太った中年

日本男児たるもの

フィリピン料理

2009-06-15 | weblog

最近、我が浜松市某所にフィリピン人婆さんが作るフィリピン料理がウリのフィリピンパブがオープンした。早速行って久しぶりにフィリピン料理を食べた。そんなワケでフィリピン料理のアレコレなんだけど、彼是9年前にフィリピンへ初渡航してマニラ市内にあるバリオ・フィエスタっつーオーソドックスなフィリピン料理のレストランチェーン店で初めてフィリピン料理を食した。果たしてそれは地獄の思い出だった。

 

そのバリオ・フィエスタで生まれて初めて口にしフィリピン料理がシニガン・スープ。

タマリンドっていう熱帯果実の果肉がベースなっている。目まいがするほどスッパイ。

 

次に食ったのがアボドっつー酢に漬けた肉の煮込み料理、当然コワイほどスッパイ。フィリピン料理はスッパイものだと認識した。そしてこのときから食人生でスッパイものが大嫌いになった。

 

最後に食ったのがこのカレカレ。カレーだと思って喜んで口に運んだら甘いピーナッツソース味で吐き気がした。肉や野菜にピーナッツバターを塗って食べることを想像するがよい。オゾマシイ。

 

これは豚の耳と玉葱の鉄板焼き、シシグ。ヘルシーフードなんだけど油まみれなんで食えない。

 

これはイカのソテーでプシットっていう。フィリピン産のイカは肝臓が小さいのでイカの塩辛が作れないゾ、と某日本食レストランのシェフがグチっていた。だけど、怒ったところでイカに罪はない。

 

無難なシーフードグリルが唯一の救い。しかし、写真を見ても食欲はないなぁ。とにかくスッパイ。

 

おまけ:フィリピンの食べ歩きブログ

Pinoy Food & Other Cuisine :: Food PhotoBlog and Events


ブラックパール女史

2009-06-14 | weblog

以前、Taggedっていう国際的SNSのサイトでフランス女にヤリ込められたネタをエントリーしたことがあった。今回はそのオランダ女版。彼女は30代半ばで少し前にTaggedを始め、すぐさまアプローチしてきた。最初、プロフィールには上記写真だけだったが、そのうち偏愛しているブラックパールの写真を載せるようになり、その写真をアップする都度感想をメールで問い合わせくるのだ。感想と言われても困ったもので、取りあえず褒めてやるとだんだん趣向を凝らした写真を掲載した。そして、エスカーレートした挙句の果て、スタジオ撮りしたと思われる自身の、何故か片手を挙げたヌードまでプロフィールに載せたのである。オランダは麻薬が合法なんでクスリをキメてハイになったのか、もともと頭が少しイカレているのか、定かでない。面白かった反面、異様な出来事だった。以下、彼女の自称アート作品、ヌードは18禁。奥さん、このような女性もいる。世界は広い。

 


シーフードカレー

2009-06-13 | weblog

別に隠していたワケじゃないけど、禁酒禁煙の他に禁カレーライフを送っている。何故かっつーとカレーはカロリーが高い食品だから食べ続ければデブになる、てか、デブになってしまったから抑制しているのだ。そんな禅僧人生もいいものだけれどカレーライフを振り返ってみればシーフードカレーだけ作って食べたことがないことに気づいた。「こりゃイカン」と反省して、ハウスの海の幸カレーとシーフードミックスでお手軽シーフードカレーを作ってみることにした。

 

シーフードミックスを炒める際、小袋スパイスを入れて味付けするのがミソ。

 

おお、シーフードカレーが完成した。こりゃ、ホタテに合わせたカレールーの味だ、ちょっとシツコイかな。問題は6皿分=朝、昼、晩の2日間連続でシーフードカレーを食わなければならないことだ。

これでまたシーフードカレーデブになってしまう、後悔した。


五十肩

2009-06-12 | weblog

<五十肩>謎の痛み 骨など異常なく、原因も不明

◇安静が第一 痛み引いたら適度な運動を

スーツを着ようとすると右肩が痛くて上がらない。寝るとき、右半身を下にすると痛む。東京都大田区の男性会社員(43)は、昨年秋からこんな症状に悩まされた。痛みは次第に増し、今年3月、近くの病院で診察を受けた。レントゲン撮影では骨折は発見されなかった。炎症や上腕骨と肩甲骨をつなぐ腱板(けんばん)の断裂もなかった。

