わんこのまりんが我が家にきて約半年が経とうとしています。
私自身まりんを迎えるまでわんことの生活は全く未経験であった為、
ワクチンを終えてすぐに訓練士の方からマンツーマンでしつけのレッスンに
来ていただいていました。
でもしばらくして飼い主の私自身がしつけ教室に入って陥りやすい穴に少々ぽっこり
はまってしまいました。
しつけすることにやっきになってしまったのです。
しつけも度を越してしまうと単なる飼い主のおしつけ・強制にすぎませんからね~。
とうとうまりんは最初とっても順調にいっていたしつけでしたが
反抗期に入ってしまい、わかっているのにやらない・・という状況に
なってきました。
私もすぐに「ああ・・・私ったらまたやっちゃってるよ~」とすぐに自分のいつもの
パターンだと気づいたので、いったんしつけ教室をお休みすることにしました。
「あ~あ~また一からかぁ・・・」と少々ため息ももれちゃったのですが、
「気長にいこうぜ~~」と自分とまりんに言いきかせながら、まりんのひとつひとつの
行動に躍起にならないように、好きなよう~にさせてあげる時間を持つことにしました。
そして一週間ほど前からお外も随分涼しくなったので、夏の間お休みしていた
グランドでのサッカー遊びを再開し、まりんとおもいっきりグランドを駆け回った後
もう一度一から訓練士の先生に教わったとおりにやりはじめました。
すると・・・あっさりとまりんは私の号令に従ってくれたのでした。
しつけ教室をお休みしている間、私がこれだけは根気よくやったのが
まりんとアイコンタクトをたくさんとること・・・。
「まり~ん」と呼びかけて、まりんがこちらを向くと言葉でいろいろ話さず、
心の中でたくさんまりんに言葉をかけるようにしていたのでした。
『まり~ん、いい子ね~。』『まり~ん、ありがとう~。』『まり~ん、大好きだよ~。』
こんな言葉を心の中でつぶやくだけでもきっと自然に目じりは下がっていたことでしょう。
そして今日とってもうれしい一場面に遭遇することができました。
まりんは多分ふつ~うのわんこだと思います。
めっちゃくちゃおりこうなわけでもなく、めっちゃくちゃやんちゃでもなく、
本当にふつ~だなぁ~と思うのですが、たったひとつ私の中で気がかかりな
ことがありました。
それはとってもとっても「怖がり」なのでした。
お散歩デビューした当時はいつもしっぽは内側にくるんと入りこんでいて極度の
緊張状態にあるようでした。
人とすれ違うとき、他のわんことすれ違うとき、特にすっごい勢いで反対方向に
ぐいぐいと逃げるのです。(これもふつうなのかなぁ~?)
それでも最近はようやく・・本当にようやくなんとか男の人以外はすれ違う時も
緊張せずに通れるようになりました。
私は決して他のわんこが前から来ても、人が歩いてきても他の道に変えたり・・と
いうことは極力しませんでした。
まりんには『大丈夫~大丈夫~』と心の中で声をかけながら鼻歌交じりですれ違うように
していたのでした。
なぜならまりんの気持ちは本当~~によくわかるからです。
今、私はアロマセラピーのお仕事を通して、たくさんの方と触れ合わせていただいています。
けれど、幼い頃からつい数年前までとてもとっても人見知りが強かったのです。
心を許せる家族や友人達の前では大はしゃぎできても、近所の人達や
また新しい出逢いがある時は極度に緊張したものでした。
挨拶もろくにできない子でした。
人と真正面から目をあわすこともできない人でした。
どこかで「人が怖い」という感覚がずっとありましたね。
でも不思議ですね・・・。
そんな私がアロマセラピーの仕事を通して初対面の方にカウンセリングさせて
いただいたり、トリートメントさせていただいたり、レッスンさせていただいたり
しているのですから・・・。
