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家族システムの「進化」: 共同体家族とは

2024-04-07 08:06:16 | 歴史
 エマニュエル・トッドの家族システム論の紹介を前回(03/18)に続けて試みます。

【サウジアラビアの同居家族(Joint Family)と別居家族(Separate Family)】

 さて父系制レベル3とされる中近東イスラム諸国の現実の家族事情を伺わせる情報がいくつかありました[Ref-5-7]

 [Ref-5]は、だふんイスラム教の僧侶的立場の人が正しい家庭生活について解説した記事です。序論で「Christianity which ignored the claims of human nature, extolling the idea of celibacy(人間の本性の主張を無視し、独身の概念を称賛したキリスト教)」と当たっていそうなネガキャンを書いてますが、これはトッドの本[Ref-1-a]の(4章,p205-209,キリスト教による革新1)にも描かれている事実です。

 そして同居性について「The Hindu family is a joint family while in Arabia the separate family system prevails.(ヒンドゥー教の家族は共同家族ですが、アラビアでは別家族制度が普及しています)」と述べています。ヒンドゥー教ではイトコも同居が多いためにイトコも兄弟と同じようなものと考えられて、イトコ婚は少ないのだろうという仮説を述べています。「イトコ婚が多いのは普通で正常なことだ」という常識を元にすれば、なるほど納得の仮説です。

 いずれにせよアラビア人自身は "Separate Family" と自己評価しているようですが、実は親や他の親族とも同居する "Joint Family" も普通にあるようです。そして同居していると、既婚女性が夫以外の男性に素顔を見せてしまうという、イスラム的には大きな罪を犯してしまう機会が増える、という大きなデメリットがあると意識されています。

 で、[Ref-6]では具体的に「兄弟が結婚するのだが、義理の妹とどう接するべきなのか?」というQ&Aがなされています。答えを取りまとめると、
 兄弟でもなんでも、その妻に親しくしたらダメ。義理の姉妹と会食するのはダメ。女性同士はむろん制限なし。
 はて、そういえば、実の姉妹とは会食などもいいのか? まさか子供の食卓を男女でわけたりもしないよね?

 [Ref-7]は女性視点での義理の親族との付き合い方のアドバイスです。
 「the joint family system, particularly peculiar to Africans and Asians, is a by-product of culture, it has no basis in Islam(共同家族制度、特にアフリカ人とアジア人に特有のものは文化の副産物であり、イスラム教には何の根拠もない)」という言葉は、(西洋人には受けがよくない?)共同体家族とイスラム教との結び付けという偏見への反論なのでしょう。
 そしてここで描かれる義理の親族との付き合いの悩みは、核家族も同居家族も入り混じっている日本の状況と変わらないように見えます。
 実は[Ref-2b]の下方にも載っている家族システムの世界分布図[Ref-1a,p1]を見ると、サウジアラビアは共同体家族ではなく父系直系家族となっています。共同体家族が分布するのは、旧ペルシャ帝国の地域とアフリカの地中海沿岸部、アラビア半島の紅海沿岸部です。アラビア遊牧民はむしろ中近東では例外なのでしょうか?


【中国やインドの共同体家族】
 [Ref-2b]の下方にも載っている家族システムの世界分布図[Ref-1a,p1]を見ると、中国全土は共同体家族制(父系制レベル2)です。その調査研究は日中でかなり資料がありそうですが、[Ref-8a](1970-80年?)で概要が伺えます。さらに[Ref-8b](1969)[Ref-8c](1971)では、インド社会を特徴づける共同家族(Joint Family)、旧中国における伝統的な「同居同財」家族、南スラブ人のあいだに存在したザードルガ、という3つの民族における比較がなされています。[Ref-8d](1993)では、中国における20世紀での実態や変化などが扱われています。

 そもそも英語の"Joint Family"はインドの家族形態を示す言葉として使われ始めたとのことです[8b]。中国の例で述べれば[8a]
  "家":狭義における家計をともにする生活共同体。法律が一戸として把握しようとした概念。通常は複数の"房"から成る。
  "房":小さな核家族(夫婦と小さな子供たちだろう)。各"房"の地位は基本的に平等。
  "同居同財":一つの"家"に属するすべての"房"は、原則として同じ住居に同居し、"家"に属する財産はすべての"房"の共有。
  "分家":同居同財だった"家"が分裂すること。つまり各"房"が独立すること。
   ・財産は各"房"に均等に分けるのが原則。
   ・なるべく長く分家せずに同居するのが理想
   ・分家の原因は、家族増加による物理的限界や、家族間の不和など

