読んでその中のいくつかを"探偵小説"("推理小説")とジャンル分けした次第なので、どれが"探偵小説"("推理小説")であるかは人により異なります。『ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)』[Ref-1]の最後に収録されているエドガウ・アラン・ポ(Edgaw Aram Po)による評論(1949/11)では『モルグ街』『マリー・ロジェ』『盗まれた手紙』『お前が犯人だ』『黄金虫』の5編を"探偵小説"とし、さらに「謎と論理に関係の深い随筆評論」として『メルツェルの将棋差し』『暗号論』『詐欺-精密科学としての考察』『ディケンズ作「バーナビー・ラッジ」評』の5編を挙げています[*4]。彼は「ポオの探偵小説は厳密には三編、広く考えても五編しかない」と述べており、厳密な意味での三編がデュパン物三編を指すことは明らかです。

 私も『メルツェルの将棋差し』は立派な安楽椅子探偵作品だと思いますが、小説ではないという理由(かどうかは不明)ゆえに探偵小説に入れていない人達もいるようです。しかし随筆評論に見せかけた小説とか小説の体裁の随筆評論もありますから、『メルツェルの将棋差し』を随筆評論と決めつけると時の娘(2013/03/24)で言及したジョセフィン・ティ『時の娘』や高木彬光『成吉思汗の秘密』とどう違うんだということにもなるでしょう。

 ポーの小説集である『E・A・ポー ポケットマスターピース09』[Ref-2]では冒頭6篇が上記5編の推理小説と『メルツェルの将棋差し』(この小説集では『メルツェルさんのチェス人形』)です。そして『お前が犯人だ("Thou Art the Man")』と『メルツェルさんのチェス人形(Maelzel's Chess-Player)』とは桜庭一樹による翻案です。翻案というのはいわゆるリメイクのことですが、そのことをはっきり知らずに『お前が犯人だ』を桜庭氏の翻案で初めて読んだ私は、「おお、このトリックもポーは考え出していたのか。すごい!」と感嘆してしまいました。さすがは現代の推理作家、原作よりもはるかに素晴らしい作品に変身させています。また『メルツェルさんのチェス人形』も、原作のちょっと堅苦しい評論風の文体から、軽妙で生き生きとした、小説として読めるほのぼの型の作品に変身しています。まだ読んでいない人には、桜庭氏の翻案を原作よりも先に読むことを強くお奨めします。なお翻案というのは、明治時代に黒岩涙香(くろいわ るいこう)が外国の小説を大胆なアレンジを加えて翻訳したことを指して作られた言葉のようです[Ref-3]。


 さてポーの推理小説および推理小説関連評論が上記の10篇だけかと言えばそうでもありません。特に犯罪小説も含めればもっと多くの作品がミステリのジャンルに入ってくるでしょう。例えば『ポオ小説全集』春秋社(1998/09/20新装版;1962初版)全4巻では巻ごとに次のタイトルをつけています。
  〈1〉推理小説 (1962/05/15初版) 14編 ISBN:978-439345031-4
  〈2〉幻怪小説 (1962/07/20初版) 17編 ISBN:978-439345032-1
  〈3〉冒険小説 (1962/10/15初版) 6編 ISBN:978-439345033-8
  〈4〉探美小説 (1963/01/30初版) 27編 ISBN:978-439345034-5

 まあ全集出版で無理矢理に分類したという感は否めませんし、全編の翻訳者・著者である谷崎精二も第1巻の後記で「第一巻は「推理小説編」としたが、枚数のつこうでそれ以外の物も含めてある」と書いています。では第一巻でどれを推理小説と考えていたのかという記述はありませんが、ともかく第一巻の14編を私なりに評価したのが下の表です。

タイトル謎解き犯罪幻想恐怖コメント
黄金虫探偵小説と呼ぶには相当に非典型的
モルグ街の殺人典型的探偵小説
盗難書類殺人のない探偵小説
マリイ・ロオジェの秘密安楽椅子探偵
「お前が犯人だ」典型的探偵小説
黒猫黒猫犯罪心理小説
早すぎた埋葬基本的に恐怖小説だが落ちは喜劇?
告げ口心臓犯罪心理小説
アモンティラアドの酒樽完全犯罪
穽と振子知略で危機脱出
細長い箱謎は探偵ではなく当事者により明かされる
タア博士とフェザア教授の治療法謎はあり探偵はいない。科学小説の趣もあり。
純正科学の一としての考察したる詐欺ユーモア・風刺
実業家ユーモア・風刺


 上記で謎解き要素ありと評価した小説は、現在なら確実に推理小説と呼んでもかまわないでしょう。謎解きはないが犯罪要素ありと評価した小説は犯罪小説のジャンルには入りますから、この巻に収めても違和感はありませんし、現在でも同じまとめ方はすることも多いです。ただ、犯罪心理小説と呼べる作品は他にも2巻で幻怪小説とされた『天邪鬼(The lmp of the Perverse)』がありますし、単なる犯罪小説ならば4巻の『ちんば蛙(Hop-Frog)』もそうです。なお2017/01/07の記事で紹介したアルレーの作品は「犯罪に成功した悪人がほんの小さな罰さえ受けることなく報酬を受け取るというインモラルな結末が当時の読者に衝撃を与えた」のですが、そういう設定だけなら上記の『アモンティラアドの酒樽』が既に先鞭をつけています。まあこの犯罪者はあまり悪人には見えないのですが。