そして今や人と出会うということがこのうえなく幸せ~って思える私になっている
のですから・・。
私にもなが~い間、これを読んでくださっている皆様と同様ふつ~に反抗期が
ありましたしね。
親にうるさく言われれば言われるほど、心を閉ざした時期がふつ~にありました。
でも今は自分が親となり、親の立場、親の気持ちが痛いほど理解できる私に
なっております。
きっとマリンも同じなんだろうなぁ~って思います。
マリンにもなにか深い深い心の傷があるのかもしれません。
特に人間を極度に恐れるまりん・・・。(家族全員にはとっても心を許してくれています。)
まりんが自ら「人間は怖くないんだぁ~優しいだぁ~」って感じられるようになるまで・・
私は躍起にならずにそっとそっと見守ることに決めたのでした。
まりんに期待しないで・・無理に強制しないで・・そしてあきらめるのでもなく・・。
ただひたすらに、まりんに「その時」がくるまで待とう・・って思いました。
だってまりんは・・私の子ですもの・・。
きっとまりんも人間がだ~いすきって思える日がくると思います・・・。
そして今朝の散歩の途中ご近所のわんちゃん2匹と出会いました。
いつもなら怖がって怖がって威嚇するか、逃げようとするまりんでしたが、
今日はな~~んと自分から「あそぼ・・あそぼ・・」と寄っていって、
その2匹のわんちゃんの前でヘソ天までしてそれはそれは楽しそうに遊んで
いるではありませんかぁ~。信じられな~~い!!おかあちゃんはうれしぃ!
いつもと違う様子にその飼い主さんも「まりんちゃん、すごいやぁ~ん!!」
「女の子ってこんなになるのぉ?」って一緒に喜んでくださいました。
まりんが唯一今まで心を許した高齢のわんちゃんがご近所さんにいたのですが
つい先日癌で亡くなってしまい、それ以来まりんが他のわんちゃんと楽しく遊ぶ姿を
見ることがありませんでした。
でも今日、本当にそんな微笑ましい光景を見ることができて、朝からすごくすごく
うれしくて・・・うれしくて・・・。
今、まりんは私の横で白目をむいたこわ~い顔で安からな寝息を立てながら
気持ちよく眠っています。
ふふ・・・でも、私ももちろんできたママではありませんからね。
これを書き終えた直後から
「こらぁ!!!まりん!!やめなさ~~い!!やめんかぁ~~!!」
となる可能性大です。
またそれもよし・・。(*^-^*)ですね・・。
昨夜は寝床で美しく光るまんまるお月様の光に照らされて、
とっても幸せ気分で眠りにつきました。
今朝の朝日もまた素晴らしく、穏やかなオレンジ色の光に
包まれて、いつもの朝のウォーキングを楽しみました。
いやいやいや~~~人間というものは本当におもしろいですね。
同じことが目の前に起こってもとっても大らかな気持ちで「う~ん、OK~OK~よ~」
とかる~く流せることもあれば、
やたらイライラ~イライラ~・・・
どうしてじゃぁ~~なぜじゃぁ~~どうしてこうなるのじゃぁ~~
とむしょうに腹が立ってしまう時もありますよね。
実は一昨日の私は後者のほうになっておりました。
人がイライラする時っていうのは大抵「物事が思い通りならない時」ですよね。
そう・・・それは自分以外の人や物事に「期待」している時なのです。
その期待どおりに物事が進まないからイライラ~~はつのるばかり・・・。
ほんと出来事は大したことでもなんでもないのだけど、
イライラモードの中に浸ってしまうとどんどん自分の身体が元気を
失っていくのがわかるのです。
ですから私の場合まずは、
「ああ・・私今イライラしてる~。」としっかり気づくんですね。
そして「そっかぁ~私、今エネルギー落ちてるんだぁ~」と一人ふむふむと納得。
おもむろに精油の棚からグレープフルーツの瓶を開け鼻の下をす~~っと
何度か通して深い呼吸を繰り返す。
そしてじゃじゃ~ん!!