 以上は中国だけでなく、インドやザードルガ(Zadruga)の場合もほぼ同じとのことです[8b]。最初はなるほどと流しましたが、よく考えると具体的には色々と疑問点が生じました。
 ・均等といっても、それまで同居していた建物は分割できないのではないか?
 ・分家の時は一時に全"房"に均等に分割するとのこと。例えばいくつかの"房"だけが出ていくという形はないらしい。するとひとつだけ出ていきたいと強硬に主張する"房"がいると、全"房"が分家してしまう・・のだね。

 それで分家の原因として、3つの地域のいずれでも妻同士の不和が多いとされています。ただしこれは各地域の人達の自己評価であって、[8b]の筆者は「妻同士の不和が兄弟同士の不和に結び付いてこそ、分裂の原動力になる」との見解を示しています。確かにこんな社会では、「女はなんたらかんたら」なんて言葉はいかにも産まれそうですよね。もっとも、兄弟同士は子供の頃から同居していて喧嘩しても仲直りするすべとか互いに慣れてるでしょうけど、妻同士は他人ですから仲たがいしやすいという点は推測できるでしょう。

 さて以下の点はたぶん中国特有です[8a]
  "家長":家の一番の目上。つまり最高齢の人。
  "当家":管理実務に当たる人。つまり実質的な長。

 家族が一人の父からの子供たちだけの場合は父が"家長"であり"当家"ですが、衰えや楽をしたくなったりの理由で他に"当家"をさせることもあります。しかし最終的には決定権は"家長"にあるというシステムです。そして家の資産はあくまでも"家長"に所有権があります。まあ創業者で大株主の会長と実務を執る社長という関係でしょうか。

 そして両親とも亡くなれば、残った親族の中で最高齢の者(原則は男性?)が"家長"となりますが、"当家"は別に能力のある人がなることも珍しくないとのことです。"能力がある"というのか、皆が認めた人だよね。場合によっては暗闘が起きたりして・・・。いや、国とか財閥だったら間違いなく次期"当家"をめぐる暗闘が起きる。"家長"は自動的に決まるけれど。
 ともかく、父や母が死んだとしてもそれで"家"が各"房"に分裂するわけではなく、なるべく続くのが理想ということです。

 [8a]では日中の比較もされていますが、少なくとも江戸時代以降の日本では、代々引き継がれる"家"とはいわゆる家業と結びついたものです。武士の場合は"家名""家督"の相続で、商人ならもろに"店(みせ)の相続です。[8a]では「相続の対象の中核をなすものは封禄である」と表現していますが、むろん封禄(俸禄も同義?)という言葉は武士の場合で、ここでは封禄(つまり給与)をもらえる権利とか資格の意味になるでしょう。

 対して中国での相続に対応する継承という言葉の場合、の目的語は人(血統)であり、の目的語は祖先の祭祀および財産です。そして同じ血統に属する"家"の集合体が"宗"とか"宗族"とか呼ばれるもので、必然的に同じ祖先を祭ることになります。そして"宗族"の結束は「極めて固く」、「中国人は宗族の利益を重視し、人が多ければ勢力も大きいことを好む」とのこと。
 ゆえに中国の"家""宗"のメンバーは職業はバラバラでも存続しますが、日本だと"家"はひとつの職業に結び付いていたという違いがあるわけです。とはいえもともとは、共同で土地を耕す農業や、共同で家畜の群れを管理し外敵と戦う遊牧という職業に、共同体家族という形が適応性があったから誕生したのは確かなのでしょうけれど。

