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帝国の悪行:エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』より

2024-05-26 19:09:26 | 歴史
 表題の"帝国"という言葉は私が多少ジョーク的に使ったものですが、歴史学におけるちゃんとした定義はあるようです[*3c]。なおトッドは"帝国"とか"帝国主義"とかいう言葉は一切使っていませんので誤解なきように願います。

 表題書籍の4つの発表の中でトッドは、英米や西欧でロシアを非難する声が多いのは"ロシア恐怖症"があるからではないかと述べています。それを言うならトッド自身は"アメリカ恐怖症"に罹っているのではないかと言いたくなりましたが、それは『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界;第4章アメリカの没落』において、情を持ってホシ(犯人)を落とす名刑事のごとき池上彰のインタビューの前に、「なぜか素直になりました」と言って自白してました(^_^)[Ref-1-d;P124]
 引用[P127]:今朝、私に何が起こっているのかわからないですけど、ひじょうに何というかこう正直にいろいろ話をしてしまっています。

 で、アメリカの悪行ですが具体的に上げているのは4つです。[Ref-1-c;1章の項目:世界を"戦場"に変える米国]
 引用[P83]:アフガニスタン、イラク、シリア、ウクライナと、アメリカは常に戦争や軍事介入を繰り返してきました。~共産主義が崩壊してから、アメリカは世界中で戦争状態を維持させてきました。

 アメリカ合州国(United States)[*1]が初めて対外戦争をしたのはスペインとの戦争(1898)ですが、世界中を植民地化せんとした悪の帝国グレートブリテン[*2]の後継たらんとしたアメリカ帝国主義[*3]の悪行の数々を、第2次大戦後にしぼって並べてみましょう。このリストは湾岸戦争以外はwikipediaの記事のものです。
1950年 朝鮮戦争
1960年 ベトナム戦争
1965年 ドミニカ侵攻
1983年 グレナダ侵攻
1989年 パナマ侵攻
1990年 湾岸戦争
2001年 アフガニスタン紛争
2003年 イラク戦争
2011年 リビア内戦
2014年 過激派組織ISIL攻撃
2018年 シリア内戦への介入、攻撃

 以上のリストの中でトッドが「アメリカが悪い」と明確に指摘するのは2001年のアフガニスタンへの介入以降の紛争です。アフガニスタン紛争と呼ばれるものは複数あり、最初の(1978〜1989年)はソ連を後ろ盾とするアフガニスタン人民民主党政府と抵抗勢力との戦いおよびソ連軍の介入です。それ以来ほぼ途切れずに内戦状態で、はっきり言ってタリバン政権時代以外は「国家の体をなしていない状態」とも言えますが、2000年以前については、たぶんトッドは問題としていないでしょう。

 「2001年以前の対外戦争は悪ではない」と述べてはいませんが、前述の「共産主義が崩壊してから、」との言葉はありますし、池上彰との対談[Ref-1-d]ではイラク戦争について次のように述べています。つまり、それ以前のアメリカは善だった、と。
------引用開始-----------
[p123]私はその時代、個人的には、この戦争を何とか忘れようとしてきたというんでしようか、反米主義にはならないよぅに何とか言い訳みたいなものを一生懸命探そうとしてきたというような時期だった気がします。
[p125]アメリカはカフ力的な意味での「変身」をしてしまったというふうに言えると私は思います。
[p146] というのも、そもそもアメリカはヨーロッバの国々などからは遅れて国際的な大きな勢力となつていったわけです。そこからだんだんと「戦争の文化」というものが育つていったと思います。これは、前にも述べたことですが、アメリカの領土自体が戦争に侵されたことがないというのも、大きな原因の一つだと思います。
------引用終わり----------

 同じく対イラクの戦いである湾岸戦争は、クウェート侵攻したイラク軍をたたくという目的なので正当なものだとの評価なのかも知れません。

 個人的評価を言えば、むしろ共産主義崩壊以前のベトナムドミニカグレナダ、は言い訳がしにくいと感じます。これら3つでのアメリカは、国民の多くの支持を受けたように見える勢力に敵対し、独裁政権にしか見えない勢力に味方して介入したからです。独裁政権に相対した勢力が共産主義者である(とアメリカが判断した)から、ソ連と親しいから、との理由でです。米ソ冷戦のさなかの論理としては、「アメリカの裏庭にソ連の影響が及ぶのは死活問題にかかわる」ということでしょうね。
 「隣国がNATO化することは死活問題にかかわる」というロシアの論理と全く同じ、というか、どちらもそう考えるのは当然というか。そしてこのロシアの論理を正当とするトッド流評価であれば、当時のアメリカの論理も正当と評価せざるを得ませんね。
 つまりトッド流評価では、「隣国などの勢力範囲での介入は自衛の範囲なので正当だけれど、他の地域まで手を伸ばすのは悪である」ということなのでしょうか??