精油の王道「ジャスミン様」をティッシュに2滴~3滴ほど
垂らしてお胸にそっとしのばせます。
胸の温かさが芳香器の代わりをしてくれてそこからなんともいえない
ジャスミンの高貴で優しい香りが疲れた心を瞬時に解きほぐしてくれるのでした。
「あ~~幸せ~~。」(うっとりんこ)
しばらくそのジャスミンの香に包まれていると・・・
「そうよね~そうだよね~人に期待するほど、疲れることってないよね~~。」
「だって人は自分の思い通りにならなくて当然。」
「私のがんばりは私が認めてあげればいいわぁ~。」
「人から優しい言葉や思いやりの言葉をかけられなくても自分で
かけてあげればいいんだよなぁ~。」
「のりこぉ~がんばってるよ~。」
「よくやってるや~~ん。」
「う~ん、あたはエライ!」(よしよしと自分で頭をなでる。)
あらあらあら~~~あのイライラモードはどこいったぁ~?
なんだか今日の青い空の色にも助けられながらどんどん気持ちが
元気になってくる。
しらずしらずスキップまでしている。
しらずしらず微笑んでる。
なにも「事態」は変わっていない、、、。
ただそっとグレープフルーツとジャスミンの香を嗅いで数分、深い呼吸を
繰り返しただけ。
なのに、私の気分は一昨日から引きずっていたイライラモードから急展開。
やっぱり「ジャスミンLOVE・・。ジャスミンちゃん、ありがとう。」
ほんと、人間って単純。
そして植物の癒しのエネルギーにまた感謝。
こうやって日々自然界の景色や精油、クリスタルにいっぱいサポート
してもらって生きられること・・・本当に幸せ。
人はきっと長い長い歴史の中で、私のようにたくさん自然界からの
恩恵を受けながら、励まされながら共に生きてきたんだろうなぁ~。
今日も我が家は家中優しい精油の香りが漂っています。
そしてそして・・・てんてんといえばやっぱり仕上げはこの香り・・。
只今、午後の幸せティータイム。
大のお気に入り○川珈琲の「スペシャルマイルドブラック」
の豆をミルで挽いてあ~~幸せの一杯。おいし(ハートマーク)
人はなぜ重いとわかっていながらも鉄の鎧を着て生きてしまうのだろう。
それは人間なら誰もが心に深い傷を負っているからだ。
傷を負っていない人なんて誰一人ない。
その傷があまりにも深すぎて・・・あまりにも痛かったから・・・
もうこれ以上傷つきたくない・・・辛い想いをしたくない・・・
そうやって人は自らの意志で他から自分を守るために
重い重い鎧を着るのだった。
ある人は、他との関わりを避け
ある人は、心を真に開かず
ある人は自分の肩書きや立場を利用して立場が弱い人達に
傲慢に上からものを言ったり、威張ったり、見下したり、
とにかくそうやって誰にも自分をこれ以上傷つけることができない
ように傷つけられる前に重い鎧で自分を防御するのだった。
あまりにもその鎧は重く、肩や背中や頭がいつも痛いし重苦しい。
あまりにも長く着続けている人達は鎧の重さに耐えかねるように
身体のあちこちに支障をきたし始める。
それでも・・そんなに身体が辛くてもなかなか人はそれを脱ごうとしない。
この私もかつてはこんな重たい重たいかなりの分厚さの鎧を着て
生きていたことがある。
そしてとうとう頭痛や肩こりを通り越して他の身体の部分まで病ますことに
なった。その身体の痛みははんぱではなかった。
そしてその時、はじめて私は・・私自身の意志で
「この鎧をぬぎたい!」と思った。
でも最初はあまりにもその鎧に長く慣れ親しんできたので、、、重い鎧のはずなのに
身体は完全に麻痺してしまい、鎧を着た自分自身が普通の状態だったので
どうやって脱いだらいいのかさえわからなかった。
でもとにかく「脱ぎたい!」そう強く強く思ったのだった。
そう・・鎧は誰に着せられたのでもない。
自分自身で着ることを選択したのだ。
だからこそ、その鎧は自分自身でしか決してぬぐことはできないのだった。
「鎧をぬぎたい」と強く思うようになってから私自身の身の上に次々に
いろんな出来事が起こりはじめた。
それはできれば・・できれば・・誰にも知られず隠しておきたかったことだった。
