※立花宗茂(上下二巻)童門冬二・著 読了!
人格と器量と武勇を併せ持った宗茂。
義父の立花道雪、実父・高橋紹運の影響を受け忠義に生き抜いた男の物語である。
秀吉や家康からも武将としてのずば抜けた器量と武勇を絶賛され、僅かの手勢での勝ち戦の連続は、鬼神の再来とまで言われたとか。 正しく、その戦略・戦術の確かさは、諸葛孔明以上の者とさえ思える戦上手である。
其れに加え、時に敵対し戦った徳川や島津等の敵方からさえも惜しまれ、時に感謝される様な事跡あり。
住民からも尊敬と信望を集め、放浪の身となった浪人時代(京都・江戸での浪人生活)も忠節を尽くす家臣団に支えられてきた事例は、感動さえ与えてくれる。
名将言行録より。
「人となり温純寛厚。徳ありて驕らず。功ありて誇らず。人を用ふる、己に由る。善に従ふ。流るるが如し。
奸臣を遠ざけ、奢侈を禁じ、民に撫するに恩を以てし、士を励ますに、義を以てす。
故に士、皆之が用たるを楽しめり。
其兵を用ふるや、奇正天性に出づ、故に攻めれば必ず取り、戦へば必ず勝てり」
軍法について。
「特別に何流の軍法を使うわけではない。常に兵士に対してえこひいきせず、慈悲を与え、国法に触れた者はその法によって対処する。
したがって戦に臨むとみな一命をなげうって力戦してくれ、それがみな拙者の功になる。その他によい方法はない」
「大将がいかに采配をとって、ただ“進め”とか“死ね”とか言ってみても、そのような下知に従う者はいない。
常々上は下を子のごとく情をかけ、下は上を親のように思うように人を使えば、下知をしなくとも思い通りに動くものだ」
戦略&兵の運用について。
「例えば、かの上杉謙信公は8千程度の兵を用いて戦をするのが己に適していると言われたそうだ。
かく言う自分は経験上2,000程度の兵数が手足の如く操れると感じたものだ。
つまり大将の才、能力に適した兵力は大将の数だけあるという事。兵力の大小に固執するより己の武の型を見極め、それに見合った兵を揃えたほうが良い結果が得られるだろう」
短編であったが、戦いにおける要諦を、改めて学ぶ思いであった。
寝る前の一時を過ごせ、おもろかったなぁ~。
柳川には、何度か行ったことがあるが・・・其の行跡と人物像に初めて触れた感じである。
又、柳川に行って、立花道雪や高橋紹運、そして立花宗茂を偲びながら御堀廻りを散策してみたいものでる。
序でに御花でウナギでも食するかなぁ~。
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