知識は永遠の輝き

学問全般について語ります

家族システムの「進化」:他人の家族実態を理解するのは難しい

2024-03-25 07:11:13 | 歴史
 2024/02/01の記事で紹介したエマニュエル・トッドの家族システム論の紹介を前回(03/18)に続けて試みます。

 まず家族システム論の分類を表形式でまとめた資料を参考文献に示します[Ref-2b,4c][Ref-2b]は内外婚制共同体家族を除く4分類だけが載っていますが詳しく書かれています。[Ref-4c]は本来の分類のようで、4分類していたところの兄弟平等な同居家族制に、外婚制と内婚制の分類を持ち込んだのがトッドの提案だったようです。この表だと曖昧ですが、実際にはイトコ婚率数十%のような強い内婚制は、兄弟不平等な同居家族制(長子相続制の父系制レベル1)にはありません。

【進化は単純な直線ではない】

 前回(03/18)の説明では、英米式の核家族から直系家族へ、さらに共同体家族へ、という進化図式を示しましたが、これは、「類人猿から人類へ」「魚類から両生類へ、さらに爬虫類へ、さらに哺乳類へ」というのと同じように単純化のし過ぎです。実際には原初的家族システムというのは、核家族が原則ではあるものの、様々な変形も許すような柔軟性のあるものでした。つまり核家族以外にも、両親との同居はむろんのこと、一夫多妻も一妻多夫も、離婚や同性愛も許容する穏健なシステムでした (2章,p146,結論にかえて~3章,ホモ・サピエンス)。
 それがフランス中央部やイングランドではキリスト教の影響もあって、絶対的な一夫一妻制厳格な外婚制という特徴を持つシステムへと進化したのです (4章,p205-209,キリスト教による革新1)。

 つまり、柔軟性のある原初のシステムが異なる方向に特殊化する形で、絶対核家族長子相続システム(父系制レベル1)分岐したというべきなのでしょう。さらに上巻の1章、特に「ユーラシアにおける核家族から共同体家族への変容」を読むと、シュメールと中国北方の遊牧民の社会では、柔軟な核家族制から、長子相続ではない父系制へ変化したと読めます。つまり以下のような経緯です。

  原初の柔軟な核家族=>中国の長子相続制同居家族 => 遊牧民システムと合体融合
          =>父と平等な息子達から成る遊牧民式共同体家族 =>中国の共同体家族

 つまり父系制レベル1からレベル2に進化したのではなくて、両者は独立に進化して後に合体したとも読めます。確かに長子相続制と共同体家族制とはいわば独立した形質で、それは先に示した表形式の分類を見ればよくわかります。

 もう一点重要なのはロシアのシステムで、共同体家族制に分類されるにもかかわらず女性のステータスは比較的高いという特殊な位置づけです。「人類学上の特異例、歴史の偶発事にすぎなかった[下巻,18章,p329,偶然としてのロシア、必然としてのロシア]」と書いています。

【他人の家族実態を理解するのは難しい】

 さて色々な家族システムが出てきましたが、自分達の社会と異なるシステムの実態というものが、どうにも実感できにくくて理解が難しい。日本のシステムである長子相続制は理解できますし、そこから極端化した核家族制についても、理解が難しいことはありません。むしろ同じと思い込んでいても、極端化の事例を知れば、なるほどそういう違いはあるのかという形で理解ができます。なにしろ長子相続制というのは、長子とその配偶者以外は核家族を作るのですから、むしろ核家族の形で子育てをする世帯の方が多いはずなのです。近年の少子化時代は別として。

 わからないのは共同体家族という家族の形です。英訳は "Community Family" で良いと思いますが、どうも適切なデータが見つかりません。[Ref-2b,4c]では長子相続制での2世代同居や3世代同居も含んでいて同居家族(Joint Family)と呼ぶ方が適切そうです。でも遊牧民由来とされるトッドの共同体家族は、同居しているか否かにかかわらない兄弟間の強い絆が特徴と思われます。

