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架空の盤上ゲーム:『亡びの国の征服者』より

2022-07-23 18:36:17 | 架空世界
 『亡びの国の征服者』という小説が出ています[Ref-1]。舞台である架空世界がしっかり創ってあり、主人公が転生者である以外には超常的な要素や魔法などは、今のところは登場していません。

 第2巻あたりで判明しますが世界の地形は現実の地球と極めて似ています。が、生態系は違いがあり、知的種族はこれまでのところは、シャン人(原語ではシャンティ)とクラ人の2種類で、主人公はシャンティに生まれています。クラ人の方が現代の地球人とほぼ同様の姿形と性質を持ち、シャンティは耳に特徴がある姿です。
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 まるきり人間と同じように見えるのだが、耳の形だけは明らかに違う。
 耳が少し尖っていて、髪の毛の延長のような毛が耳の先を覆っていた。
 耳朶の中はピンク色をしているが、耳周りから耳の先は髪の毛に覆われているのがわかる。
===========引用終り=====================

 さらに、シャンティは出生数が少なく、少し長命です。
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 シャン人という種族は非常に長命で、無事に生きれば八十歳まで生きるのは珍しくなく、百歳になってようやく長生きの域に入るらしい。
 加えて、当人たちはそんなことは思っていないが、俺からしてみるとたいがいのシャン人はツラがいい。
 ついでにいうと、シャン人という種族は寒さに強く、大陸の北方に生息している。
===========引用終り=====================

 イラストではフィクション上のエルフのように描かれていますが、も少し耳の毛が深くても良いようにも思えます。個人的には、ネアンデルタール人とクロマニヨン人の対比が思い浮かびます。シャン人とクラ人との間には子供ができないので、ネアンデルタール人と現代人よりも遺伝的には遠い関係にはなります[*1] 。エルフというと人類の数倍もの寿命という設定も珍しくないので、百歳にして長生きというのは、ごく自然な種の違いという印象ですね。ただし出産間隔が10年くらいは普通というのは種が生き残るにはかなりのハンディでしょう。医療も未熟な世界で現代の家庭並の出生数しかないのでは、子供の死亡率がクラ人に比べて低くないと計算が合わないので、病気に対する抵抗力が強いのかも知れません。

 さてこの小説には「斗棋」というチェス型盤上ゲームが登場します。架空のチェス型盤上ゲームが登場する作品は時々ありますが、そのルールがこの小説ほどに突っ込んで描写されている作品はかなり珍しいものです。大抵は名前だけが登場するか、せいぜい現実のチェスのルールが示唆されるくらいです。宇宙SFだと立体チェスなんてのが登場することはありますが、その具体的なルールをきちんと描いた作品は聞いたこともありません。ということで、斗棋のルールについてわかっていることを列挙してみましょう。

1)シャンチー(象棋,xiangqi)に似て、敵陣と自陣が真ん中で半分こに分かれて、侵入経路が限定される。
2)駆鳥兵(かけどりへい)と王鷲兵(おうわしへい)というコマが、いわば飛車角のような役目を持っている。
3)王鷲兵は、角と同じ斜めの動きをし、敵味方の駒と、中央の川飛び越えることができる。
 ただし、初期配置で王の右前と左前に配置されている、近衛兵と親衛兵という駒だけは、飛び越せない。
4)歩兵にあたる前進しかできない槍兵というコマがある。特に、端に、たぶん両端にはある。
5)槍と馬車というコマがあり、先手イッカク槍衾という棒銀みたいな戦法に使われる。
6)ルークという名のコマがあり、主人公の父の名の由来である。(第1巻)。
7)取ったコマの再使用はできないと思われる。

 まずの推定理由ですが、取りゴマ再使用は現実世界の数あるチェス型ゲーム(伝統的ゲームに限る)の中でも日本将棋だけの特殊なルールであり、斗棋はシャンチーに似ているという点もあります。さらに王鷲交換槍備えという、序盤で王鷲を交換する戦法の描写があります。
===========引用開始=====================
 王鷲交換槍備えというのは、最初に数手を使って、相手の王鷲兵をこちらの王鷲兵で仕留めてしまう戦法である。
 数手を浪費するぶん、若干の不利はあるが、相手の戦法を限定できる。
 俺はだいぶ王鷲兵を使うのが上手いというか、得意だから、こういう戦法を取ってきたのだろう。
===========引用終り=====================

