どうしていちいち動揺してしまうんだろう。
なんていうことが続く日々ですけれど、
自分の足元がグラついてしまうのは
自分の生き方とは真っ向で違う人を見かける時と
自分と似た様な弱さを持っている人が自分に歯向かってきたりした時とかで
なかなかいかんともしがたいなぁと思うsachiakiです。
なんでそんなことを書いているかといえば
少しでも周りに対して「私とあなたの境界線はここなんです!」
って強く出す人を見ると激しく動揺してしまうわけです。
私も壁はおそろしく高いタイプで
初対面の時からにこやかに対応する分
そこから先も同じ対応しかなくて
ちっとも近くに感じることができない
そういうタイプなのだと思います。
愚痴とか好きじゃないし。
『宙よりも遠い場所』を見ていた時
三宅日向ちゃんという人懐っこい子がいるので
いい子だなぁと思いつつ、
彼女の”人との距離感が苦手”という弱点を見た時に
あぁ、すごい分かる……ってなったりしたものです。
距離を踏み越えられると心臓がギュッとするんですよね。
日向ちゃんが経験した友達の裏切りから
人との距離が分からなくなってしまったというのと違うけれど
(いや、それもちょっとだけあるけれど)
迷惑をかけてしまう、傷つけてしまう、
それがめちゃくちゃ怖い。
だからいつも等距離で離れておく。
そうすればその距離感に遠慮ができていつまでも気遣いができるから。
気遣いを失うぐらい近くになると、ついつい雑な扱いをしてしまって
あぁ、またやってしまった……という嫌な気持ちになるから。
傷ついて傷つけられてがあるから友情だってことも分かるし、
高校からのツレであるところの、あもさんとの距離感や
一緒に暮らしているパンダ氏とか、
一番心地よい距離感である専門学校の友達(付かず離れず)
なんかとは10代で出会ってることだったり、
気遣いなんかができないほどに近いっていうのもあるから
色んな意味で「仕方ない」っていう無常観とともに付き合っていられるけれど
大人になってから出会うとそうもいかず難しいなぁと思う日々です。
基本的には困ってることなんてなんもないんだけど。
まぁともかく私は人様に向ける刃の心を自分で分かっているので
それを出すのが恐ろしくて外に出せないでいるんだけど
自己を守るために刃の心を前面に出して主張できる人と出会うと
なんでそんなに強くいられるんだろう……と動揺してしまうわけです。
どちらが正しいなんてこともなく、
人とのコミュニケーションにはそれぞれの合う合わないがあって
私のような
「全てを無常観と照らし合わせつつ、
どんな人の要求も無茶も飲み込めるラインまでは飲み込んで
無理と思ったら撤退する」
というような人もいれば
「私はあなたに1mmも傷つけられる所以なんてない。
だからここから近づいたら傷つけます」
と宣言する人もいたっていいわけです。
むしろ後者の方が線が見ているだけ付き合いやすいのかもしれない。
私の付き合い方だと、どこが決壊するラインか本人にだって分からないんだから。
なんにしてもいちいち小さなことで動揺しないで済むならそれに越したことはないよねぇ。
自分の生き方にそれなりの根拠を持って歩んでいるのならそれでいいんだし。
なんてことを思ったりしてました。
今週末はいよいよ「赤鬼ちゃんの哲学地獄」なので
少し頑張らなくちゃなって思っているところです。
そうでなくとも今週はけっこう出ずっぱりで忙しいのでな。
というわけで今日はこの辺まで。
そんじゃーね!モイ
なんていうことが続く日々ですけれど、
自分の足元がグラついてしまうのは
自分の生き方とは真っ向で違う人を見かける時と
自分と似た様な弱さを持っている人が自分に歯向かってきたりした時とかで
なかなかいかんともしがたいなぁと思うsachiakiです。
なんでそんなことを書いているかといえば
少しでも周りに対して「私とあなたの境界線はここなんです!」
って強く出す人を見ると激しく動揺してしまうわけです。
私も壁はおそろしく高いタイプで
初対面の時からにこやかに対応する分
そこから先も同じ対応しかなくて
ちっとも近くに感じることができない
そういうタイプなのだと思います。
愚痴とか好きじゃないし。
『宙よりも遠い場所』を見ていた時
三宅日向ちゃんという人懐っこい子がいるので
いい子だなぁと思いつつ、
彼女の”人との距離感が苦手”という弱点を見た時に
あぁ、すごい分かる……ってなったりしたものです。
距離を踏み越えられると心臓がギュッとするんですよね。
日向ちゃんが経験した友達の裏切りから
人との距離が分からなくなってしまったというのと違うけれど
(いや、それもちょっとだけあるけれど)
迷惑をかけてしまう、傷つけてしまう、
それがめちゃくちゃ怖い。
だからいつも等距離で離れておく。
そうすればその距離感に遠慮ができていつまでも気遣いができるから。
気遣いを失うぐらい近くになると、ついつい雑な扱いをしてしまって
あぁ、またやってしまった……という嫌な気持ちになるから。
傷ついて傷つけられてがあるから友情だってことも分かるし、
高校からのツレであるところの、あもさんとの距離感や
一緒に暮らしているパンダ氏とか、
一番心地よい距離感である専門学校の友達(付かず離れず)
なんかとは10代で出会ってることだったり、
気遣いなんかができないほどに近いっていうのもあるから
色んな意味で「仕方ない」っていう無常観とともに付き合っていられるけれど
大人になってから出会うとそうもいかず難しいなぁと思う日々です。
基本的には困ってることなんてなんもないんだけど。
まぁともかく私は人様に向ける刃の心を自分で分かっているので
それを出すのが恐ろしくて外に出せないでいるんだけど
自己を守るために刃の心を前面に出して主張できる人と出会うと
なんでそんなに強くいられるんだろう……と動揺してしまうわけです。
どちらが正しいなんてこともなく、
人とのコミュニケーションにはそれぞれの合う合わないがあって
私のような
「全てを無常観と照らし合わせつつ、
どんな人の要求も無茶も飲み込めるラインまでは飲み込んで
無理と思ったら撤退する」
というような人もいれば
「私はあなたに1mmも傷つけられる所以なんてない。
だからここから近づいたら傷つけます」
と宣言する人もいたっていいわけです。
むしろ後者の方が線が見ているだけ付き合いやすいのかもしれない。
私の付き合い方だと、どこが決壊するラインか本人にだって分からないんだから。
なんにしてもいちいち小さなことで動揺しないで済むならそれに越したことはないよねぇ。
自分の生き方にそれなりの根拠を持って歩んでいるのならそれでいいんだし。
なんてことを思ったりしてました。
今週末はいよいよ「赤鬼ちゃんの哲学地獄」なので
少し頑張らなくちゃなって思っているところです。
そうでなくとも今週はけっこう出ずっぱりで忙しいのでな。
というわけで今日はこの辺まで。
そんじゃーね!モイ