できれば・・こんな私を誰にも見せたくはなかった・・。
恥ずかしい・・・恥ずかしくてたまらない・・・。
こんなに自分がちっぽけで、マイナスだらけで、心にいっぱい闇を
持っていることを誰にも知られたくなかった。
でも・・・私は「鎧をぬぎたい」と強く強く強く思ったのだった。
私はその時一人ではなかった。
きっと一人だったら絶対にぬぐことはできなかっただろう。
恐怖で奮えがきた。
こんな自分を知られたら周りのみんなにどんな風に思われるだろう。
私は一人ぼっちになってしまうかもしれない。
でも・・・まずは夫がそっと優しく言ってくれた。
「どんな君も見捨てないよ。他の人がどんなふうに言おうと。
俺は君を見捨てない。」
「自分に嘘をつくな。そして君の大切な人の前でも嘘をつくな。」と・・。
そしてもう一人・・私の大切な親友もまた夫と同じ言葉を伝えてくれた。
「そうだよ・・私もどんなあなたでも大好きだよ。例え他の人がなんと言おうとね。」
「私はずっと友達だよ。」
ひたすらにひたすらに涙が溢れた。
そして私はこの2人の温かな愛に支えられて、30数年間慣れ親しんで
着続けてきた鎧を脱ぐ決心をした。
そして私のずっと触れられたくなかった傷を勇気をだしてさらけだした。
たくさんの人に見下される・・。
たくさんの人からの信用を失う・・。
怖くてたまらなかった・・・。
でも・・・・でも・・・・目を疑うような光景がそこに飛び込んできた。
たくさんの友人達、仲間達から続々とメールが届いた。
「辛かったね・・・。本当に辛かったね。」
おもいやりのメールがひっきりなしに届いたのだった。
もちろんその中には厳しいものもあった。
それでも私はその厳しいメールさえもなぜかとてもありがたい・・・と思った。
避難の言葉であったとしてもこうやって関わってくださることが、、、
厳しいことを言ってくださることがありがたいと正直思ったのだった。
なぜならそのように書いていただいて当然の私だったからだ。
無視されるより、こうやって厳しい言葉でも書いてくださることが
その時の私は本当にありがたい・・と思ったのだった。
ずっとずっと「人は信頼できない。」と思って生きてきた。
「必ず人は裏切るものだ」と・・・。
「永遠」なんてないのだと・・・。
純粋に生きるとばかを見るのだと・・・。
そうやって私は自分を偽り、自分のありのままを隠すため、
弱い自分を隠すため、かなり幼い頃に鉄の鎧を着ていきる選択を
したのだった。
でもちがった・・・・。
どうしてみんなこんなに優しいの?
どうしてみんなこんなに暖かいの?
それは、実はそんな優しい人達、暖かい人達はみな、
かつての私のように鎧を着た人生を送ってきた人達ばかりだった。
そして私より一足お先に自らの手で鎧を脱いだ人達ばかりだった。
そして私と同じように深い深い傷をかつて心にも魂にも負っていた
人達ばかりだった。
鎧を脱いだ私は本当にあまりにもちっぽけで、見ていられないくらい
ひょろんひょろんだったけれど、妙に可愛かった。
それまでライオンかチーターか・・というキツイ目をしていた私の目が
うさぎちゃんかコアラちゃんのようにつぶらになっていた。
確かに現象レベルでは失ったものは大きかった。
それは「信頼」というものだった。
けれど、それと同時に私は何も失っていないことにも気がついた。
多くの信頼と自分を守るための鎧はなくなってしまったけど、
私の胸の中に確かに暖かく元気に鼓動を打つものがある。
そう・・・それは私自身の魂だった。
そして夫や友人達の温かな心が傍にいてくれた。
何度でもやりなおせる。
何度でも気づいたときから人はゼロからスタートできるのだった。
そして今、私には人に知られたくないことはなにもない。
隠しておきたいということもなにもない。
いえ・・隠したくてもどうもそれ以来私は隠しておけない人になってしまったようだ。
全部自分で言ってしまうんだからしょうがない。(笑)
どうしてこんな風になれたのだろう・・。
それはやっぱり、深く深く傷を負っているのは私だけではなく
