バイブルランドin福井

安田由久が驚くべき聖書の世界をご案内します

人生の総括 2人の死(田村正和、立花隆)を通して 

2021-06-29 04:00:00 | 聖書の断食
5月から6月にかけて私にとって2人の尊敬する人物が亡くなられたニュースが流れました。

4月3日に死亡されていた俳優、田村正和(78歳)さん。

そして4月30日に亡くなられていた立花隆(80歳)さんです。

まず田村さんの若き日の映画などは全く知りませんでしたが、

田村さんの当たり役であった「古畑任三郎」シリーズで田村さんの大ファンとなりました。

田村さんが亡くなれたニュースを見てから、

数年ぶりに「古畑任三郎」シリーズをDVDで見ました。

発表から様々な方がコメントしておられますが、

このシリーズの半分以上を監督された河野圭太監督のコメントで

・・・大半の田村さんは演出のしぐさ、演出方法は脚本家、

監督よりも本人からのアイデアで、しかも台本は一切、持ち込まず覚えて、

独特の田村さんしか演じられない「古畑任三郎」の世界を作っていかれた・・・とありました。

犯人役が当時、すべて一流の俳優であり、劇中とはいえ(演技としての)その対決が面白く、

犯人を追い詰めていく心理作戦の演技に私は魅了されました。

このような描き方をされる脚本家、三谷幸喜さんの作品はなるべく見るようになったのですが、

やはり「古畑任三郎」は傑作中の傑作です。

「刑事コロンボ」シリーズも大好きでしたが、

同じような構成でありながら、田村さん独自の犯人を追い詰めていく描き方でアメリカにはない、

日本独自の演出、心理作戦の日本独自のドラマです。

実はその期間は豊田市で牧師をして、断食祈祷院を運営していた頃でしたが、

運営のことや日常生活で、このドラマにはずいぶんと教えられていたのです。

少なくともこの内容をみていて、

傍にいた妻(再婚した智子でボーダレスであった)を殺せなかったと言えます。

まさに古畑のセリフ「完全犯罪などこの世には一切ない」というのが一貫していたからです。

さて、もう一人は立花隆さんです。

亡くなれてから知ったのですが、ご両親は無教会のクリスチャンだったというのは驚きです。

立花さんのことを書いたある文章です。

・・・父親は「活水女学院」の教師となった。母親も結婚後に同学院のチャペルで洗礼を受けている。
その後、両親は同学院の別の教師の影響などから、内村鑑三が提唱した無教会主義になった。
クリスチャンの家庭に育ち、こびることは、生き方として恥だと教え込まれた。
母に「肉体を殺すことが出来ても、魂を殺すことが出来ない者を恐れるな」とも教えられた。
ローマの権力を恐れる弟子たちにイエスが述べた言葉で、世俗権力を恐れるな、
神のみをおそれよということ。
首相の田中角栄と長きにわたって対峙し、しばしば思い出した言葉だ。
1974年、当時の田中角栄首相を退陣に追い込むきっかけになったとされる
「田中角栄研究―その金脈と人脈」を月刊誌「文芸春秋」で発表。
調査報道の先駆として高く評価された。
政治だけでなく、宇宙や医療など多岐にわたるテーマを扱い、「知の巨人」と称された。・・・

とありました。

私は24歳の時でしたが、「田中角栄研究」が発表され読んだ時の衝撃は、

私のその後の人生を大きく変えるものとなりました。

以後、立花さんのような本を書きたいM新聞の仕事をするようになりましたし、

家庭の事情で保険代理店を開業してからも読書時間を最優先していきましたのは

立花隆との出会いからでした。

ゆえに立花さんの書いた本は出版されたら読んでいました。

二人の死を通して、私も人生の総括時期を考えさせられます。

亡くなられたお二人に対して、私の希望は、少なくとも後、10年生きて、

後輩に残すものを総括していただきたかったことです。

お二人とも早すぎた死です。

そして二人ともどうやら断食体験はなく、

食生活に問題があったがゆえのではないかと推察しています。

田村さんは心臓病で、立花さんはガンの長い闘病でしたが、ファスティングを

日頃なさっておられたらかなり改善し、もっと長生きされのではないかと思う次第です。

そのことが非常に残念です。

Ps
立花隆の父についてネットの記事にこのようなことが書かれていました。

・・・無教会の印刷物に湖北聖書集会の
主宰者・故橘経雄氏(2005年9月12日に95歳で逝去)のことが載っていた。
最近、追悼号『橘経雄先生を偲ぶ-湖北聖書集会』が刊行されたという。
その記事のあとに「注」のようにして、
「立花隆“亡き父が見た出版大粛清事件”文芸春秋2005年12月号参照」と添えられていた。
その時、立花と橘は同じ発音であることに気づいた。関係あるのだろうか。インターネットで調べたら、
どうやら、橘経雄氏は立花隆氏の父らしい。
橘経雄氏は水戸の生まれで、早稲田大学を卒業、長崎の活水女学院、北京師範で教師をしたという。
戦後、帰国して『週刊読書人』を創刊して、編集・経営に携わったという。
無教会では、丸の内集会に出席。湖北聖書集会は70歳の古稀を迎えた1980年に、
我孫子市で始め、1997年に別の人にバトンタッチしたという。
これまで立花氏の本を読む機会はあったが、両親がキリスト教の信徒であったとは、初めて知った次第。・・・

この「丸の内集会」とは、おそらく関根正雄氏ではないかと思います。

私も関根正雄氏の影響がこれまでの信仰生活の中で

最も強いので立花隆の父親の生きざまに関心が出てきました。

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