医師から「これといった異常はない。典型的な五十肩ですね」と言われ、痛み止め薬と湿布を処方された。同時に、「痛みがやわらいだら意識的に肩を動かしてください。今回のように半年も放置しないように」と注意された。男性は「異常がないのに強い痛みを伴う。不思議だ」と思った。

・江戸時代から

このような症状は、「四十肩」「五十肩」と呼ばれる。江戸時代中期の辞書には「五十腕」という項目があり、「五十腕とも五十肩ともいう。また長命病という」と説明されている。当時は平均寿命が50歳以下で、「肩が痛くなったら長生きの証拠」と考えられていたとみられる。

医療現場では「五十肩」と呼ばれることが多く、「明らかな起因を証明しにくい初老期の疼痛(とうつう)性肩関節制動症」と定義される。海外では、「フローズン・ショルダー(凍結肩)」と言われる。一般に、まず「痛みが強く動きにくくなる時期」があり、続いて「動きが制限される時期」、やがて「動きが回復する時期」と推移する。

江戸時代から人々を悩ませてきた痛みだが、実態は今もよく分かっていない。「40~50歳の人に多い肩関節の動きが制限される痛み」であることは明確だが、なぜ起きるのか、原因となる生活習慣があるのか、男女で違いはあるのか、なぜ回復するのかなど、未解明部分が多い。

肩関節のトラブルに詳しい高岸憲二・群馬大教授(整形外科)は「五十肩の患者を検査しても、これといった異常が見つからない。ただ、肩関節を包む袋(関節包)が厚く、硬くなっており、結果として肩が動きにくくなったり、痛みが生じるようだ」と説明する。また、糖尿病や高脂血症の人に五十肩が多く、治りにくいといわれる。これらの病気の患者は末梢(まっしょう)血管に障害が出やすいことが関連している可能性がある。

五十肩の症状が出たら、どう対処すればよいのか。高岸教授は「痛みがひどいときは安静に、痛みが少しやわらいだら、肩を動かせる範囲で動かした方が回復は早い」と話す。

ひどい痛みのときは、なるべく肩を動かさないようにし、三角巾(きん)を使うことも勧められる。重い荷物は厳禁だ。患部を温めると、痛みがやわらぐ。我慢ができない痛みが続く場合は、ステロイドやヒアルロン酸、大量の生理食塩水を注射する治療法もある。

肩が少し動かせるようになったら、痛みが出ない範囲で動かすことを心がける。イラストのような運動も効果があるとされる。夜の痛みは、日中の活動が過剰な場合に出やすいので、運動量などの目安にするとよい。

・整形外科受診を

放っておいても、多くの人が1~2年で治る。ただ、高岸教授が164人の患者を対象に実施した調査では、1年以上たっても運動や作業をする際に痛みが残っている患者が3割いた。「五十肩と思っても、腱板断裂など別の障害が起きている可能性がある。自分で判断せず、整形外科の診察を受けてほしい」と高岸教授は呼びかける。

(以上、Yahoo!ニュースより引用)

五十肩ねぇ、そんな年になってしまった。


黒い交際

2009-06-11 | weblog

鳩山氏反対なら罷免を=郵政社長人事で自民・中川秀氏(時事通信) - goo ニュース

自民党の中川秀直元幹事長は10日午前、鳩山邦夫総務相が日本郵政の西川善文社長の続投に反対する姿勢を崩さない場合、麻生太郎首相が総務相を罷免して混乱を収拾すべきだとの考えを示した。都内で記者団が「首相は鳩山氏を罷免してでも(問題を)解決すべきだと思うか」とただしたのに対し、「わたしはそう思う」と答えた。

中川氏はまた、「(西川氏更迭なら)筋が違う。そういう行動を起こさざるを得ない。内容はそのときに考えるが、筋を通していかなければいけない」と強調。これに先立ち出演したテレビ朝日の番組でも「本気で戦わなきゃいけない」と述べ、西川氏続投での決着を首相に求めた。

同党の武部勤元幹事長も10日昼、自らが率いる議員グループの会合で、「郵政民営化が後退することは断じて容認できない。(西川氏更迭の)そのときは一身をなげうって(抗議する)という気持ちだ」と語り、鳩山氏をけん制した。

(以上、gooニュースより引用)

