岩崎俊夫「情報環境の変容と社会統計学の課題-データ・社会統計・経済理論-」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編著『社会の変化と統計情報』2009年,北海道大学出版会(『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年,所収)
筆者は本稿の課題を,「数理統計学研究の体系的受容」という事態に直面していた執筆当時の社会統計学の現状について,そうした状況を招来した契機を問い,今後の方向を探ること,としている。より具体的には,環境整備が著しく進んだ高度情報化社会の実状を確認し,社会統計学の成果がそれを享受しながら積み上げられる一方で,統計指標や統計分析の基礎におかれるべき経済理論が蔑ろにされているので,それらについて例をあげて示すことである。この検討を踏まえ,社会統計学の今後の課題が試論的に列挙されている。
筆者は最初に4点の問題点を指摘し,本論の理解の一助としている。第一に科学的方法論としての公理論,あるいは公理主義に対する検討が不十分であること,第二に統計ないし統計指標の土台とされるべき経済理論に対する関心が失われていること,第三に社会統計学を支える社会科学の理論が脆弱になったこと(社会科学の理論にもとづく既存の統計の批判的組み替え,加工の後退,国民生活を守る観点からの研究の不足),第四にそれらの対極で統計データの処理に専念する技術的研究が増加したこと,である。
構成は次のとりである。「1.情報環境の変容と『データ』理論:(1)情報環境の変容,(2)『データ』理論の展開,(3)『データ』と社会統計学の課題」「2.経済理論への関心の後退-価格指数論を例に-:(1)価格指数論プロパーの展開,(2)デフレータ・連鎖指数・ディビジア指数」「3.経済理論とモデルの切断-連関分析を例に-:(1)CGE(Computable General Equilibrium)モデル,(2)産業連関の経済論,(3)経済理論と分析手法の切断」
各節の内容はおおむね以下のようである。第一節では,現実の情報環境の変化の実態(「統計行政の新中・長期構想」[2003],統計法の全部改訂[2007],総務省による「統計調査等業務の最適化」)が整理,要約されている。また,ミクロデータ分析,パネルデータ分析,データマイニングに象徴される「データ」理論の新しい動きが示されている。この説では「統計」を「統計データ」としてクローズアップする風潮の問題点が指摘され,それらの同一視ないし用語の置き換えには一見些細ではあるが看過できない問題点がある,との指摘がなされている。
第二節では,統計学の研究が「データ」にもとづく統計計算にシフトしていくとともに,経済理論への関心が弱まっていることへの懸念が表明されている。そのことの具体例として。統計プロパーの分野で議論が比較的活発な価格指数論が取り上げられ,そこでの問題の所在,背景にある理論展開が検討されている。GDPデフレータが従来の固定基準方式から連鎖方式の採用に変更(当面は併用)され,この連鎖方式による指数がディビジア指数とつながりがあること,価格指数に品質変化の要因をどのように反映するかが焦眉のテーマになっていること(ヘドニック・アプローチとの関係でも議論されてきた),こうした重要な論点が取り上げられている。筆者はまた,価格指数と連鎖方式との関係が指数論の歴史とともに古く,連鎖指数の発想をマーシャルまで遡ることができると指摘している。
第三節では,産業連関論,産業連関分析の例を取り上げ,社会統計学によるこの経済理論と分析手法の評価の変遷が跡づけられている。産業連関論,産業連関分析に対しては,従来,社会統計学者が批判的論点を提起し,種々の視点からその意義と限界とが検討された。近年では全国,地域の産業連関表のデータを容易に入手でき,連関分析が手許のパソコンで可能になったこともあり,統計計算が優先され,その計算の理論的基礎に立ち返った批判的研究は影を潜めている。並行して,産業連関論,産業連関分析を,それらがもともと立脚していた経済理論と切り離して活用する研究がいくつかある。「民主的計画化」の波及効果分析を連関分析で計算する試み,またマルクス経済学の基本概念である剰余価値率の計算に連関分析を援用するケース(泉方式)がこれである。問題は連関論,連関分析とそれらが拠ってたつ経済学の理論とを「切断」し,研究者の姿勢,立場によって数理的分析手法そのものに意味を付与できるとする考え方である。この考え方は,手法そのものの中立性の主張に他ならない。この研究姿勢は,分析作業の焦点を専らデータ処理の計算とそのテクニカルな検討と改善に絞る方向の示唆である。現に,社会統計学の分野での連関表の利用の仕方は,その道を進んでいる。
変容が著しい情報環境を背景に,連関論プロパーも価格指数論プロパーも自らが拠る経済理論の展開(CGE[Computable General Equilibrium]モデルなど)とともに分析と指標の構築を行っている。
本稿の結論部分で筆者は,社会統計学の発展は数理統計学研究の受容にではなく,その理論的方法論的基礎に立ち返った内在的批判とともに,独自の経済学の諸範疇の体系に照応した統計指標体系の構築を目指すことに将来の展望を定めるべきであ,と強調している。
この方向はかつて是永純弘によって執筆された「経済学研究における数学利用の基礎的諸条件の研究」(1962年)で示されたものである。是永は絶筆となった「経済研究における統計利用の基本問題」でも「実質科学たる経済学の研究のために・・・,多種多様な統計の体系的利用と,統計以外の量的ないしは質的な諸情報との有機的連関のもとで,統計利用の固有の体系を確立することこそが今後の社会統計学の担うべき主要課題の一つになろう」と書いている。統計指標体系の構築に向けた議論は,筆者も含めた社会統計学研究者の共通の課題である。
