さて、先日の前編のようななりゆきで、瀬古利彦選手のみごとな活躍により
「火垂るの墓」の節子な髪型にされてしまった私ですが、この後さらに不幸が襲います。
当時、私は、2つの専門学校でCGとプログラムを教えていて、翌日も授業がございました。
しかたがないので、オヤジが切った通りの「直線上」に、バンダナをほっかむりしまして、いざ職場へ。
背広にバンダナですから、そりゃおかしな出立ちだったわけですが
教頭先生に見つかりまして「困りますな、先生、そういうおかしな格好は」。
いや。バンダナとったらもっとおかしいんだけど・・・と言いたかったのをこらえて、しぶしぶバンダナをとりました。
さすがの教頭も「ぷぷッ」と吹き出しそうになりましたが、命じた手前「よろしい」とでも言いたげに、去っていきました。
その背中が必死に笑いをこらえていたのを、私は今でも忘れません。
くそー。この髪型で授業は、受けまくってしまう、と予感しましたが
その日は、あろうことか女子だけのクラスから。
憂鬱にドアを開きますと、雑踏は消え、クラス中が静まり返りました。約5秒だけ。
次の瞬間には、大爆笑のうず。まぁ、箸がころがってもおかしい世代なのに、節子な髪型の20代の男が教壇にいるんですからそりゃうけます。
ほぼ全授業。この状態。いかに画期的な髪型なのか、いやがおうにも思い知らされます。
私はオヤジと瀬古と教頭を恨みながら、嘲笑の授業を全て終え、とぼとぼと教員室にもどりました。
すると教員室では、教頭が待ちかまえておりまして、こっちこっち、と校長室に手招きします。
そこには校長はじめ、お偉い先生のおれきれき。
髪型程度でこりゃないだろう、と思いましたが、事態はまったく逆で、
「1週間後、全校の希望者を集めて”大講堂”で、特別講演会を行うので、ついては先生にもCGを担当してもらいたい」と言うのです。
いや・・。普段ならできるけど。なにしろ節子だから。
俄然断りますと「CGは今回の”売リ”なのではずせない」とのこと。
この学校には、他にCGの先生がおりませんでしたから、代打はありません。
「フルフェイスのヘルメットをかぶっていいのなら」と言いますと「馬鹿を言うな」と一蹴。
断り続ける私本人を尻目に、話はとんとん拍子に進み、勝手にプログラムが成立していきます。
「ああ・・・この髪型で・・・・」。頭の中では、倒れて絶命する節子の顔がうかび、
目には涙がにじみます。
幸いだったのは、他のプログラムがくだらない、いかにもつまらなそうなテーマだったこと。
「こりゃ今時の学生は集まらんわ」と、わずかながらに安堵しました。
1週間ほどございましたので、髪を伸ばす努力をしましたが
どう努力するかがそもそもわかっていないので、節子の髪は、わずかに5mmほどのびただけ。
その間も嘲笑、爆笑の授業を続けながら「運命の日」を迎えます。
当日、舞台袖からおそるおそる会場を見ますと、案の定、くだらないプログラムに学生は集まらず
300人も入る大講堂はがらがら。私は、恥を最小限に押さえられたことを喜びました。
私の担当は、プログラムの最後のひとつ前。あとは生徒が集まらないよう天に祈りながら、順番を待っておりました。
そして、とうとう私の番となりました。
こういうのは堂々としているに限る。
髪型に似合わぬさっそうとした態度で、袖から出て、ちらりと横目で会場を確認しますと
気のせいか?と思えるほどの満員。立ち見までいたような・・・・。いや、そんなはずは・・・
もう一度確認しようか、と思いましたが、その必要はありませんでした。
会場が大爆笑していたからです・・・・・。そして割れんばかりの拍手・・・。
その拍手が、偉大なCGの先生に向けられているものではなく、お笑い芸人のそれに近いことは
もはや誰にでもわかることでした。
・・・・瀬古よ・・・・なぜ勝った・・・・
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ここから先は涙でにじんで書けません。
さて。この話を聞いた、最初に登場しました床屋さんの聞き上手な若者。
ひととおり、この話を聞いてから、なにか思案しておりましたが
「で。その髪型にされたいんですね?」
聞き上手・・・・なにを聞いていたんだ?
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前編からこのお話の評価をどうぞ
もはや芸人以上のプロ意識!!笑いに貪欲すぎます
「お気に入りの髪型」と勘違い?(笑)
うけねらい???
おこりましたあ??
山積み⇒平積み
「吾輩は・・・・」も読みたい。
(横浜市図書館から取り寄せできそう)
しかし、こんなに寄り道してたら
「僕駐」に帰れるのは何時になるんだろう。
「僕駐」1・2今日購入しました。
山積みでは有りませんでしたが、
注目の図書の所にありました。
読む順番になやんでいます。