久々の政治ネタ。かんぽ疑惑に端を発した西川更迭問題だけど、中川(女)、武部、竹中平蔵の小泉一派がナンでここまで鳩山攻撃をするのかってことが問題。

株式日記のトラちゃん曰く

西川善文ってのは、政界や財界から広域ホニャララ団や右側に偏った団体に至るまで、すべてとつながりのある大悪党

なんだそうだ。

西川っていうジイさん、醜い悪党面しているもんね。

命が掛っていればそりゃ小泉一派は必死になるよなぁ。

暴力団絡みはコワイんで詳細を知りたい人はリンク先をみてくれ。


万能トマトソース

2009-06-10 | weblog

みんなの料理プラスより万能トマトソースを一挙大放出。

こいつぁ使い勝手がよさそうだ、作ってみるぞ。

・トマト缶の水煮(缶詰) 2缶(800g)
・ベーコン 100~150g
・たまねぎ 1コ
・オリーブ油 大さじ2
・シェリー酒* 大さじ2
・スープ カップ2+1/2**
・塩 小さじ1
・こしょう 少々
*または白ワイン。
**固形チキンスープの素(洋風)1/2コを湯カップ2+1/2で溶いたもの。

 


海外投資セミナー

2009-06-09 | weblog

外務省 海外安全ホームページ

「スリランカで現地投資セミナーがある、どう思う?」

度々登場する友人Hから電話があった。Hはバリ島の渡航歴が50回近い中年サーファーだ。Hによれば長年バリ島にサーフトリップしていると現地の人も含めいろいろなシガラミができて鬱陶しくなっていたところ、サーファーの知人からスリランカの現地投資セミナーの話を持ちかけられた。バリ島からスリランカへサーフトリップを変更してついでに投資セミナーの現地視察をしようかと検討中なのである。セミナーの内容は、現地人通訳、弁護士の紹介、工場見学、農場見学、国会見学、大統領面会など1週間滞在して、費用は総額40万円。通常のパッケージツアーなら15万円位だからほとんどボッタクリ企画である。しかもスリランカは先月末に政府が内戦の終結宣言をしたばかりでまだまだ危険な地域だ。国を上げて観光や海外投資を呼び込みたいのは理解できるけどリスクが大きすぎるのではないのかな。スリランカに限らず東南アジアでの投資話は山ほどあるけれどすべてが胡散臭いものだ。基本的にヤメたほうがいいだろう。そういえば友人Hは昔、バリ島でサーファー仲間と共同出資して飲食店を開業しようとして騙された経験がある。懲りないヤツだった。


小桃さん

2009-06-08 | weblog

「京都は奥が深おす」…異色の芸妓、観光計画策定委員に(読売新聞) - goo ニュース

京都市の観光振興推進計画の策定委員に就任する芸妓  小桃 ( こもも ) さん(24)

年間観光客数5000万人を昨年達成した京都市から、「今後5年間の観光施策を考えてほしい」と依頼され、今月下旬、策定委員会の委員に就任する。

他の顔ぶれは作家や官僚ら。京都五花街の芸 舞妓 ( まいこ ) が、市の委員に選ばれるのは初めてだ。

「うちでええんやろかと思いましたが、花街の代表として、役目を果たしていきとおす」

京ことばが似合うが、経歴は異色だ。メキシコで生まれ、3歳で帰国。小学生時代は東京で、中学の3年間は貿易会社に勤める父の赴任先・北京で過ごした。

「日本文化の中心地、京都にどうしても住んでみたくて」。ホームページを通して知り合った花街・宮川町(京都市東山区)の芸妓の下で修業するため、中学卒業後、単身帰国した。16歳で舞妓、21歳で芸妓になった。舞踊や鼓、三味線を学んで10年目になるが、京都への“恋心”は冷めない。「一流の伝統文化が今も生きている。奥が 深 ( ふこ ) おす」

今年、京都観光は不況や新型インフルエンザの影響でかげりが出ている。訪れる側、迎える側。両方の視点を生かして、知恵を絞るつもりだ。

(以上、gooニュースより)