 『黄金虫』は有名ですが、結末直前までは恐怖小説・怪奇小説の趣です。とはいえそんなミステリはディクスン・カーや横溝正史の作品群を始めとして珍しくないのでいいのですが、その怪奇の中心人物、いわば犯人と目される人物が実は探偵だった、という形は推理小説としてはすごく珍しいのではないでしょうか? しかも探偵が追っていた謎自体が何かということがワトソン役には、したがって読者にも明かされずに話が進むのです。こういう形は推理小説には非常に稀なように思えます。少なくとも私には他の作品を挙げることができません。むろん、怪しい人物が色々でてきてその中の一人が実は正義の探偵だったという設定はよくあるとは思いますが、『黄金虫』の設定とは違いがあるような・・。

 さて第1巻に入っていないが推理小説と呼んでもかまわないと考えられる作品に[Ref-1)]収録の『スフィンクス(The Sphinx)』があります。これは現在なら「殺人の起きない推理小説」と銘打たれるような作品です。殺人どころか犯罪さえ起きないという点では上記リストの『細長い箱(The Oblong Box)』も同様ですが、後者は結末まではいかにも犯罪が起きていそうな進行で、全体的には普通の推理小説の資格十分です。それに比べて前者はいわば「日常生活にふと紛れ込んだ謎」を解決するというものです。タイトルからは怪奇小説と誤解されそうだし、現れる謎は確かに怪奇風味があるのですが、絶対にポーもタイトルによるミスリーディングを狙っていたと思います。ポーには全体これ言葉遊びという『Xだらけの社説(X-ing a Paragrah)』『名士の群れ(Lionizing)』のような作品もありますが、そうでなくても随所に言葉遊びを紛れ込ませるのが好きだったようです。またタイトルは簡単すぎて内容が伺いにくいものが多く、例えば人名や地名の固有名詞だけのタイトルとか、『壜のなかの手記』だけで手記の内容もどんな壜(びん)なのかも伺えないものとかばかりで、「殺人」とか「崩壊」とか「盗み」とか入っていたら大サービスという具合です。『鐘楼の悪魔(The Devil in the belfly)』なんか実はアリスの不思議の国なみの派手な町を舞台とする喜劇だし[*5]、『ペスト王(King Pest)』なんて"The Masque of the Red Death"(『赤死病の仮面』『赤き死の仮面』)のような恐怖小説かと思いきや筒井康隆ばりのスラップスティック(ドタバタ喜劇)だし[*6]。なんですが意図的に内容を勘違いさせようとした疑いのあるタイトルは『スフィンクス(The Sphinx)』くらいだと思います。ネタバレはまずいので、読んだ後で事実を調べる助けのためにキーワードだけ注釈に書いておきます[*7]。読む前に検索してしまうような人のことは知りません。

 さてポが「謎と論理に関係の深い随筆評論」とした『詐欺-精密科学としての考察(Diddling Considered as One of the Exact Sciences)』ですが、どうみても"随筆評論"というのは無理でしょう。"随筆評論"というからにはノンフィクションでなくては拙いのではないでしょうか? この作品は明らかに風刺とユーモアを狙ったフィクションです。もちろん登場する詐欺の手口にはポーが取材した実在のモデルがあるのかも知れませんが、それでもフィクションには違いありません。確かに時間軸に沿ったひとつの物語が展開されるとも言えないので小説(novel)と呼ぶのは苦しいかも知れませんがフィクション(fiction)には間違いありません。"随筆"や"評論"や"論文"の体裁のフィクションなど今では珍しくありませんが[Ref-4)]、ポの時代には少し常識外だったのか、それとも知ってて"随筆評論"などとしれっと評したのか・・。もっともポーの中ではフィクションとノンフィクションとの境界もあまり意識されていなかったのかも知れませんが。ポーの作品群には、おもしろければなんでもあり、という思想が感じられます。

 それではポーの作品群でミステリーと呼べる作品はどれか? 私なりに分類した結果は次のようなものです。翻訳の題名は『ポオ小説全集』創元社(1974)全4巻[Ref-5]のもので、2つある場合の2つ目の翻訳題名は上記の『ポオ小説全集』春秋社(1962初版)全4巻のものです。また英語題名が複数ある作品は"/"で区切って示しました。これは"The Edgar Allan Poe Society of Baltimore"というサイトで調べたものです。