【共同体家族の崩壊?】
 なお、ザードルガは今では崩壊しているらしいし、日本での白川郷の共同体家族[Ref-9]の崩壊などということも述べられていました[8b]。単純に言えば、共同体家族で農地を耕す以外の生計の建て方が増えてくると崩壊に向かいやすいとなります。これは「父系制レベル1=>父系制レベル2=>父系制レベル3」という単純化したトッドの表現には反例となっているように思えます。
 実は[8c]冒頭の記載によれば、論文発表年の1970年頃は家族システム研究者の間では以下の共通認識があったようです。
  ・近代のように貨幣経済が浸透すると、共同体家族は核家族へと分解する傾向にある。
  ・歴史上で共同体家族の出現が必然とする説もあるが、正しいか否かは不明
  ・インドと中国での共同体家族の存在は紀元前にまでさかのぼり、起源は不明

 共同体家族から核家族へという説は、まさにトッド達のような近年の研究者がひっくり返そうとしている古い仮説と言えそうですが、むろん形としてのザードルガの崩壊などは事実ですから否定はできないでしょう。トッドが強調したいのは、形の上では共同生活は消えたとしても、心理的本質はそう簡単には変化しないのだということだと思います。


 次回に続く、かも知れない。

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Ref-1a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916118
Ref-1b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916125
Ref-2) Honkawa Data Tribune (社会実情データ図録)
 2a) ホームページ
 2b) 【コラム】エマニュエル・トッドの家族システム分類。内容が詳しいが、内婚制共同体家族は入れていない。
Ref-3) 板尾健司 ;金子邦彦 "家族形態の起源と社会構造の多様性~進化シミュレーションが解き明かす環境要因、家族形態、社会構造の関係~"
 3a) 概要(web版)
 3b) 概要(PDF版)
 3c) 原論文 Kenji Itao ;Kunihiko Kaneko "Evolution of family systems and resultant socio-economic structures" [Nature] Humanities and Social Sciences Communications vol.8, 243 (2021)
 3d) google翻訳
Ref-4) トッド理論を検証した論文
 4a) Jerg Gutmann ;Stefan Voigt "Testing Todd: family types and development" Published online by Cambridge University Press: (2021/03/21)
 4b) google翻訳
 4c) 家族システム分類表

Ref-5) イスラムの(サウジアラビアの?)家族規範の解説
 5a) Sayyid Sa'eed Akhtar Rizvi "Islamic Family Life"
 5b) google翻訳
Ref-6) イスラムの(サウジアラビアの?)家族関係についてのQAの例
 6a) 義理の妹との接し方
 6b) google翻訳
Ref-7) イスラムの(サウジアラビアの?)嫁姑関係?
 7a) 女性へのアドバイス
 7b) google翻訳
Ref-8) 共同体家族についての文献
 8a) 申秀逸(Shen xiuyi) "中日伝統の「家」相続制度の比較 (China and the Japanese traditional family inheritance system)"人文社会科学研究 第16号 p1-17
  人文社会科学研究という雑誌はたぶん、国立国会図書館のデータにある早稲田大学出版のもの。とすると、発表年は1970-80年頃と推定。
 8b) 姫岡勤 "共同家族論序説--共同家族の比較的考察(前篇)--" 京都大学教育学部紀要 Vol.15 p142-168 (1969-03-31)
  「京都大学教育学部紀要 15巻 」リンク
 8c) 姫岡勤 "共同家族論序説--共同家族の比較的考察(後篇)--" ソシオロジ Vol.17, No.1-2, p264-305 (1971)
  雑誌「ソシオロジ」リンク
 8d) 中村則弘 "中国家族の分析視角--両義的補完性に着目して--" 『家族社会学研究』 Vol.5, No.5, p5-11 (1993)
  家族社会学研究、バックナンバー

Ref-9) 白川郷の共同体家族(大家族制)について。合掌造り集落も参照。
 9a) panorama 飛騨 "白川郷の歴史"の"合掌造りの誕生"の項。「特に農地が乏しい下白川郷では、農地と労働力の確保のために3層、4層の切妻合掌造りが発達し、分家を認めず、長男以外に正式な結婚を許さない大家族制度が生まれました。」
 9b)
Pace Continua "白川郷の大家族制" (2013/01/17)
より、「明治期から昭和中期まで白川村の「大家族」制は民俗学・社会学の人きな研究テーマであった。」
 9c)
まちなみ探訪 "地形と婚姻制度から読み解く合掌造り"
より、「長男が嫡男として単独相続するのは他の地域と同様ですが,次男以降は「妻訪婚」という世界でも珍しい婚姻制度を取っていました.」
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