市場通り地久門そばに、中華街、元町専門の不動産屋さんがあります。
ここの掲示板を見ていると、この一帯でどこが売りに出ているのか、あるいはどこに新築ビルができるのかと、そいうった町の情報を知ることができるので、中華街探偵団はしばしばココをチェックしています。
この掲示は昨日見つけたもの。そこにはこんなことが書いてあります。
中区山下町146-2、新築店舗一括貸、保証料660万円、賃料55万円。
邨昌ビル別館、平成19年12月中旬完成、飲食店最適。
「邨昌本館」は香港路と中山路をつなぐ極細の路地にありますが、山下町146-2という番地は、その邨昌本館の裏手にあたります。
ここに新しく邨昌ビル別館ができるので、それに先行して賃貸募集をしているわけです。
ということは、「邨昌別館」というお店ができるのではなく、「邨昌ビル別館」という建物に、どこか違う店が入ってくるのでしょう。
【参考】わたくしが若い頃よく食べていた邨昌飯・邨昌麺についてはコチラをご覧ください。
この極細路地は「順海閣新館」と「新錦江」・「吉香」に挟まれた路地で、いまでこそ透水舗装されてアジアン雑貨の「PUSH PULL」とかワンタンの「瑞雲」とかができていますが、数年前までは雨が降ると水溜りのできやすい汚い道でした。
また話がそれて昔話になって恐縮ですが、そんな路地に「食堂・真澄」と「やきとり・一平」があったのを思い出します。
真澄も一平も、仕事を終えた中国人オーナーやコックさんがよく集まっていました。
とくに一平には中華街の重鎮が来ていたように記憶しています。
右の写真は1992年、約15年前の路地風景です。
この頑固そうな店構えを見ても分かるとおり、女将さんは強烈な個性の持ち主でした。
他にお客さんがいないときなんか、中華街や華僑のことなど、いろいろ話を聞かされたっけ。
迫力があって、怖かったですねえ。
カウンターの奥は和室で、そこが住居になっていたのだと思います。おそらく“職住一緒くた”だったのでしょうね。
メニューは焼鳥が中心でしたが、それ以外にも中華風の肴がありました。
その辺はやはり、中華街の中の焼き鳥屋を意識していたのかもしれません。
写真は改修前の店ですが、ある時これではいけないと思ったのかどうかは分かりませんが、少しきれいにしました。
その際、お品書きも一新したのですが、それを書いたのがわたくしの知人でした。
この方は、桜木町デパートの流れをくむ某酒場で知り合った芸術家で、看板を書く仕事をされていました。
これが新しくなったお店の看板です。お品書きもこのような文字で書かれていました。
それから、どれだけ月日がたった頃でしょうか、玄関にこんな閉店のお知らせが出ました。
路地裏で細々とやっていた焼き鳥屋が、この日消えたのです。
その後、中華街に残っていた2軒ほどの焼き鳥屋も廃業し、いま中華街で焼鳥を食べるっていったら、どこがあるでしょうか。
現在、この「一平」跡にはアジアン雑貨の「PUSH PULL」があります。
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6月には関係者と思われる方のお店が
中華街にオープンするようですよ。
このGWに上海路あたりをちまきでも食べながらぶらつくと、
何か手がかりが得られるかもしれません。
情報をありがとうございます。
「真澄」が復活すればもっといいのですが…