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リべラル寡頭制:エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』より

2024-05-31 07:00:12 | 歴史
 前回の記事の続きです。

 トッドは、アメリカはいまや民主制ではなくリベラル寡頭制になってしまったとしています。
--------引用開始--------
[Ref-1-c,4章,p168項目:現在の英米は「自由民主主義」とは呼べない]
 とくにアメリカでは、選挙プロセスに膨大な資金が投入されています。「金権政治」が大々的に行われているのです。こんな国に、他国の「民主主義」を云々する資格などあるのでしょうか。教育による階層化と社会の分断も深刻です。
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[Ref-1-c,4章,p169項目:リべラル寡頭制陣営vs権威的民主主義陣営]
 私は民主主義を「制度としての民主主義」と「心理や感情としての民主主義」という二つの側面から見ていますが、社会の内部に民主主義的感情が見られず、これだけ分断が生じているアメリカやイギリスに「民主主義の守護者」を名乗る資格などないのです。
 個人的には、これらの国を「リベラル寡頭制」と呼ぶべきだと考えます。
--------引用終わり-------

 リベラル寡頭制という言葉はトッドも「個人的には」と断っている通り学術的に認知された用語ではないでしょうが、なんとなく説得的ではあります。歴史学用語である僭主政治に語感は似ていますが、1人の独裁ではなくかなりの人数のグループが自分達の利益だけを主目的にして政治を動かしていて、特に経済的下層の人々の利益をないがしろにしている、というところでしょうか。

 アメリカの金権政治に触れていますが、確かに政治資金に厳しい目が向けられている現在の日本から見ると、企業や富豪からの政治献金が堂々と語られているアメリカ選挙の状況には、「国が違うと色々と違うんだなあ」という感嘆を禁じえません。なお金権政治と言うと「票を金で買う」なんてことが思い浮かびますが、現在のアメリカ選挙などではそうではなくて、「コマーシャルに多額の資金を投じることができる」という要因が大きいのではないでしょうか。つまり集めた政治資金が有権者に直接還元される(^_~)、のではなくて選挙戦を請け負う様々な企業に流れるというわけで、だまされる有権者層には何も還元されないという、ますます悲劇的な状況になると・・。

 なお、「分断が生じている、から民主主義ではない」という論理はちと納得できません。むしろ民主主義だからこそ、というより言論の自由があるからこそ、分断していることが露わになるのではないでしょうか?
 また、「社会の内部に民主主義的感情が見られず」というのは何を指しているのかよくわかりません。"民主主義的感情"とは具体的には何なのでしょうか?

 トッドの家族システム論からの解釈によれば、この状況の原因(の一つ)はアメリカとイギリスが"絶対核家族システム"だからです。本ブログの「家族システムの「進化」:エマニュエル・トッドの理論(2024/03/18)」では"純然たる核家族"と記したシステムで、フランスのパリ盆地に多い"平等主義的核家族"とは異なるものです。
--------引用開始--------
[Ref-1-c,4章,p168項目:現在の英米は「自由民主主義」とは呼べない]
 アメリカとイギリスでの「不平等」の広がりは、「絶対核家族」(結婚した子は親と同居せず、遺言で相続者を指名し、兄弟間の平等に無関心)という家族構造に由来しています。この家族システムには、「平等」という価値観が組み込まれていないのです。
 親子関係は、自由主義(個人主義)的で、ドイツや日本の直系家族のように権威主義的関係ではなく、「自由」という価値観が組み込まれています。しかし、「平等」の原則はなく、だからこそ、これらの社会では「不平等」に歯止めがかからないのです。
--------引用終わり-------

 ちなみにパリ盆地、すなわちトッド氏自身のようなフランス人は英米の"絶対核家族"よりも平等を重んじる"平等主義的核家族"なので、英米ほどには不平等が拡大してしまう傾向は少ないのでしょう。

 ただトッド理論からすれば、英米が不平等なリベラル寡頭制になってしまったのは、ロシアや中国が権威的民主主義になってしまったのと同様に自然なことであり、多様性の一環であるということになるのではないでしょうか? 「平等」という価値観が組み込まれている日本人やドイツ人[*1]はむろんのこと、"平等主義的核家族"のフランス人も、自分たちの価値観を英米の人達に押し付けるのは間違っているということにはならないのでしょうか? 同じ核家族制に分類されてはいても、英米とフランスでは大きな違いがあるとみるべきでしょう。

 むしろ長子相続制というのは、実は長子以外の多くが核家族を作るのであり、実態としては核家族制と近いとも言えます。(「家族システムの「進化」:他人の家族実態を理解するのは難しい」(2024/03/25)でも少し指摘しました)。極端な個人主義へと進化しすぎた英米なんか放っておいて、同じ価値観を共有する日仏独で仲良くしましょうよ(^_^)。だいたいにして、フランスが発明した偉大なるメートル法を未だに軽んじている英米なんかに合理的精神を期待するだけ無駄なんです(爆)。
 おー、ドナールド! 冗談にきまってるじゃないか。今度の最初の海外訪問はぜひ安倍ちゃんの墓参りをお願いするよ[*2]。いつまでも僕たちはトモダチだよ。
 おー、恐れ多い。明治以来の我が皇室とロイヤルズとの絆を我が国が忘れるわけがございません。あ、一時忘れてました、てへっ。あれは大きな過ちでありました。なにせ貴国と同盟を結んで戦った国は負けたことがないという歴史上のジンクスがあるとかいう話ですから、今後は決してあのような馬鹿なことはいたしませんとも・・大丈夫かな?

 というのは多少ともジョークが入っているわけで、英米だって極端な経済格差を良しとするわけでもないでしょう。実際に格差を問題視しているわけですし。トッドが"絶対核家族"の不平等な価値観とするものは遺産相続時に親の意思でいかなる不平等も容認されることを意味しますが、社会的な経済格差を生みやすいのは、「いわゆる機会の平等を重んじて結果の不平等は容認する」という価値観の方だろうと思います。この不平等の容認の程度が家族システムと何らかの相関があるという可能性はありますが。

 まあともかく、現在の英米は(トッドが理想とする)"自由民主主義"とは呼べないとして非難するならば、(トッドが理想とする)"自由民主主義"とはほとんど別物ともいえる権威的民主主義は多様性のひとつとか言って擁護するのはダブルスタンダードというものではないでしょうか?

 真の"自由民主主義"への近さの程度には色々な尺度が考えられるでしょうが、例えば言論の自由という尺度ならば明らかに、北朝鮮>=ソ連流共産主義=昔の中国共産主義>現在の中国>現在のロシア>リベラル寡頭制=日韓欧州、でしょう。そりゃあ経済的平等性であれば、もしかすると北朝鮮がトップだったりするかも知れませんけれど。


 次回に続く。

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 *1) ドイツ人のことは知らないけれど、日本人の場合は同調圧力などと呼ばれる文化があるくらい平等指向性が強いとも言われる。
 *2) すっかり確定した未来みたいに書いてるけど・・。どうなるでしょうね?

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 1-a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916118
 1-b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916125
 1-c) エマニュエル・トッド; 大野舞(訳)『第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367)』 文藝春秋(2022/06/17),ISBN-13:978-4166613670 キンドル版(ASIN:B0B45MC7Q5)
 1-d) エマニュエル・トッド;池上彰;大野舞(訳)『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』朝日新聞出版(2023/06/13)
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