人は誰もが深く傷を持っているのだということに気づけたから・・。
みんなみ~~んな同じなのだから自分を守る鎧は必要ないのだと・・。
自分の傷を優しく見てあげられる人は本当に優しい。
自分の傷に暖かく触れてあげられる人は本当に暖かい。
私だけが特別に傷ついているのだと、被害妄想の中にいたあの頃・・。
でもまたその経験も私の愛しい傷だった。
そして今はあの重かった鉄の鎧にさえも深く感謝の想いが湧いてくる。
なぜならあの頃の私はあの鎧がなければ生きていられなかっただろう。
あまりにも弱すぎた私だから・・。あの鎧があったからこそ生き続けられられた。
でも今の私にそれは必要なくなった。
そして私は心から長くお世話になった鉄の鎧ちゃんに深く頭をさげ、
「ありがとう、本当にありがとうね。」と別れを告げた。
頭痛も・・肩こりも・・本当になくなった。
だって自分を誇示するための鎧を着ていないのだから
それはあたりまえなのだった。
私の周りにはまだまだかつての私のように重い鉄の鎧を着て
生きていらっしゃる方がたくさんいらっしゃる。
もちろん以前より厚さが薄くなってきた方もいらしゃる。
私にはその方達の鎧を脱がせてさしあげることはできない。
又、必死で脱がそうとすればするほどその方達は更に頑丈に
鍵をかけてしまわれる。
私はなにもしてさしあげられることはできないけれど、
かつて重い鎧を着てた者として・・・同士として・・・
「その方がいつの日か自らの手で脱ぎたいと思える日がきますように・・。」
とただただ願わせていただくだけです。
「鎧を脱ぎたい・・・。」
そう思えたのなら、そっと静かに周りを見渡してみて・・。
確かに鎧は自分でぬがなければならないのだけど、、、
一人だったらとても怖くて「無理」って思ってしまうけれど、、、
必ず必ずとても近くにそっと優しく温かく
「大丈夫だよ。」「どんなあなたでも大好きだから」
とサポートしてくれる人がいるはずだから。
ただただその人の手を素直にとって、、、素直に借りて・・・
勇気を出すだけ。
秋の透き通るように澄んだ心地よい風が
ボロボロに痛んだ心も身体も優しく包んで癒してくれることだろう。
わ~いわ~い、やった~~!!
阪神とうとう首位ですよ!
すごいすご~い!すごすぎ~~!
やっぱり阪神ががんばってくれると関西人は燃えますなぁ~。
なんか関西の地の温度が一気に3度くらいあがったんとちゃうかなぁ?
いやぁ~これはいきますよ。絶対今年は阪神優勝ですよ。
わたしゃ霊能師でも預言者でもないですけど、
なんかものすごくそんな気がしますわ。
それでも、3位までのゲーム差は1ゲーム差とだんご状態ですからね。
しばらく野球中継に釘付けてんてんになりそうです。
それともうひとつのわ~いわ~いは、
先日アロマの関西仲間であるTちゃんがご主人の転勤で海外に
引っ越していかれたのですが、今日そのTちゃんからメールをもらって
「是非スカイプ」というのをダウンロードをしてほしいということでした。
スカイプってみなさん知ってはります?
私は初めて聴きました。
どうやらそのスカイプというのをダウンロードし、ガイダンスに従って
アカウントやパスワードを入力して設定すると日本全国、いえ海外まで
PCの電話回線を通じて無料通話ができるそうなのです。
「へぇ゛~~?へぇ゛~~?」(←こだまひびき風で読んでください。)
でもこんなお得なことはすぐに試してみたくなるのがてんてんですので
早速ヤフーで「スカイプ」と検索してダウンロードしてみました。(ほんと簡単ですよ)
そして同時にこれまた大阪のアロマ仲間のKちゃんもスカイプをダウンロード
したそうなのですぐに通話を試みました。
確かに繋がっているようなのですが、相手の声もなにも聞こえない。
私は必死でPCのデスクトップやハードの穴という穴にむかって
「もしも~し」とやってみたけれど、結局だめでした。
そしたら私のPCではヘッドセットが必要だったみたいです。
これまた明日まで待てないてんてんは桂坂のすぐ下にあるPCデポに
車を走らせ、ヘッドセットをGET!
