残照日記

晩節を孤芳に生きる。

今年の漢字

2010-12-12 07:30:23 | 日記
○子規句集に四十句あまりのあつさかな  楽翁

≪明治の昔も暑かった!≫
○昼顔の花に皺見るあつさ哉  子規 
○さはるもの蒲団木枕皆あつし 子規 
○裸身の壁にひっつくあつさ哉 子規 

<今年の漢字は「暑」──「暑」の字を選んだ人たちは、この夏の猛暑で熱中症になる人が続出したり、野菜の値段が高騰したりして健康や生活に影響が出たこと、南米チリの鉱山の落盤事故で、閉じこめられた33人が暑さに耐えて救助されたこと、それに、世界で初めて小惑星から微粒子を持ち帰った探査機「はやぶさ」が地球へ突入する際、1万度の高熱をくぐり抜けて帰還したことなどを理由に挙げているということです。>(12/10 NHKニュース)

∇周知の通り「あつい」には、「暑」「熱」がある。角川「字源辞典」「新字源」によれば、<「暑」は太陽がもえ下がる=日光が燃えるようにじりじりと照りつける「あつい」意を、「熱」は火の温気=火が物を焼くあつさを表す。>とある。即ち「暑」は一般的に気候や気温の「あつさ」を表す。「猛暑」「酷暑」「極暑」「炎暑」「残暑」などの熟語がよく使われる。すると<「はやぶさ」が…1万度の高熱をくぐり抜けて帰還した>云々は、NHKニュースが「高熱」と報じた如く、「暑」ではなく「熱」の部類に入れるべきなのだろう。もっとも、最近出版されたばかりの岩波「語感の辞典」によれば、<「熱い」は物の温度が通常より著しく高い意。一般に「暑い」より高温>とある。<一万度の「暑さ」をくぐりぬけ>云々でもいいのかもしれない。日本語は難しい──。

∇それにしても今年は暑かった。殊に関東都市部はヒート‐アイランド現象が加速遠因にもなり、文字通り“熱の島”だった。東京都心で8月31日に、熱帯夜(最低気温25度以上)の日数が94年の47日を上回り最多記録を更新した。その後、84年8月に記録した計23日の連続日数も更新された。一日中クーラーを入れっぱなしの、気象観測史上最も「暑い」夏だった。老生にとっては、家内が断末魔と闘っていた真っ最中のこと、生涯忘れえぬ“酷暑の夏”となるだろう。炎暑が続いた7月22日朝、妻は永眠した。何故かホッとした。──悲しみと疲労が重なり、老生は体調を崩した。しかし、それも“暑さ寒さも彼岸まで”。納骨を終え、新涼が漂う頃には、片付け事もほゞ終了し、孤芳たる晩節を照らすべく模索し始めている。

∇兎に角暑かったが、忘れてはいけない諺がある。“暑さ忘れりゃ蔭忘れる”(「毛吹草」)だ。人口に膾炙しているのが「熱」の字を使った“喉元過ぎれば熱さ忘れる”(「源氏冷泉節」)。諺の言わんとする処は明解だ。<苦難が過ぎ去ると、その時に助けてくれた人の恩は忘れてしまうこと。夏の炎天下では、一服できる物陰や木陰はありがたい。そのありがたく感じた木陰も、季節が変り暑さを感じなくなると存在自体を忘れてしまう。場合によってはかえって邪魔でうとましくなるものである。まことに人間は身勝手なものである。>(岩波「ことわざ辞典」) 自分が辛かった日々の事々はけろりと忘れ去っても構わない。だが、妻が遺してくれた人縁と恒産、末期を渾身誠意支援して下さった友人たちや医療・介護関係者への「お蔭様」だけは、決して忘れまい。

○暑き日を海に入れたり最上川  芭蕉

<「暑い夏の一日も、ようやくこの最上川の洋々たる河口あたりに涼しい夕べの気分が湧いてくることよ」というのである。>(加藤楸邨評釈)