ガラパゴス通信リターンズ

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さば

2007-06-17 06:50:53 | Weblog
 子ども教育関係の編著を出した時のことである。ある方の紹介で左翼系の教育学者に電話で原稿依頼をした。見知らぬ人間から電話がかかってきて、彼も警戒していたのだろうか。随分と居丈高な感じでこういった。

 「私はすぐに陳腐化してしまうような論文は書かない主義です。最低10年は読むにたえるものを書けと若い者には常々いっています。加齢さん。あなたの主要業績を私に送ってください。私の眼鏡にかなえば、寄稿させていただきましょう」。

 なんと偉そうなと思ったが、教育学者に知り合いは少ない。何冊か書いたものを彼のもとに送った。その時に書いた手紙の文面は大体こんなものだった。

 「ご指示のとおり、貧しい業績をお送りいたします。私にはとても10年の風雪にたえる文章など書けません。『さばの生き腐れ』ということばがありますが、書いている途中にすぐに陳腐化が始まって、悪臭を放ちはじめる始末です。それでもお許しいただけるならご寄稿くださいませ」。

 彼は結局寄稿してくれることになった。しかし「私は締め切りを守ったことは一度もありません」といっていた通り、まてどくらせど、原稿はできなかった。遅れること1年。この間、毎週のように催促の電話をかけた。向こうが横柄でこちらが卑屈だった関係もいつしか逆転していた。ついに堪忍袋の尾がきれたぼくはこんな手紙を書いた。

 「締め切りの期限を大きく過ぎても泰然としておられる先生をみていると、小心翼翼たる私は羨望の念を禁じえません。先生の剛胆さのかけらでもあれば、私が大病をわずらうこともなかったでしょう。どうか私のような小人には忍耐の限度があるということをご理解くださいませ。 さば拝」。

 こんな手紙を大人に書けば、絶対にそこで人間関係は終わる。結局この先生からは原稿をいただけなかった。穴埋めは大変だったし、さる方の手を煩わせることとなった。大変申し訳なく思っている。しかしこの先生から学んだことが一つある。文章を陳腐化させない最良の方法。それは一字たりとも書かないことだ、ということである。