弱い文明

「弱い文明」HPと連動するブログです。 by レイランダー

泣きベソをかいていたムーア、そして私

2007年09月07日 | 映画
 7月のエントリーで、監督マイケル・ムーアのインタヴュー記事を取り上げた『Sicko』を、映画館で観てきた。
 実はムーアの作品を映画館で観るのは初めてである。『ボウリング・フォー・コロンバイン』はレンタル・ビデオで、『華氏911』はケーブルTVで観た。どちらも十二分に面白かったけど、公開時に映画館で観なかったことを悔しがるほどではなかった。
 だが今度の『Sicko』は、後回しにせずなるべく早く観たいと思っていた。なぜならこれは、過去二作に比べて、(アメリカ人だけでなく)日本人が直面している課題にずっとストレートに結びつく作品だろうという、読みがあったからだ。実物を観て、その読みの正しかったことが確かめられた。

 映画の中身についてはいろいろな人が書いているが、僕と肌の合う人はまず例外なく、これが単に「医療問題」を扱ったというのではなく、もっと根本的な世界認識の問題、民主主義の問題に踏み込んだものであることを、しっかり受け止めている。一例としてP-naviのビーさんの、内容に即した的確な批評(マイケル・ムーア「Sicko シッコ」を観て)を紹介しておきたい。続けて僕の方は、個人的な体験を絡めて、付けたしの感想のようなことを書いておきたい。

 僕は7月に、蓄膿の手術で入院した。その際には、あらかじめ市に申し込んでおいた高額医療免除とかいうのが効いて、病院ではトータル約10万円の窓口払いで済んだ。
 それに対して、加入している郵便局の簡易保険が10万以上おりた。月々払っている掛け金を考えれば、別に得をしたわけではないけれど、とにかく保険がちゃんとおりてくれてホッとした。
 ただ厳密には、ポリープを切除する手術と、鼻中隔の軟骨を一部切除する手術という、2つの手術をやったことになっているのだが、簡保ではそのうち前者に対して保険が適用されて、後者は適用外ということだった。総額に大した違いはないようだし、まあ仕方ないか、しょせん「簡易」保険だし、とその時は納得したのだが、『Sicko』を観ていたら、そういうところに「民営化後」の保険の落とし穴があるのでは、ということに気づかされてしまった。
 一応、加入済みの簡保については、民営化後もその基準を守り通すという指針が出てはいるようだけど、契約満了後に同条件での延長は効かず、自然消滅するらしい。そして新規の契約では、素人目には違いがわからない微細な項目設定の組み合わせによって、加入者は以前より不利になるかもしれない。株式会社の、利益優先の論理が幅を利かせ始めれば、『Sicko』で暴かれていたような、保険料の悪質な出し惜しみが恒常化する恐れがある。「悪質」もなにも、彼らはそれで飯を食ってる、いや、肥え太っているという話もある。
 僕のように、この先どれだけ病院の世話になるかわかったもんではない人間には、医療費が払えず自己破産、なんていう話は他人事ではない。「健康で文化的な最低限度の生活」は、憲法で定められている国民の権利であるはずなのに。

