「支え合う」という言葉を使うとき、「ん?」と感じる話を少々。
支え合うことは、とても大事だと思っていますので、
ワタクシ自身の中にも、優先順位として上のほうにある単語です。
では、何に「ん?」なのか、と言いますと、
この言葉を使用するときに、
「無償で」というニュアンスが含まれていることについて「ん?」なのです。
誤解のないために書きますが、
「無償の支え合い」を否定しているのではないのですよ。
「それって、『有償での支え合い』にできるはずですよね。
無償である理由って何だろう?」
と思った時に「ん?」と感じるのです。
「いつも仕事をくださる方に、
何かの際には、こちらからも仕事をお願いしよう」
と考えるのも、普通に「支え合い」ですよね。
ワタクシもできる限り、
借りのある方に、お戻しできるようにと努めてますよ。
皆さん、
たとえば、誰かひとり思い浮かべてみてください。
その人物は
「貸しのある人物」ですか?
「借りのある人物」ですか?
借りのある人物に、借りを返していますか?
ワタクシは、
チャンスをくれた方、元気をくれた方、お仕事をくれた方などの
「借りのある人物」に対して何ができるだろうか?
恥ずかしい仕事をしていないだろうか?
と努めることが最大のお返しだと思っています。
無償での支え合いが美しいように
有償での支え合いも美しいはず。
あっ、もう一度、書きますね。
「無償の支え合い」を否定しているわけではないのですよ。
借りっぱなしはダメですよ、という話ですわ。
でも、
「貸しがあるのに、お返しがないなぁ」
とは考えないでくださいね。
人間がちっちゃくなっちゃいますから。