この椅子に坐るすなはちその椅子にまたあの椅子に坐らないこと
グーグルマップ航空写真にびつしりと地上を覆ふ固有名詞が
生きてゐる間はせめて思ひたい他の生き方あるかもしれぬ
来し方をさながら夢に日の名残り湛へしづかに流れゆく雲
重たいが自分で運ばねばならぬ袋の中身は私だから
屑籠に紙の溢れて部屋隅に棄てたものとして現れてゐる
徒歩または馬にて旅をした頃にたつぷりあつた考へる時間
わかることわからぬことのあはひにて読む小説に立つ林檎の木
火を見つつ思ふ思想は感覚の影なれば常に暗く虚しも
フランス窓開け放ちたれば夏の庭しんと広がり父歩み来る
(香川ヒサ ヤマト・アライバル 短歌研究社)
******************************
一首目。確かにその通りで、ここにいることは、別の場所にいないこと。この人生を選べば、別の人生を歩めないことを暗示している。しかし、三首目のようにかすかな希望が生きているうちはある。
四首目は、きれいで読んで心地いい歌。二句切れで、三句目の「日の名残り」が効いている。五首目は、自分を俯瞰している点が好ましい。覚悟が潔く、勇気づけられる。八首目は、結句に林檎の木を置くことで、詩になっていると思う。十首目、この作者の歌ではじめて父が登場したことに驚いた。いままで家族の登場は、ほとんどなかった。初期の歌集で、夫と息子が将棋をしている横を通るとき、すっと駒を動かすという歌があったと思うが、それ以来かもしれない。
香川ヒサが家族をうたったらどんな歌になるのだろう。現実の姿から、限りなく離れた人物が登場する気がする。そう思えば、家族詠など、まだ足を踏み入れていない領域は多い。どういう方向に進むのか、気になるところだ。
グーグルマップ航空写真にびつしりと地上を覆ふ固有名詞が
生きてゐる間はせめて思ひたい他の生き方あるかもしれぬ
来し方をさながら夢に日の名残り湛へしづかに流れゆく雲
重たいが自分で運ばねばならぬ袋の中身は私だから
屑籠に紙の溢れて部屋隅に棄てたものとして現れてゐる
徒歩または馬にて旅をした頃にたつぷりあつた考へる時間
わかることわからぬことのあはひにて読む小説に立つ林檎の木
火を見つつ思ふ思想は感覚の影なれば常に暗く虚しも
フランス窓開け放ちたれば夏の庭しんと広がり父歩み来る
(香川ヒサ ヤマト・アライバル 短歌研究社)
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一首目。確かにその通りで、ここにいることは、別の場所にいないこと。この人生を選べば、別の人生を歩めないことを暗示している。しかし、三首目のようにかすかな希望が生きているうちはある。
四首目は、きれいで読んで心地いい歌。二句切れで、三句目の「日の名残り」が効いている。五首目は、自分を俯瞰している点が好ましい。覚悟が潔く、勇気づけられる。八首目は、結句に林檎の木を置くことで、詩になっていると思う。十首目、この作者の歌ではじめて父が登場したことに驚いた。いままで家族の登場は、ほとんどなかった。初期の歌集で、夫と息子が将棋をしている横を通るとき、すっと駒を動かすという歌があったと思うが、それ以来かもしれない。
香川ヒサが家族をうたったらどんな歌になるのだろう。現実の姿から、限りなく離れた人物が登場する気がする。そう思えば、家族詠など、まだ足を踏み入れていない領域は多い。どういう方向に進むのか、気になるところだ。