 そういう経験もあったせいか、僕はこの『Sicko』では、ムーアのかつてない表情の険しさが、なんだか妙に心に残ってしまった。今までの彼なら、シリアスな問題を前にしても、たいていは人なつっこい笑顔を絶やさなかったのに、それが今回はほとんど見られなかった。
 カナダやイギリス・フランスなどの取材をしている時の表情は、ほとんど泣きベソをかいているようにすら見えた。当たり前のように無料の医療保障が実施されて久しいこれらの国々は、共産主義国ではない。れっきとした「資本主義」、「自由主義」の国である。これらの友好国の暮らしぶりを通して、アメリカの問題をあぶり出し・笑いのめすという手法は、元々ムーアがTVシリーズの頃からやっているお得意の企画だ。それが、ここではハードな自虐ネタを見つけておどけるどころか、何か手ひどい詐欺にあって財産を失い、呆然としている、あるいは憮然としている被害者みたいな表情のムーアがいる。みじめさに打ちのめされかかっているような・・・・。
 僕自身が、イギリス人やフランス人の話を聞きながら、同じく悔しいような悲しいような、憮然とした気分を味わっていたので、ムーアの表情の意味がよくわかってしまう。今までのムーア作品のように、「ハハハ、アメリカ人って結構気の毒だね」なんて笑えるところが、実はほとんどない。その代わり、明日はわが身、と思うような場面の連続なのである。
 だから本当につらい、苦しい映画なのだけど、やはり同時に、「よく言ってくれた・・・よく作ってくれた!」と、そういう意味で僕も半分泣きベソをかきながら観ていたのだった。
 僕の座席の後ろには、ハタチそこそこくらいの若者達の一団がいた。上映前は陽気に、やや躁気味に盛り上がっていた彼らだけど、上映後、完全に押し黙ってしまい、なかなか口を開こうとしなかった。僕が席を立った後のことは知らないけれど──しかし、それは正しい反応だ、そうでなくちゃおかしい、と僕は思った。なるべくたくさんの、若い人達にこそ、この映画を観てほしい。そして、本当に「豊かな社会」とはどうあるはずなのか、よく胸に焼き付けてほしいと思った。

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3 コメント

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Unknown (ルナ)
2007-09-09 22:52:09
財政を立て直さなければならない日本の事情は、わたしにも理解できます。無駄な政府支出を減らそうというのも理解できます。

でも社会保障や医療を削減するのは絶対に間違っている。それでは国民の生活を破壊することになる。何のための財政だ、と叫びたいです。

小泉「構造改革」はまさに国民生活の切り捨てであることが明確になりました。週刊金曜日の最新号には、メジャー新聞が詳しく報じなかった、北九州市の生活保護打ち切りで病弱な生活保護申請者を自殺に追い込んだ福祉事務所所長を刑事告発した経緯が掲載されていました。こういう告発をきっかけにして、国民が目覚めて行ってほしいと思います。

わたしもこの映画、ぜひ観るつもりです。



PS.
ところでちょっとおもしろいお遊びがあります。
お試しになってみたらいかが?
自分の本名でやってみたら、かなりリアルな感じでした。わたしは69歳で死ぬことになるそうです。最後に思うことが「人間って、外見だね」ということなのだそうですが、これ、わたしの実感なので、ちょっとびっくり。69歳で死ぬのはやだなって思いますが(^^)
http://www.uremon.com/heaven/
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Unknown (羅閃)
2007-09-11 22:30:33
「道徳を口にする連中の道徳」に引き続き、コメント連投失礼します。

『Sicko』を見たくて最寄の映画館を調べてみたのですが、茨城県民の私が行ける場所は極めて少ないことに気付かされました。配給による理由もあるのでしょうが、地方人として感じるこの不公平感、一体何なのでしょう……?自虐ネタはさておいて、私も見に行ってみます。上映期間が短いようなので、急いで行かねば……


>ルナ様

追伸欄のサイト行ってみました!この手の遊びがツボなので、今日のうちの記事のネタにさせてもらいます。感謝です!
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Unknown (レイランダー)
2007-09-12 19:57:37
>羅閃さん
茨城はなかったですか。ちょっと遅れて回ってくるとか?でもお勧めなんで、ぜひ観てください。

>ルナさん
いやあ、僕はしんみりと、でも励まされてしまいました。占いで元気づけられたことなんて、まずないのに。これ作った人、頭いいですよね。

僕は81歳で死ぬそうです。10年後、ある本を読んだことがきっかけで島根県の廃校に赴いて、そこで運命的な出会いがあるそうです。
嘘だとわかっていながら、胸に迫るものがありました。島根かあ・・・。
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