たまにはこういう写真ニュースもええどすえ。小桃さん、拙者の愛を受け止めて。


冷やし中華

2009-06-07 | weblog

今年初の冷やし中華ミニをセブンイレブンで買って食す。ラーメンや冷やし中華は体に良くない、でも食ってしまった。具材の他にマヨネーズとマスタードがある。マスタードはいいけどマヨネーズはどうしてもミスマッチの感じがして頂けない。以前から気になっていたので調べてみると名古屋のスガキヤがマヨネーズのトッピングを始めたらしい。こりゃイカンですがな。で、最近はどうか知らないけど、普通の中華料理店の冷やし中華には缶詰みかんがトッピングされているところがある。日本独自のレシピだ。そう言えば、友達Hの中古車屋の近くに台湾人が経営していた小さな中華料理店がった。そこの冷やし中華は抜群に美味しくて繁盛していたけどいつのまにか閉店した。理由を友達Hに聞いたら、最初は冷やし中華に缶詰みかんがなかったらしく後からトッピングしたらしい。そうしたらお店が繁盛しだしたので台湾人は缶詰みかんが決めてだと思った。台湾人は調子に乗って、ラーメンやチャーシューメンにも缶詰みかんをトッピングした。結果、繁盛していたお店も自然と客足が遠のいてアッというまに閉店したそうだ。微妙な食文化のズレっていうネタだった。


終わり方

2009-06-06 | weblog

2009-06-01 追悼 (タケルンバ卿日記)

上記リンクのタケルンバ卿日記は、今年の初めオフ会で出会った青年が3月の終わりに他界し、そのことを親御さんからのメールで知ったっていう追悼文。なんとも重苦しい気分になった。私事を省みれば、今年になってから身近な知り合い2人が他界している。2人とも50代前半の病死でガンと肝不全。年も年なんで健康に留意しようと我が身を振り返るのだった。それからタケルンバ卿日記の青年は他界したけれど、はてなのブログは残っている。で、ブログの終わり方ってことを考えないとイケナイなと思った。いつどのようにブログをヤメルかが問題。死ねばそれっきりなんだけれど、重苦しい気分になるなら事前に整理したほうがいいのかな。まあ、でも、このブログは備忘録代わりでへでもないモノだから、それほど思いつめることもないな。


そして、手コキ

2009-06-05 | weblog

友達Hがむぎ焼酎を持って遊びにきた。

禁酒禁煙の快楽に目覚めたので、飲酒は断った。

するとHは一人で酒を飲み始めた。オソロシく暗い酒だ。

本人にその自覚がないことがやっかいである。

で、酔っ払ったHをツブサに観察していたが面白くもナントもない。

中古車屋だからGM倒産のことを繰り返しブーブー言うだけだ。

これで飲酒はストレスの発散になるのか、逆に溜まるのではないのか。

そもそもストレスの正体ってよく分からない、ナンだろう。

まあ、酩酊すれば忘我の時を過ごすことになるのは間違いない。

しかし、その時間はなんかモッタナイ、禁酒したほうが有意義ではないのかな。

そうこう考えているうちに、ヘベレケの独身中年男Hは、

「寂しいんだよ、オレは。タイ式マッサージの手コキに行く」

そう言い残して、闇夜へ消えて行った。


性奴隷

2009-06-04 | weblog

「マレーシアの王子から性的虐待」 17歳妻が訴え(朝日新聞) - goo ニュース

マレーシアの王家に嫁いだインドネシアの女性が夫に性的虐待を受けたとして逃げ出し、「動物のように扱われた」と訴え、波紋を広げている。滞在先のシンガポールで保護された女性の母親は、問題解決に消極的だった両国政府の対応への批判を強めている。

訴えているのは、マレーシアの王家の一つ、クランタン州のファクリー王子と去年結婚した元モデルのマノハラさん(17)。インドネシアのメディアに語ったところでは、王子からカミソリで傷つけられるなどの虐待やレイプ、薬物投与、監禁などの行為をされた。事態を知り、助けようとした母親は「3月にマレーシア政府から理由もなく入国を拒否された。インドネシア大使館も事件を隠そうとした」としている。一方、王子側の見解は伝えられていない。

(以上、gooニュースより引用)

Manohara Odelia Pinot Menangis Dalam Telefon

ファクリー王子よ、快楽を貪るだけの変態調教プレイは抑制しないといけませんがなぁ、歯止めがない。そのうち、マレーシアの王子がウンチを食べたりオシッコを飲んだりしたら、そりゃマズイだろ。

 

それから、忘れるところだった。

【中大教授殺害】教授の「教え子」を逮捕 -MSN産経ニュース

既に風化しそうであるが、jet師範によればこの事件もまた性奴隷によるものらしい。モーホはコワイ。


モビルスーツ

2009-06-03 | weblog

これが世界初の実用モビルスーツ

モビルスーツというとガンダムを思い浮かぶが、ガンダムに登場するモビルスーツはどちらかというと巨大ロボットであり、スタジオぬえが描いたモビルスーツと比べると外見こそ似ているが、スケールが違いすぎるというか、似て非なるもののような気がしてならない気もする。

