ガラパゴス通信リターンズ

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車輪の下

2006-05-23 06:04:25 | Weblog
 骨子が6年生の時のクラスには、優秀な男の子が3人いた。カネテツ、デキスギ、そしてサマランチである。もちろんみんな私立中学に進んでいる。サマランチは、甲子園球児を数多生んでいる強い野球チームで、5年生から「エースで4番」。もちろん勉強は抜群にできる。「すべてにエリートたれ!」という両親の期待を一身に受け、それに応えていた。

 しかしサマランチの抱えていたストレスは大変なものだった。骨子が梅子ちゃんたちと団地の広場で遊んでいる時にサマランチが通りかかった。「お前馬鹿じゃないか!よく6年にもなってガキみたいに遊んでいられるな!!」。野球の練習は週末に集中的にある。ウイークデーは、ひたすら塾通いと自宅での勉強。自由な時間をもつ子どもが妬ましいのだろう。

 サマランチは荒れていた。カネテツをいつも泣かせていた。カネテツは爆音のような声をあげて泣く。少し頼りない感じの男の子が、国語の時間、教科書に載っていた原爆の話を読んで、「すごく感動した」といった。サマランチは、「すごく悲惨な話なんだぞ。感動なんていうな!」と凄まじい勢いでののしり始めた。この子が泣き伏すと彼は教室を飛び出していった。

 骨子はサマランチを嫌っていた。何度も喧嘩をした。骨子が心酔する担任の熱血女先生はサマランチに同情的だった。「元ヤンキー」の噂がたえないこの先生には、乱暴な子どもを手なづける不思議な手腕があった。彼女は言う。サマランチは善にも悪にも強い。本物のカリスマになりうる男だ。いまは期待の重圧に負けて自分を見失っているだけなのだ、と。

 受験が近づくと、学校を休む子どもが増える。しかしサマランチは、受験の当日以外は一日も休まなかった。これには骨子も感心していた。彼一流の美学なのだろう。サマランチの受験は惨憺たる結果に終わった。本人もひどく傷ついたようだが、それ以上に親の落胆が大きかった。しばらくは引きこもりのようになっていた。誰とも会おうとはしなかった。