筆者は本稿の課題を,「数理統計学研究の体系的受容」という事態に直面していた執筆当時の社会統計学の現状について,そうした状況を招来した契機を問い,今後の方向を探ること,としている。より具体的には,環境整備が著しく進んだ高度情報化社会の実状を確認し,社会統計学の成果がそれを享受しながら積み上げられる一方で,統計指標や統計分析の基礎におかれるべき経済理論が蔑ろにされているので,それらについて例をあげて示すことである。この検討を踏まえ,社会統計学の今後の課題が試論的に列挙されている。
筆者は最初に4点の問題点を指摘し,本論の理解の一助としている。第一に科学的方法論としての公理論,あるいは公理主義に対する検討が不十分であること,第二に統計ないし統計指標の土台とされるべき経済理論に対する関心が失われていること,第三に社会統計学を支える社会科学の理論が脆弱になったこと(社会科学の理論にもとづく既存の統計の批判的組み替え,加工の後退,国民生活を守る観点からの研究の不足),第四にそれらの対極で統計データの処理に専念する技術的研究が増加したこと,である。
構成は次のとりである。「1.情報環境の変容と『データ』理論:(1)情報環境の変容,(2)『データ』理論の展開,(3)『データ』と社会統計学の課題」「2.経済理論への関心の後退-価格指数論を例に-:(1)価格指数論プロパーの展開,(2)デフレータ・連鎖指数・ディビジア指数」「3.経済理論とモデルの切断-連関分析を例に-:(1)CGE(Computable General Equilibrium)モデル,(2)産業連関の経済論,(3)経済理論と分析手法の切断」
各節の内容はおおむね以下のようである。第一節では,現実の情報環境の変化の実態(「統計行政の新中・長期構想」[2003],統計法の全部改訂[2007],総務省による「統計調査等業務の最適化」)が整理,要約されている。また,ミクロデータ分析,パネルデータ分析,データマイニングに象徴される「データ」理論の新しい動きが示されている。この説では「統計」を「統計データ」としてクローズアップする風潮の問題点が指摘され,それらの同一視ないし用語の置き換えには一見些細ではあるが看過できない問題点がある,との指摘がなされている。
第二節では,統計学の研究が「データ」にもとづく統計計算にシフトしていくとともに,経済理論への関心が弱まっていることへの懸念が表明されている。そのことの具体例として。統計プロパーの分野で議論が比較的活発な価格指数論が取り上げられ,そこでの問題の所在,背景にある理論展開が検討されている。GDPデフレータが従来の固定基準方式から連鎖方式の採用に変更(当面は併用)され,この連鎖方式による指数がディビジア指数とつながりがあること,価格指数に品質変化の要因をどのように反映するかが焦眉のテーマになっていること(ヘドニック・アプローチとの関係でも議論されてきた),こうした重要な論点が取り上げられている。筆者はまた,価格指数と連鎖方式との関係が指数論の歴史とともに古く,連鎖指数の発想をマーシャルまで遡ることができると指摘している。
第三節では,産業連関論,産業連関分析の例を取り上げ,社会統計学によるこの経済理論と分析手法の評価の変遷が跡づけられている。産業連関論,産業連関分析に対しては,従来,社会統計学者が批判的論点を提起し,種々の視点からその意義と限界とが検討された。近年では全国,地域の産業連関表のデータを容易に入手でき,連関分析が手許のパソコンで可能になったこともあり,統計計算が優先され,その計算の理論的基礎に立ち返った批判的研究は影を潜めている。並行して,産業連関論,産業連関分析を,それらがもともと立脚していた経済理論と切り離して活用する研究がいくつかある。「民主的計画化」の波及効果分析を連関分析で計算する試み,またマルクス経済学の基本概念である剰余価値率の計算に連関分析を援用するケース(泉方式)がこれである。問題は連関論,連関分析とそれらが拠ってたつ経済学の理論とを「切断」し,研究者の姿勢,立場によって数理的分析手法そのものに意味を付与できるとする考え方である。この考え方は,手法そのものの中立性の主張に他ならない。この研究姿勢は,分析作業の焦点を専らデータ処理の計算とそのテクニカルな検討と改善に絞る方向の示唆である。現に,社会統計学の分野での連関表の利用の仕方は,その道を進んでいる。
変容が著しい情報環境を背景に,連関論プロパーも価格指数論プロパーも自らが拠る経済理論の展開(CGE[Computable General Equilibrium]モデルなど)とともに分析と指標の構築を行っている。
本稿の結論部分で筆者は,社会統計学の発展は数理統計学研究の受容にではなく,その理論的方法論的基礎に立ち返った内在的批判とともに,独自の経済学の諸範疇の体系に照応した統計指標体系の構築を目指すことに将来の展望を定めるべきであ,と強調している。
この方向はかつて是永純弘によって執筆された「経済学研究における数学利用の基礎的諸条件の研究」(1962年)で示されたものである。是永は絶筆となった「経済研究における統計利用の基本問題」でも「実質科学たる経済学の研究のために・・・,多種多様な統計の体系的利用と,統計以外の量的ないしは質的な諸情報との有機的連関のもとで,統計利用の固有の体系を確立することこそが今後の社会統計学の担うべき主要課題の一つになろう」と書いている。統計指標体系の構築に向けた議論は,筆者も含めた社会統計学研究者の共通の課題である。
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