21日付朝刊各紙にはこんな小さな記事が掲載されていた。
■朝日新聞 「医師、術後わいせつ無罪 鑑定『証明十分でない』 東京地裁判決」
■毎日新聞 「『手術女性患者にわいせつ』医師に無罪判決 『女性に性的幻覚の可能性』 東京地裁」
■東京新聞 「『わいせつ被害は幻覚』 『術後に麻酔影響』医師に無罪判決」
判決が有罪になっていれば、「わいせつ医師」という烙印が押され、医師生命は奪われるところだった。
新聞記事では、裁判に至るまでの経過が不明のため、おそらくは被害女性への同情の声が起きるかもしれない。
過去にも、力関係では圧倒的に強い医師の立場を利用した弱い患者に対して診察室という「密室」でわいせつな行為を行った医師は決して少なくはなかった。
しかし今回の事件は密室ではなく手術後の満員の4人部屋で発生したという。
この事件を2月末に週刊金曜日定年退職する片岡伸行副編集長が判決が出る前に、「異様な展開を見せた事件」とレポートしていた。
事件の経過は以下の通りである。
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東京都足立区の柳原病院で、30代女性が右乳房にできた腫瘍の摘出手術を受けたのは2016年5月10日のことだ。
手術後に運ばれた満室の4人部屋のベッドで、全身麻酔から覚めたばかりの女性は、カーテン越しに母親や他の患者がいる中、執刀した40代の男性医師からわいせつ行為をされたと訴え、仕事関係者の男性にLINEで連絡。男性の110番通報で千住警察から署員が訪れ、女性警察官が女性の左乳頭付近をガーゼで拭い「証拠物採取」をした。
同年8月25日朝、警視庁からリークを受けたと思われるNHK記者が柳原病院に電話をし「外科医師の逮捕を知っているか」と問い合わせてきた。各局が外科医の顔を映して逮捕の様子を伝えたのは、その日の昼のニュースだった。
同年9月4日の日曜日、千住警察ではなく警視庁捜査一課が主導し柳原病院に家宅捜査が入った。刑事ら27人が連絡無く訪れ、名前も名乗らず、不在だった院長室の「鍵を壊してでも入る」として鍵を開けさせ、書類など20点を押収。院長のパソコンを開くように命じるが、病院側は応じなかった。捜索への立会を求めたが拒否されたという病院側の黒岩哲彦弁護士はそのとき「これは千住警察の事件ではなく、桜田門(警視庁)の事件だとわかった」と話す。
日本最大規模の医療団体である民医連(全日本民主医療機関連合会)に加盟する柳原病院は、安倍政権が打ち出す特定秘密保護法や戦争法、TPP(環太平洋経済連携協定)などに反対する立場を鮮明にしてきた。「桜田門」がこの一件を、組織機弱体化に利用しようとしたとしても不思議ではない。
黒岩弁護士は言う。「警察は逮捕までの間、外科医を尾行し、自宅のゴミを漁ってDNAを採取していました。記録を見ると<家族のDNAが出た>などと書かれている。外科医本人ではなく家族のプライバシーまで侵している」
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テレビでよく見かけるサスペンスドラマなどでは、殺人事件が発生すると所轄の警察署内に捜査本部が設置され、本庁(警視庁捜査一課)からも多数の刑事がやってくるという場面をよく見かける。
しかし上記のような「わいせつ事件」では捜査一課主導などは考えらえれず、病院の弁護士が言っていたように、別の目的があったようである。
今でも公安警察が特定の組織・団体に対して行う家宅捜索は、パソコン内の情報を中心に関係者や関連団体の詳細な情報を得ることを目的としている。
しかし捜査一課が主導となれば、明らかな証拠を掴み起訴に持ち込む必要がある。
そしてそれには動かぬ証拠が必須であり、ドラマではしばしば証拠の捏造も発生する。
2016年9月14日に医師は起訴されたが、公判が最初に開かれたのが11月30日であった。
その間に逮捕時の「被疑事実」が起訴時の「公訴事実」が異なっており、逮捕の正当性に疑問符が付くほどであった。
容疑を「否認」していた医師は2か月半も東京拘置所に留置され、初公判の1週間後に105日ぶりに釈放されている。
問題は、その後1年8か月にわたり期日間整理手続きが14回も行われたという。
地裁の大川裁判長は「論点整理」として、争点は「事件性」としたのだが、刑事事件ならば「犯人性と事件性」という用語が使われ、被疑者が「真犯人」かどうかが問題とされるのが「犯人性」であるにもかかわらず、「事件性」というのは、そもそもこれが犯罪なのかどうかということであった。
その後の公判では、「DNA型鑑定及びアミラーゼ鑑定の信用性」が争点となったが、驚くべきことに「DNAが検出された証拠が廃棄された」という事実が明らかになった。
当然ながら公判は維持することが困難であることは明らかになった。
さらに、公判では「犯行」があったとされる時間帯の前後(午後2時45分~3時半ごろ)女性患者はナースコールのボタンを7、8回押し、そのつど看護師がベッドサイドを訪れているいることや、4人部屋で同室だった他の患者が「お母さん助けて」と大声で叫んだとする女性患者の声を「聞いていない」という証言もあったという。
冒頭の新聞記事中で、検察側は「女性の胸に付いた男性のDNA型は多量で、わいせつ行為があった証し」としていたが、実際はかなり異なっていた。
弁護団によると「千住警察の女性警察官が被告女性の胸を拭って採取した2センチ×2センチのガーゼからアミラーゼ反応が出たとされますが、まず採取現場の写真や動画がない。さらに問題なのは、そのガーゼで1枚のみで、ネガティブコンロールを採取していないことです」と説明していた。
「ネガティブコントロール」とは、同じ条件で他の部位から採取することで、アミラーゼ反応の内容の差異または同一性を明らかにすることである。
ところが、公判では千住署の女性警察官はネガティブコントロールという言葉を全く知らず、証拠物採取の基本を怠っていたことになった。
まさに、いつ誰から採取したのかという採取状況が明らかにされなければ、証拠の捏造の可能性があり、前述したように、警察は被疑者の「自宅のゴミを漁ってDNAを採取していた」という弁護人の言葉からは、初めから捏造証拠で有罪に持ち込もうとしたのではないだろうか、とオジサンは思う。