明日の葉っぱ(8×8)=69

思いつくまま 気のむくまま書いてます。

窓ガラス 研ナオコ

2020-05-17 14:33:00 | 僕の音楽日記
1978年7月10日発売
作詞 作曲 中島みゆき
「窓ガラス」
あの人の友だちがすまなそうに話す
あいつから見せられた彼女というのが
つまらない女でとつらそうに話す
知ってるよとあたしは笑ってみせる
※それよりも雨雲が気にかかるふりで
あたしは窓のガラスで涙とめる
ふられてもふられても仕方ないけれど
そんなに嫌わなくていいじゃないの※

気を抜いて友だちはついしゃべり過ぎる
あの人が町を出るわけまでもしゃべる
あたしとすれ違うと不愉快になると
知らなくていいことを教えすぎる
※それよりも雨雲が気にかかるふりで
あたしは窓のガラスで涙とめる
ふられてもふられても仕方ないけれど
そんなに嫌わなくていいじゃないの※
研ナオコさんが歌うことでフィルターがかかって
中島みゆきさんの熱を直接的に受けずに済んだ
この歌のもつエネルギーが
凄まじく
女性の負のエネルギーが詩の行間から滲み出てくるのを感じる。
サラリと歌うことで
流してしまうべき悲しみ
気に留めないようにするべき哀しみ。
雨雲を気にするそぶりで受け流してる
その女性の表面には決して見せない悲しみ、怒りにも似た悲しみ
怨念に変わる手前の悲しみ
それを鎮められるか
それを溜めたままで生きるのか
女性の受けた悲しみの表面温度は測れるものでない。
この歌の凄さは
短い言葉で情景を浮かばせて
尚且つ歌を聴いてる時は少しずつ染み出してくるように仕掛けされた
女性の悲しみを伝えながら
改めて詩に目を通した時に
絶句するような
深い悲しみの心情の女性の姿を知るところなのだ
作り手の思い、
作品、歌い手それぞれが見事に噛み合って織りなすクオリティの高さは当時
ベスト10番組であまりにも軽く聞き流される風潮にもあり
深く味わいのある歌だという認識から漏れてしまっていた。

研ナオコさんの歌として中島みゆきさんの手から離れたがゆえ自らのセルフカバーは90年以降でないとcoverしなかった
この歌
中島みゆきさん本人が歌うと悲しみが倍加する
歌になってしまう作品でもあったのかもしれない。
二番の歌詞が秀逸だ。
♪気を抜いて友達はついしゃべりすぎる
〜知らなくていいことを教えすぎる
そこまで追い討ちをかけるような事まで
話さなくても…
デリカシーのない輩があの時代たくさん
いたことは確かだ。だから
この歌は日常的な出来事の一コマの切り落としだったし、
「はっ!」とさせられる
詩の内容でもある。
女性の強がりは…
ふられた悲しみに上乗せされる
知りたくもない無神経に聞かさせる
彼氏からの情報。

何も言わないで振ってくれれば
深くないのに
知らなくていい事…

知ったかぶりの友人は鼻高々で情報通を悲しみをダメ押すことを知らないで喋る

強がりを見せる女性の仕草は違うことへの意識。
雨が降る
そして…
窓ガラスに流れるのは
雨粒ではなく
女性の涙なのだから

女性のプライドのシールドが
最後の盾が
窓ガラスにして
悲しみを堰き止める。

研ナオコwith THE ALFEE としてクレジットされ
バックで演奏とコーラスを展開していた
売れる前のアルフィーの3人。
同じ事務所の研ナオコさんのコンサートでもバックをつとめていた
苦労人のアルフィー。

中島みゆきさんの凄さを体感できる
作品。











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2 コメント

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Unknown (aoi-tuki-no-waruz)
2020-05-18 17:36:17
KT Jacksonさん😊コメントありがとうございます。
歌にする、歌になる
歌詞は日常的に使われてる言葉だったり、情景を思い浮かばせる言葉だったり
その時々的確な言葉というものが必ずありますよね。
いつも思うのですが、中島みゆきさんにしても、ユーミンにしても
女性の心、気持ちの言葉
を歌詞に投影できる人なんだなぁと思うのです。
だからプロなんでしょうが🤣🤣🤣
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Unknown (KT Jackson )
2020-05-18 13:32:06
記事を先に読んで、曲を聴いてみて、
さらに記事を読み返すと、
この曲の世界観グッと深まりました。
情景がありありと目に浮かびますね。

ガラス窓に流れるのは〜、から
悲しみを堰き止める。
ここに胸が詰まりました😢

aoi-tuki-no-waruzさんが紡ぐ文章もまた
情景がありありと目に浮かびます。
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