さて、現実はというと、ロッキード・マーチンは3月、恐らく世界初となる実用モビルスーツ(外骨格スーツ)をフロリダ州で開催された米陸軍の技術シンポジウムの席上で発表。本格的な売り込みを開始した。

この外骨格スーツの正式名称は「Human Universal Load Carrier(HULC)」(つまりハルク!)というもので、最大90キロの物資を自由に持ち運んだり、時速5キロの歩行、時速11キロの走行(バーストモードの場合は時速16キロ)が可能になるというもの。

現在、研究開発されている外骨格スーツの場合、バッテリーで駆動するタイプがほとんどであるため、連続使用時間には限界があるが、このスーツの場合、JP8ジェット燃料を使った発電機を使ってモーターを利用するいわゆるハイブリッドシステムを搭載することにより72時間にも渡る連続使用にも耐えられるというから驚きだ。

(以上、Technobahnより引用)

HULC

これってカッコイイよなぁ、どんなものか興味深々。オジサンは装着してみたくなったゾと。


煙草の生涯

2009-06-02 | weblog

別に隠していたワケじゃないけど、先月、忌野清志郎氏の死を受け、果敢に禁煙宣言したものの1週間で挫折した。ところが、なぜか5日前に神の啓示があって再び禁煙生活へ突入した。以下、無断でロイターより煙草の生涯を撮った写真を一挙大放出、こりゃ見ごたえがあっていいぞ。最後は吸殻=死体となる。

 


ギミ・サム・ラヴィン

2009-06-01 | weblog

Spencer Davis Group - Gimme Some Lovin Music Video

SPENCER DAVIS GROUP

英国バーミンガム出身のR&Bバンドで結成は1964年4月。メンバーはリーダーのスペンサー・デイヴィス、マフとスティーヴのウィンウッド兄弟、そしてピート・ヨークの4人。デビュー当時、弱冠16歳だったスティーヴはリードヴォーカル、リードギター、キーボードをこなす天才ミュージシャンとして注目を集めた。65年のシングル "Keep On Running" で全英ナンバーワンヒットを記録、一躍人気グループの仲間入りを果たし、活動後期にはブルーアイドソウルの名曲、"Gimme Some Lovin'" や "I'm A Man" をリリースした。スティーヴとマフのウィンウッド兄弟は67年4月に脱退を表明、バンドはメンバーを入れ替えて活動を続けた。

TRAFFIC

スペンサー・デイヴィス・グループを脱退したスティーヴ・ウィンウッドが、ディープ・フィーリングのジム・キャパルディとクリス・ウッド、ヘリオンズなどでプレイしていたデイヴ・メイスンらと結成したバンド。1967年にシングル "Paper Sun" でデビューを果たし、69年の休止期間を挟んで74年まで活動。さまざまな音楽要素を取り入れた独特のスタイルによるサウンドを展開し、総計7枚のアルバムと2枚のライヴ盤をリリースした。94年にはスティーヴとジムにより20年ぶりの再結成を果たし、アルバム "Far From Home" をリリース、今後はソロ活動と平行してトラフィックとしての活動も継続させるという。

SOLO WORKS

トラフィックを解散させたスティーヴ・ウィンウッドはソロとしての活動を開始、1977年に自らの名を冠したアルバムでデビューを果たした。自宅スタジオでたった独り創りで上げた力作 "Arc Of A Diver" や、豪華ゲストミュージシャンを招いた "Back In The High Life"、ソロキャリア初の全米ナンバーワンを獲得した "Roll With It" など、現在までに総計7枚のアルバムをリリースしている。また大ヒットシングル "Higher Love" は、86年度のグラミー賞で3部門を勝ち得た。さらに90年代には、全キャリアを網羅したCD4枚組のボックスセット "The Finer Things" を組み、そして2003年には待望のニューアルバム "About Time" をリリース。

(以上、STEVE WINWOODをはてなキーワードより引用)

冒頭の名曲がビールのCMで流れていた。少し気になってSTEVE WINWOODを検索したら

Steve Winwood - The Greatest Rock Musician

上記、コアなファンブログを発見、ちょっとうれしい気分になったとさ。