カダフィ大佐が殺害されたのは、2011年10月20日だった。当時は、独裁者カダフィを抹殺すればリビアに民主主義の春が訪れ、北アフリカは安定する、と言われていた。ところが、あれから1年3カ月が過ぎた今、現実は真逆に進行している。暫定政権のリビア国民評議会(NTC:National Transitional Council)には、アルカイダのメンバーが食い込み、イスラ
ム法による統治を宣言した。マリ共和国の混乱もカダフィ政権の転覆と無縁ではない。マリ北部を占拠した勢力はアルカイダも含むイスラム過激派で、イスラム法に基づいたイスラム国家の樹立を目指している。リビア内戦でNATOから支給された武器が回収不能となり、イスラム過激派に渡る。マリはアフリカでは珍しく、宗教の自由を認め、複数政党制を導入している国家である。年が明けた2013年1月第2週に、反政府勢力は南部への侵攻を開始、マリ政府はフランスに支援を要請、フランスは軍事介入し、マリ北部のイスラム過激派の拠点へ空爆を開始した。 この間に、マリ隣国のアルジェリアで人質事件が発生した。フランス軍がマリを攻撃したことに反発したイスラム武装勢力による犯行だった。
カダフィはアフリカの無数の部族を抑え込んでいた。西欧帝国主義からの解放とアフリカ諸国の発展のために、カダフィはリビアのオイルマネーを投じたとされ、アフリカ全土におけるカダフィの評価は高い。 カダフィが君臨していた当時、リビアは輸出額の9割を原油が占め、原油の年間輸出額は422億ドルにも上っていた。そのオイルマネーは彼個人の懐にも蓄えられたが、全土にもばらまかれ、アフリカの発展に寄与していた。 モロッコを除くアフリカの全独立国が加盟する国家統合体「アフリカ連合」の予算は、その75%をカダフィが賄っており、アフリカ大陸の電話・テレビ・ラジオなど全体をローコストなネットワークで繋いだのも彼だった。2010年、カダフィは西側の影響力を一掃するために、複数の国に計970億ドルもの資金を援助した。コンゴ、スーダン、エチオピア、ソマリア、ガンビア、リベリア、ニジェール、チャド、中央アフリカ共和国、モーリタニアなどがその対象で、マリ共和国もその恩恵に与っていた。 マリのホテルやオフィスビル、テレビ局などにもカダフィの資金が入り、実質、中心部の発展を支えてきたとも言える。また、カダフィは安全保障上の軍用機2機を納めるなど、闘争に弱い政府軍を側面から支援していた。カダフィ亡き後、政府軍は北部トゥアレグ族との紛争に際して武器もなければ食糧もない。兵士たちは無力な政府に業を煮やし、3月21日、首都バマコにて軍事クーデターを起こした。 その後、マリは軍政から民政に復帰したが、浮き彫りになったのは、カダフィの影響力の大きさだった。マリ共和国の政府関係者は言う。 「クーデターを起こされたトゥーレ大統領は国防意識が欠如していた。マリの部族や派閥を抑え込むにはカダフィが必要だった。今、確実に言えることは、現在のマリの国内問題はリビア内戦の結果と深い関係があるということだ。」 カダフィは極端に欧米を敵視し、嫌悪していた。西側の論理からすれば、カダフィは民主主義と相容れない独裁者だった。 「欧米諸国は大きな誤りを犯した。結果として彼らは、イスラム過激派の勢力を拡大させることになった。カダフィはいつも言っていた。彼ら(欧米諸国)はいつか後悔するときが来る、と」・・・・・
イラクもフセインの圧政で安定を保ち、イスラム過激派を押さえていたという側面がある。アフガニスタンも米軍撤退後、タリバンの侵攻に耐えられるか疑問だ。要するにイスラム圏は圧政で抑えるか、イスラム原理主義者に政権を渡すか、二者択一になる。トルコのように世俗的で穏健なイスラム政権が安定した政治を執行している場合もある。しかし、チュニジアに始まったアラブの春の熱狂もエジプト・リビアとその結果を見ると、民主化とは程遠い。安定どころか、いたるところ、テロや内戦の勃発だ。
自由なネット社会が中東の親米独裁政権を弱体化し、アラブの春を牽引してきた。オバマ政権はムバラク政権に、軍事援助として年間13億ドルを与えつつ、インターネットへのアクセスは「普遍的な」価値であり言論の自由に並ぶ権利だとし、ムバラク大統領にインターネット遮断をやめるように要求していた。しかしながら、皮肉なことに「インターネットの自由」が、米国の中東支配の基盤、独裁政権を弱体化したと言える。自称「自由」の国アメリカが、「自由なネット」で拡がった民主化運動によって、パートナーを失ったと言う皮肉な結果だ。 欧米は、独裁政権が自分達に従順である限り、王政だろうが、軍事政権であろうが、支援してきた。反対に自分達に従順でない政権にたいしては、遠慮無く反政府勢力を支援し、軍事介入を行い、政権を転覆させた。ムバラク大統領など親欧米政権は、イスラエルと友好的に付き合い、イラクやイランに近寄らず、イラクやイランを攻撃するための米軍の駐留さえ許した。ムバラク政権を支持していたのは、エジプト国民ではなくアメリカだったと言える。
内戦で難民の大規模な流入が起きないよう、武力紛争に自らが関与して犠牲を出さないよう、地域の安定が目標とされた。そして、それを支えるためにはある程度の圧政や独裁、政権の腐敗は必要悪と見なされてきた。欧米の価値である人権や民主主義の大義名分は、中東外交においては口先で言及されつつ、安定という大義の前では無視されてきた。
アラブの春で煮え湯を飲まされた欧米の中東支配戦略は独裁政権支持に逆戻りしそうだ。これからは反米的な独裁政権すら支持されるかもしれない。独裁政権によって内戦こそすばやく鎮圧されるだろうが、テロはこれからも続く。石油の権益を獲得するにはテロのリスクと背中合わせであることを認識しなければならない。
自民党の石破幹事長は、アルジェリア日揮社員殺害事件を契機に、「今は邦人の輸送しかできず、救出はできない。相手国の主権を十分配慮しながら、憲法の許された範囲でどこまでできるか結論を出さないといけない」と発言した。この千載一遇のチャンスを捉えて、自衛隊法改正、あわよくば憲法改正につなげたいところだろう。
米英の特殊部隊でさえ手も足も出せなかったテロ実行犯からの、人質救出が可能なように要件を緩和する等とノウテンキな発言は失笑ものである。これで軍事オタクと言えるのか?
自衛隊法、憲法を改正したところで日本の自衛隊にできることはNATO、そして米軍の傘下で、テロ武装勢力掃討作戦に参加することくらいである。その結果は・・・・・日本もテロの標的になり、日本本土が狙われる・・・・原発燃料貯蔵プールに自爆テロを仕掛けられたら・・・・
アルカイダ勢力は欧米各国に対しての憎悪ほど、日本人への憎悪は激しくないと言われていたが、状況は変化しているのかもしれない。今回、フランス人の犠牲者は一人もなく、イギリスや日本人がターゲットになったのも腑に落ちない。9.11の陰謀説に鑑みて邪推してみると、北アフリカの利権闘争で、英仏米がアルカイダ的勢力を利用して、何らかの目的を達成しようと企てているのかもしれない。日本の憲法改正、集団的自衛権行使の地固めに、欧米諜報組織が企てた計画?(笑)まさかね・・・・シャビィな日本の軍事力を当てにするわけがない。