マンホール059
旧西蒲原郡分水町も吉田町も現在は平成の大合併で燕市となった。一方、弥彦村は近隣との調整が付かず、現在も単独で村を維持している。2月24日は春めいた天候の下で、自由時間ができる日となった。満を持してTR(地理佐渡のバイクです)を駆りだす。目指すは越後シーサイドラインだ。
ついでに途中のマンホール蓋の撮影もしようと言うことで、分水、吉田、弥彦のそれらを撮影して海岸沿いの道へと向かった。カテゴリーを変えつつ、これから少しこの日の行程を紹介したい。
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http://sky.geocities.jp/usagigasi1k/niigata/tubame/tubame.html
日本マンホール学会/燕市のマンホール
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写真撮影:2019.02.24
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2019年 地理の部屋と佐渡島
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マンホールの蓋
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http://blog.goo.ne.jp/dachasnowman/
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冬は晴れているとスカイラインや頂上の
アンテナまでも肉眼で眺めることができます。
マンホールの絵柄は地元をよく現しています。
弥彦村はどんな絵柄だったのでしょうか?
名前からすると、分水嶺を持っている地方でしょうか。
弥彦山、立派な山ですね。
ロープウェイで登れるのですね。
佐渡汽船から、眺めたことがありました。
今日は、良い天気になりました。
弥彦山は、富山で住んでるときに、飛行機で東京に出た時に
上空から見ました。美しい山嶺でした。
その頃より機材も充実しており、再見・空撮してみたいです。
弥彦山は立派な山なんですね。
マンホ-ルを久しぶりに写してみたくなりました。
弥彦山はもうすぐ、早春の花に彩られるでしょう♪
岩倉具視右大臣が来られた・・・
あの方、明治初期まで大臣でしたよね?
激動の時代には、とっても興味があります!
晴天の一日でした。明日はもっと
暖かくなるような予報で楽しみで
す。
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■山小屋さんへ。
弥彦のマンホールは明日紹介します。
桜、弥彦山、ロープウェー、競輪の
風景が描かれていますよ。
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■mcnjさんへ。
弥彦山は西に日本海、東に越後平野
というまるで島のように独立した山
と言えます。越後平野が水没すると
このあたりが半島や島になるはずで
す。
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■サイモンさんへ。
>再見・空撮してみたいです。
確かに上空からでも分かりよい山で
しょう。佐渡から見ますとこの山は
島のように見えますよ。
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■多摩NTの住人さんへ。
ああ、ありましたね。当方も持って
いましたよ。国立公園や国定公園の
シリーズありましたよね。
今一度現代版で復刻して欲しいです
よねぇ。
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■hirugaoさんへ。
弥彦の町へと入る手前にこの大鳥居
があります。小学生時代に初めて見
た時驚いたものです。今でもその時
の印象が残っています。
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■だんだんさんへ。
越後は県全てが戊辰戦争で戦場となっ
た県です。そういう県はごく限られて
いますが、同じ越後の者同士で血で血
を洗ったのです。
と言う歴史がありますから、岩倉さん
は好まない方かなぁ..。
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デザインから受ける感じでは、分水町の町名と何か関係があるのかな、と思わせます。
名前の由来がわかるとおもしろそうです。
分水町とは大河津分水と言いまして
信濃川の流れを水路でもって分流さ
せている大水路に隣接する地にあり
ます。
その川(水路)沿いの土手の桜並木
が名物なのです。
デザインはそこからですね。
デザインと町名の由来、どちらも納得です。