 仕留めると言っても簡単にただで取らせてくれるはずもないので、これは相打ち、すわち王鷲同士の大駒交換という意味でしょう。ここで取り駒再使用ができるとしたら「相手が王鷲兵を使わないようにする」ということはできません。王鷲兵を使うのが上手い相手に持ち駒として持たせたらやぶ蛇です。

 さて4と5に槍兵という名のコマが出てきますが、どうも別のコマのような印象です。4の槍兵は日本将棋の歩やシャンチーの兵や卒と同じ動きですが、5の槍は日本将棋の香車のような印象を受けます。

 3の王鷲兵は日本将棋やチェスにはない、なかかなにフェアリーなコマですが、シャンチー(象棋,xiangqi)の炮・砲やチャンギの包(포、ポ)からヒントを得た動きでしょう。

 以上の情報から想像をたくましくして(^_^)、盤面を図にしてみました。第2巻の表紙の図とは多少違うみたいですね。XとYは作品中では未紹介の駒がその辺にあるのではないかという想像です。もしかしたらXあたりが主人公の父の名の由来であるルークなのかも知れませんが、チェスのルークと同じ動きがどうかは不明です。


 しかし詳しすぎる描写のゆえにツッコミ所も出てしまうのです。いや実にマニアックで本筋にはほぼ無関係なことなんですが・・・。

 作品では戦績が5勝3敗とか○手詰めで投了とかいう場面しかでてこないのですが、取り駒再使用でなければ、もっと引き分けが多いはずなのです[*2]。日本将棋での引き分けは千日手と入玉くらいですが、チェスなどでは終盤には互いに駒数が少なくなってどちらも詰められないという状況が頻発するからです。
 ちなみに、一方がキングだけになった場合に他方にどんな駒が残っていれば詰められるか、どんな駒の場合は詰められずにドロー(引き分け)にしかならないか、ということは調べ尽くされて定跡となっています。チェスだとルークやクイーンなら1個残っていれば詰みには十分ですから、もしルーク1個の駒得になって局面が落ち着いたら、駒得の側はどんどん互角の駒交換をしていけば自然に勝利が転がり込みます。水準以上の指し手同士の場合に、このルートを外れることなどまずありえません。なのでルーク1個などという大差がついたら、普通はそこで投了です。
 またチェスなどの実戦では、即詰みに打ち取るというより、いわゆる必至で決まる方が多く、その場合に見せている詰み手順も日本将棋ほど長いことはありません。持ち駒を必要なだけ補充しておいてから、どんどん捨て駒を効かせて鮮やかに打ち取る、なんてことは取り駒再使用ルールだからこそできることです。
 というわけで、即詰みで勝負が決まる場面が多いのは取り駒無使用ルールのゲームでは違和感があるのです。

 まあ日本ではチェスをそこそこ指した人というのは極少ないでしょうからスルーされるでしょうが、海外の読者だとアレッと思う人も出るかも知れませんね。もっとも欧米でもチェスを本格的に趣味とする人が多いかというと怪しそうで、こういう小説の読者と重なる人というと・・・いや、それは意外といるのかも。

 余談ですが、斗棋という言葉は建築用語の「斗棋(とぎ)」という意外な言葉があるようです。

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*1) ネアンデルタール人が現代人と同種なのか別の種なのかは長年論争されていたが、2000年代に古代人骨のDNA解析が進み、両者は交配可能で共にホモ・サピエンスという同一種であることが定説となった。

*2)
各国のチェス・将棋の比較(翻訳)
チェス雑学トリビア集「チェスは先手後手で有利不利があるという説は真実か」くろーりん(2020/10/12)
「チェスの棋譜約220万戦を分析してわかったことを可視化」Gigazine(2016/03/01)
「チェスでの先手勝率」スタイン流(2008/02/21)

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Ref-1) 不手折家『亡びの国の征服者 1 ~魔王は世界を征服するようです~ (オーバーラップノベルス)』オーバーラップ (2020/04/25)

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