ちゃんと「スカイプ対応ヘッドセット」というのが売ってました。
(ちなみにお値段は997円です。)
そしてKちゃんのところへ再チャレンジ!
繋がりました~繋がりました~大感動~!!
ふつうの携帯電話よりもクリアに聴こえるかも!
その後、別の仲間のMちゃんも早速ダウンロードしたみたいで、、、
彼女のところはヘッドセットとか全くなしで、PCに向かってしゃべってるそうです。
そして私の声もちゃんとPCのスピーカーから聞こえているようです。
私もマイクだけセットしたらヘッドホンをつけなくてもちゃんと会話できました。
このスカイプは会議機能もあって、9名までの同時通話もできるようです。
さて、今度はその海外の友達Tちゃんとどこまでクリアに話せるかですね。
「ただ」ほど怖いものはないですけど、やっぱり「ただ」はうれしいです。うふ。
これで、海外や遠方の友達とも思う存分話しができるぞぉ~♪
わ~いわ~い♪
皆様も興味があったらほんとにすごく簡単にできるのでダウンロードして
お友達と秋の夜長のおしゃべりを楽しまれてくださいね。
ちなみにカメラも購入するとテレビ電話のように話せるそうです。
お値段も2,000円くらいだそうですよ。
あ~~楽しい時代に生まれたもんだなぁ~としみじみしています。
いろいろ今大変な世の中だけど、、、でもこうやって楽しいこともいっぱい!
昔はドラえもんだけの世界だったようなことが実現してるのですから・・・
やっぱりありがたいですよね~。
うわぁ~これを打ってる最中に、海外のTちゃんからスカイプコールがきました。
すっごく音声もクリアです!そして大阪のKちゃん、大阪のMちゃんと加わって
4者通話しました~。楽しすぎぃ~。(ごめんね。一人で盛り上がって)
海を越えた遥か遠くにいるのに、こんなにすぐ近くにいるように話せるなんて・・
しかも何度も繰り返して申し訳ないですが、「ただ」です。
またまた世界が広がったわぁ~。
楽しい、楽しい9月の夜でした。
あ・・ちなみに今、話してわかたったのですが、やっぱりヘッドセットがあったほうが
音声がクリアに聞こえるようです。スカイプをお試しになりたい方は電器店で
ヘッドセットを購入されてからされることをお薦めしま~す。
ではおやすみなさい。
今、「女性の品格」という本がベストセラーとなっているようですね。
私も本屋さんの前をとおりかかった時、何度かちらっちらっと立ち読み
させていただきました。
目次を読んでいるだけで「ふむふむ・・ふむふむ・・」と深く納得することばかりなので
とうとう先日買ってしまいました。
その中で、私が一番女性に品格を感じる項目は
「独りのときを美しくすごす」
という項目でした。
人は誰しも「人に見られている」という意識があるときは、丁寧なふるまいや
言葉遣い、やさしい表情、または品のある装いができるのは当然といえば当然ですよね。
でも独りっきりになったとき・・誰にも見られていないときはたして同じように
できているでしょうか?