【平等とは?】

 さて英米式の絶対核家族が「兄弟間不平等」と分類されていることには説明が必要でしょう。このシステムでは遺産相続に関して親の遺言が絶対なので、親が決めればいかなる不平等な分配もできてしまうというのが、兄弟間不平等と分類される理由でしょう。それに対して兄弟姉妹間平等とされるスペイン、イタリア、ポーランドなどでは、「遺産分配は平等であるべき」というルールが親の意思を縛っているということでしょう。そして長子相続制の場合では、「親が長子を差し置いて平等に分配したり、まして他の子を優先したりしてはダメ」という縛りがあるわけです。
 かくて絶対的核家族システムでは、親は子に対してあれこれ命令する権利というのはないけれど、経済的力で手綱を握ることはできるというわけです。確かに、遺産を巡っての親の御機嫌取り合戦みたいな展開は推理小説などでは頻出する局面ですね。また、遺産がほしいばかりに親と同居してこき使われるといった、本来の核家族制とは真逆の状況に陥るとか。特に古典推理小説ともなればほとんどが英米仏の作品ですから、まさしく絶対核家族システムの遺言事情を理解しないと、登場人物の心も深い理解はできないのですね。ある程度固定した分配というものも全く保証されておらずに、すべては親次第となれば、それは真剣かつ深刻ですよねえ。

 そして同居家族制の分類の中で、兄弟間平等とされるのがトッドのいう共同体家族制です。兄弟間は遺産相続も含めて平等ですが、父が家長として彼らのリーダーとしてふるまいます。こういうシステムの集団は男子たちが結束しやすく戦いに強くなるとされます。というわけで、一人の国家の長の元に国民皆平等という権威主義体制に親和性がある、と言われると説得力はありますね。ただし国家の長たる存在がなければ、同じように戦争に強い家族が乱立して争いあうという状況になるでしょう。というか、複数の家族が武力闘争するという状況だからこそ戦争に強いシステムが進化したと言えます。統一されていない遊牧民というのはまさにそんな歴史を繰り返しています。

 ここで、同居性および遺産分配の平等性という2つの変数(ラメータ-)がどのように進化するかをシミュレーションしたのが[Ref-3]の論文です。が、この研究では農業社会を仮定しており、また遊牧民式共同体家族を特徴付ける兄弟間の絆の強さという変数は考慮されてはいないようです。

 さて父系制レベル3とされる中近東イスラム諸国の現実の家族事情を伺わせる情報がいくつかありました[Ref-5-7]
 
 この話は次回に。

----------------------------
 1-a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916118
 1-b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916125
Ref-2) Honkawa Data Tribune (社会実情データ図録)
 2a) ホームページ
 2b) 【コラム】エマニュエル・トッドの家族システム分類。内容が詳しいが、外婚制共同体家族は入れていない。
Ref-3) 板尾健司 ;金子邦彦 "家族形態の起源と社会構造の多様性~進化シミュレーションが解き明かす環境要因、家族形態、社会構造の関係~"
 3a) 概要(web版)
 3b) 概要(PDF版)
 3c) 原論文 Kenji Itao ;Kunihiko Kaneko "Evolution of family systems and resultant socio-economic structures" [Nature] Humanities and Social Sciences Communications vol.8, 243 (2021)
 3d) google翻訳
Ref-4) トッド理論を検証した論文
 4a) Jerg Gutmann ;Stefan Voigt "Testing Todd: family types and development" Published online by Cambridge University Press: (2021/03/21)
 4b) google翻訳
 4c) 家族システム分類表
Ref-5) イスラムの家族規範の解説
 5a) Sayyid Sa'eed Akhtar Rizvi "Islamic Family Life"
 5b) google翻訳
Ref-6) イスラムの家族関係についてのQAの例
 6a) 義理の妹との接し方
 6b) google翻訳
Ref-7) イスラムの嫁姑関係?
 7a) 女性へのアドバイス
 7b) google翻訳
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 家族システムの「進化」:エ... | トップ | 家族システムの「進化」: 共... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史」カテゴリの最新記事