久々夫に釣りを誘われた今日この頃。前に書いたテンカラ釣りの
コラム記事を思い出し、載せてみます。この文気に入ってマス。
随筆 テンカラ




釣りはただお供していただけで、釣竿を持ったのはここ二回である。
釣り好きは夫である。母の介護で自由がない夫に年一回の夏の釣り
旅行プレゼント。で、長らく夫の釣りにつきあってきた。もっとも、
子供が小さい時の家族旅行からして釣りと併用だったわけで、初めて
渓流に触れたときは、ただただ美しい信濃の水を日がな見ているだけ
で心が洗われた。それゆえ竿を持たなくても「釣り」に行くのはいや
ではなかったのである。
そんなわたしに、どう思ったのか釣竿を持たせようとした夫のお陰
で去年はヤマメが釣れた。けれどこの十年間、静岡県の山奥ばかり徘
徊し、去年は新しい熊の足跡を見つけ、もう同行は御免こうむろうと
思っていた矢先、「お前の沢歩きの靴も買ったぞー」の一声で今年も行
くことになった。
場所は近場の西丹沢となった。やれやれ。ところが今年は夫の趣味の
テンカラをわたしにまでマスターさせようというではないか。それは古
代の漁師の釣り方で、虫に似せて作った擬似餌をフワッと水面に浮かせ
て釣り上げるのである。釣吉三平の世界じゃないっちゅうの!初心者め
が、渓流の管理人さんに言うのも恥ずかしい。


夫を師匠と呼び、やぶれかぶれでやってみる。シュルシュルと、糸が
飛び、枝にひっかかる。赤面赤面。

が、午後になる頃、なぜかわたしは「虫」の落とし方がうまくなった。
ちょんちょんと白い「虫」を水面に遊ばせる。「お魚さん虫ですよおー」
瞬間大きなにじますが、透き通った流れの中からとびついてきた。後ろに
もうひとつの魚影が追ってきた醍醐味。
釣った魚は必ず食べるという夫の信念に基づきおかずにしたが、一匹で満
腹の大きさ。管理人に「この川で初心者で釣れた人は今までいなかった」
と言われ心も満腹。



「釣り」で十五首あげられるようになりたいなあ。







この時の魚の写真載せられるかなあ。だってまた釣れるとは限らないし。
コラム記事を思い出し、載せてみます。この文気に入ってマス。
随筆 テンカラ





釣りはただお供していただけで、釣竿を持ったのはここ二回である。
釣り好きは夫である。母の介護で自由がない夫に年一回の夏の釣り
旅行プレゼント。で、長らく夫の釣りにつきあってきた。もっとも、
子供が小さい時の家族旅行からして釣りと併用だったわけで、初めて
渓流に触れたときは、ただただ美しい信濃の水を日がな見ているだけ
で心が洗われた。それゆえ竿を持たなくても「釣り」に行くのはいや
ではなかったのである。
そんなわたしに、どう思ったのか釣竿を持たせようとした夫のお陰
で去年はヤマメが釣れた。けれどこの十年間、静岡県の山奥ばかり徘
徊し、去年は新しい熊の足跡を見つけ、もう同行は御免こうむろうと
思っていた矢先、「お前の沢歩きの靴も買ったぞー」の一声で今年も行
くことになった。

場所は近場の西丹沢となった。やれやれ。ところが今年は夫の趣味の
テンカラをわたしにまでマスターさせようというではないか。それは古
代の漁師の釣り方で、虫に似せて作った擬似餌をフワッと水面に浮かせ
て釣り上げるのである。釣吉三平の世界じゃないっちゅうの!初心者め
が、渓流の管理人さんに言うのも恥ずかしい。



夫を師匠と呼び、やぶれかぶれでやってみる。シュルシュルと、糸が
飛び、枝にひっかかる。赤面赤面。


が、午後になる頃、なぜかわたしは「虫」の落とし方がうまくなった。
ちょんちょんと白い「虫」を水面に遊ばせる。「お魚さん虫ですよおー」
瞬間大きなにじますが、透き通った流れの中からとびついてきた。後ろに
もうひとつの魚影が追ってきた醍醐味。
釣った魚は必ず食べるという夫の信念に基づきおかずにしたが、一匹で満
腹の大きさ。管理人に「この川で初心者で釣れた人は今までいなかった」
と言われ心も満腹。




「釣り」で十五首あげられるようになりたいなあ。







この時の魚の写真載せられるかなあ。だってまた釣れるとは限らないし。