私はお恥ずかしながらまだまだ・・まだまだ・・なところがいっぱいで
ございます。はい、、、。
でも少しづつではありますが、こっそり努力中でござりましゅる。
ちょうど昨日、アロマ基本課の生徒さんのトリートメントのレッスンでお話させて
いただいたところでした。
トリートメントの手技というのは誰でもある程度練習すれば上達いたします。
けれど、練習だけでは決して手にできないものがあります。
それは施術者の溢れ出る優しい表情なのです。
手技がとても上手なアロマセラピストさんはたくさんいらっしゃいます。
けれど、私がレッスンで手技と同じくらい、、、いえちょっぴりそれ以上に
しっかり見させていただくのが、施術者の表情なのです。
私達アロマセラピストは生徒さんやお友達や家族に施術をさせて
いただくこともございますが、全く今まで面識もない方の大切な肌に
触れさせていただく機会もたくさんございます。
トリートメントルームは実際お仕事の場合、クライアントと施術者の2人きりの
空間となります。
クライアントは背中の施術の際にはうつ伏せになっていらっしゃいますし、
デコルテやお腹の施術中も静かに目を閉じて眠っていらっしゃる方が
ほとんどです。
誰も施術者の姿を施術中にみることはありません。
けれどその施術者が、初めてお会いしたクライアントであったとしても
出会いに心から感謝し、その方に心からの敬意をはらい、この方が
深く癒されますように・・幸せになりますようにと深く願う気持ちが
自然と溢れるのであればおのずと施術者のお顔はとてもとても
優しさに満ちたお顔になります。
この出会いがうれしくてうれしくてたまらない・・・。
その喜びの気持ちが表情となって全身から溢れ出るのです。
クライアントを見るまなざしも、手からでるエネルギーも、又そのお部屋全体が
ふわふわとした優しさ色に染まるのでした。
時々、手技はとてもお上手なのですがこわ~~いお顔でトリートメントされている
生徒さんには少しだけ上記のようなお話しをさせていただきます。
クライアントはうつ伏せになっていても目を閉じていても、そのようなこわ~い
表情でトリートメントされていることをなにかしらエネルギーとして感じてしまわれる
ようです。
また自分のことを本当に大切に思い、優しい気持ちでトリートメントされている
こともしっかりと感じとってくださるようです。
このように誰にも見られていなくても、自然に優しいふるまいができたり、
また誰にも知られることがなくてもそっと誰かの幸せを願ったり、
誰にも見られていなくてもさりげなくそっと思いやりの行動ができたりする
女性って本当に美しいなぁ~って思います。
さて私はどうかしら?
私はどのような表情でトリートメントさせていただいているのでしょう?
隠しビデオとかで撮っていただけるのであれば一度見てみたいものです。
決して人が見ていないところで足で扇風機のスイッチをきったり、
足で扉を閉めたりなんて、決して決してしておりませんよ~。
生徒さんやクライアントさんの前では優しい声でお話をし、
家族の前ではドラ声を思わずだしてしまうなんて・・決してありえませんよ~。(ヒクヒク)
ありえませんてば・・。(しつこい)
私も12月で40歳・・。素敵なお年頃です。
少しづつ品のある女性になっていきたいものです。
誰のためでもなく、私自身が一番喜ぶ生き方のように思います。
「先生・・私・・今すごくいい感じなんです。」
幸せそうに真っ赤な頬をして少し涙をうるませながら微笑む彼女。
「夫がね・・この間の休日、一度も怒らなかったんですよ。イライラしなかったんです。」
「他の人にしたらこんなことあたりまえのことなのかもしれないけれど、それでも
私にとってはこんなあたりまえのような1日がほんまにほんまに幸せやったんです。」
ジ~~~ンときた。
いっぱいいっぱいいっぱい涙を流してきた彼女だったから・・。
あんなにうれしそうな顔をして幸せの報告をしてくださることが本当にうれしかった。
私まで幸せのおすそ分けをいただいた。
何気ない日常。
それはあたりまえのようであって決してあたりあたりまえではない。
きっと私達の周りは気づいていないだけで幸せなことがてんこもりなのでしょうね。
今日も私の心の中にたくさんの幸せの風が吹きました。
○さん本当によかったね。ありがとう。
あ゛~~~情けない・・。
自分の至らなさがなんとも情けなくて
せつないほどに秋風が身に染みて・・
お尻の穴まできゅぅ~~っとちぢこまるほど
情けなさくなってしまうことがある。
いつまでも自分の情けなさにうっとり浸っていると更に情けな顔になる。
自分の情けなさにうっとりしてる場合やない。
「だってしょうがないやん。」「実際情けないんやさかい。」
もう一人の私が言う。
『そっかぁぁ・・そっかそっかそっかぁ・・・。
そうやんなぁぁぁ~。ほんまに情けないんやもん。しょうがないよなぁ・・。』(納得)
どんだけ情けない自分を嘆いても、お尻の穴がきゅぅ~ってなっても
せつない秋風に吹かれてペロンペロンのペランペランになっても
ほんまに情けないんやから・・・・
また情けなくない生き方をしていく以外他に方法はあらへんな。
それだけやんな。
ごめんやっしゃ。