本格推理小説
 『モルグ街の殺人(The Murders in the Rue Morgue)』
 『マリー・ロジェの謎(The Mystery of Marie Rogêt)』『マリイ・ロオジェの秘密』
 『盗まれた手紙(The Purloined Letter)』『盗難書類』
 『お前が犯人だ("Thou Art the Man")』『「お前が犯人だ」』
 『長方形の箱(The Oblong Box)』『細長い箱』
 『スフィンクス(The Sphinx)』
本格推理小説に近い
 『メルツェルの将棋差し(Maelzel's Chess-Player)』
 『黄金虫(The Gold Bug)』
推理冒険譚
 『陥穽振子(The Pit and the Pendulum)』『穽と振子』 知略で危機を乗り越える
犯罪小説
 『黒猫(The Black Cat)』  犯罪者の心理
 『告げ口心臓(The Tell-Tale Heart)』  犯罪者の心理
 『天邪鬼(The lmp of the Perverse)』  犯罪者の心理
 『アモンティリャアドの酒樽(The Cask of Amontillado)』『アモンティラアドの酒樽』 完全犯罪
 『ちんば蛙(Hop-Frog)』 共感できる犯罪者
ユーモア犯罪小説
 『実業家(The Business Man /Peter Pendulum, the Business Man)』
 『純正科学の一としての考察したる詐欺(Diddling Considered as One of the Exact Sciences)』
もしかしてミステリー
 『煙に巻く(Mystification /Von Jung, the Mystific /Von Jung)』 知略で・・・
 『週に三度日曜日(Three Sundays in a Week /A Succession of Sundays)』 知略で・・・
 『早まった埋葬(The Premature Burial)』『早すぎた埋葬』 探偵はいないが謎はついに解けた!
 『チビのフランス人は、なぜ手に吊繃帯をしているのか?(Why the Little Frenchman Wears His Hand in a Sling)』 探偵はいないが謎はついに解けた!


 このようにミステリーというジャンルに入りそうな作品群だけでもなかなかに多様ですが、ポーの多様さはまだまだこんなものではありません。その話は、またの機会に。


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Ref-0) パット・マガー;井上一夫(訳)『探偵を探せ! (創元推理文庫 164-1)』(1961/03/10) ISBN-13: 978-4488164010。原題は "Catch Me If You Can" むーー、日本語の題名は素晴らしい。
Ref-1) 『ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)』(1974/09/27) ISBN-13: 978-448852204-9
Ref-2) 『E・A・ポー ポケットマスターピース09 (集英社文庫 ヘリテージシリーズ)』(2016/6/23) ISBN-13: 978-408-761042-0
Ref-3) 浦安市立図書館が公開している日本推理小説史より、「涙香の翻訳は忠実な逐語訳ではなく、大胆なアレンジを加えたため翻案小説と呼ばれる。」。
Ref-4) いくつかの例として、ラリイ・ニーヴン『無常の月(ハヤカワ文庫 SF 327)』早川書房(1979/01)収録の「スーパーマンの子孫存続に関する考察」や「テレポーテーションの理論と実際」など。またジュディス・メリル編『年刊SF傑作選7』創元社(1976/04/23 初版)収録のR・A・ラファティ「カミロイ人の初等教育」など。最近では第1回星新一賞受賞作品の遠藤慎一「「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ」もある。
Ref-5) 『ポオ小説全集』創元社(1974)全4巻。ほぼ発表時期の早い順に載せているようだ。
 ポオ小説全集 1 21編 ISBN:978-448852201-8
 ポオ小説全集 2  6編 ISBN:978-448852203-2
 ポオ小説全集 3 17編 ISBN:978-448852202-5
 ポオ小説全集 4 21編 ISBN:978-448852204-9

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*1)  名探偵デュパンの時代--(1)
 名探偵デュパンの時代--(2)
 名探偵デュパンの時代--(3)
 名探偵デュパンの時代--(4)
*2) 当時は科学のジャンルも今ほど分かれてはいなかった。物理(Physics)・化学(Chemistry)・鉱物学(mineralogy)・地質学(geology)の区別は曖昧であり、天文学(astronomy)や生物学(biology)もひっくるめて自然哲学(natural philosophy)と呼ばれていた。
*3) wiktionaryの記載"Webster’s Revised Unabridged Dictionary, G. & C. Merriam, 1913"の記載
*4) ここの文での作品タイトルの日本語表記はポの評論の記述の通りである。なお、ポの英語名表記は決して綴り間違いではない。
*5) 舞台となる街の住人にとっては悲劇だろうが、第3者から見ると、喜劇/風刺劇である。
*6) グロテスクではあるから ハレンチ学園がきデカか、いやまことちゃん当たりが雰囲気が近いだろうか。
*7) "Sphinx Crepuscularia Lepidoptera Insecta", "Sphinginae Sphingidae"。これも時代の流れでしょう。ポーが間違えたり、わざとずらしたりしたのではないと思います。しかし春秋社の小説集では題名でネタバレしているのはいかがなものか。谷崎精二の翻訳は、読者の知らないであろう言葉への説明は多くて親切だが、直訳過ぎて日本語としてはこなれていない所も見うけられる。

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