 さてトッドの言うシリアへの介入が"(生来の決意作戦と呼ばれる)2014年の過激派組織ISIL攻撃"も含むのかどうかは定かではありませんが、この戦いではロシア軍も一緒になってイスラム国を攻撃しています。そしてアサド政権と反政府勢力との戦いでは、アメリカは反政府勢力にロシアはアサド政権に肩入れして両帝国ともに(^_^)介入しています。ここでロシアの介入は正当と考えるのか否かは不明です。

 まあ片手落ちにならないように、ソ連~ロシア(社会帝国主義?)の悪行の方も不完全ながらもリストアップしておきます。
1968年 ソ連によるチェコスロヴァキアへの軍事侵攻
1978年 アフガニスタン紛争 (1978年-1989年)
1994年 第一次チェチェン紛争
1999年 第二次チェチェン紛争
2008年 南オセチア紛争 (2008年)

 批判や疑問点が先行しましたが、3章の多くの節や他の章でのいくつかの節でのアメリカ社会とロシア社会の乳児死亡率や生産力の考察などは、ユニークな視点で考えさせられるものです。特に「4章,項目;真の経済力は「エンジニア」で測られる」での(訴訟多発社会での)「アメリカの弁護士の熱心な活動」による付加価値が「虚構」であるという指摘はなかなかに説得的です。もしかしたら専門の経済学者からは反論もあるかも知れませんが、GDPは計算上は生産でもあり消費でもあるわけで、その消費が本当は支払わなくても済むものだと評価されれば社会的な負担に過ぎないともされるでしょう。確かに、むだに思える消費も経済循環を良くするのだから社会の富に貢献しているのだ、という論もあります。とはいえ、軍備とか警察とか医療とか、限度を超えての費用は社会の苦境につながるでしょう。訴訟とか紛争とか犯罪とか病気とかは、起きてしまう前に予防できるのが理想であることは確かです。

 ただこれらの評価は、ロシアの意思を阻止することは難しいという理由にはなりますが、ロシアの意思を阻止しなくても良いという理由にはなりません。将来的には不愉快な世界になるかも知れないから覚悟して対策すべきという予測にはなるでしょう。

 また、「ロシアは生活水準が安定してきていたから他の国を侵略しようなんて思うはずがない」という意味の論理は、ちょっと甘くないのかという懸念がわきます。総じて「ロシアは冷静であり無謀なことはしない」という私から見ると根拠不明の楽観が多いように感じます。「生活水準が安定してきたからこそ昔の栄光を取り戻したくなった」という疑いはあり得ないのでしょうか?

 アメリカに対してはカフ力的な意味での「変身」をしてしまい、いまや民主制ではなくリベラル寡頭制になってしまったとしていますが、その話は次回に。

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*1) 合衆国(United People)は誤訳ではないか、と指摘したのは本多勝一『アメリカ合州国』の表題においてであった。まことに正論だと思うが未だに国語審議会は動いていない。
*2) 本ブログ竜が変える歴史:『テメレア戦記(Temeraire)』より(2022/11/26)および無窮大陸の夢:『テメレア戦記(Temeraire)』より(2023/05/23)
*3)
 *3a)
馬場宏二「アメリカ帝国主義の特質」経済理論 第41巻 第3号 (2004/10) P14-24。なにか価値観がバリバリに入っているように感じるのは気のせいか?
 *3b) 高橋 章 『アメリカ帝国主義成立史の研究』 名古屋大学出版会(1999)。米西戦争から説き起こす大著だが、目次が詳しく公開されているので内容は一覧できる。たぶんこれが、歴史学でも認められている「アメリカ帝国主義論」だと思われる。
 *3c) 島村直幸「アメリカと帝国、「帝国」としてのアメリカ」杏林社会科学研究 第32巻 3,4合併号(2017/03) P25-60。「米ソ冷戦の終了と共に帝国主義の時代は終わった」と結論付け、帝国主義という言葉で新しい出来事を語ると「没歴史的な議論に陥ってしまいかねない」と警告している。なお帝国主義の定義は
  「帝国(empire)」とは、歴史家のスティーブン・ハウ(Stephen Howe [ステファン??])によれば、「広大で、複合的で、複数のエスニック集団、もしくは複数の民族を内包する政治単位であって、征服によってつくられるのが通例であり、支配する中央と、従属し、時として地理的にひどく離れた周縁とに分かれる」ものである。
  (Ref.) Stephen Howe "Empire: A Very Short Introduction" Oxford University Press, (2002) p.30


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 1-a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916118
 1-b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26)  ISBN-13:978-4163916125
 1-c) エマニュエル・トッド; 大野舞(訳)『第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367)』 文藝春秋(2022/06/17),ISBN-13:978-4166613670 キンドル版(ASIN:B0B45MC7Q5)
 1-d) エマニュエル・トッド;池上彰;大野舞(訳)『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』朝日新聞出版(2023/06/13)

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