社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

杉森滉一「エスニシティ統計調査の二重性-測定する活動と区別する実践」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編『社会の変化と統計情報(現代社会と統計Ⅰ)』北海道大学出版会, 2009年

2016-10-09 19:47:13 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
杉森滉一「エスニシティ統計調査の二重性-測定する活動と区別する実践」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編『社会の変化と統計情報(現代社会と統計Ⅰ)』北海道大学出版会, 2009年

 この論文を読むまでエスニシティ統計とは何か, それが統計調査論のなかでどのような意義をもつのか, 詳細がわからなかった。

 本稿から学んだことを以下に示す。エスニシティという用語は, 1970年代から普及しはじめたようだ。統計の分野では, 人種, 民族, カストなどの婉曲語法で使われてきた。本稿でエスニシティはethnicity, ancestry, ace, nationality, indigenous/aboriginal, tribe, colour/phenotype, casteの総称として使われている。しかし, 一般にこのタームの概念的定義は難しく, 不明確というのが実状である。エスニシティ統計が何を調査するものなのか, そもそもエスニシティが調査可能なものなのか, はっきりしないという。

 筆者はそのような曖昧模糊としたエスニシティ統計の特異性を, 調査論的に解説することを思い立って, 本稿を執筆した。エスニシティ統計の独自性が統計調査論に新たな問題を提起するか, 統計調査論の新展開を刺激するか, の検討が論文の課題である。

最初に, 世界のエスニシティ統計の現状確認がある。1995­2004年までにセンサスを実施した国のうち130か国がエスニシティ統計を作成した。北・中米, 南米, オセアニアなどの新世界に作成国が多い。作成している国は, エスニシティを性別, 年齢, 国籍, 婚姻状態などと並列する重要な項目とみなしている。作成していない国は, 作成している国ではそれほど重視している情報を, ほとんど無視している。

国家の性格が市民的国民主義であるか多文化主義であるかで, その位置づけが異なる。エスニシティを個人にかかわる, 国家がふれてはならないものと考え,積極的に無関心の立場をとるか(フランスなど), 国家が少数文化の者も平等に支援するためにそれを把握しなければならないと考えるか(カナダなど), の違いである。

 エスニシティ統計は, 固有の作用がある。その調査の実施によって, 非調査者にそれを自覚させてしまう効果である。ほとんどのエスニシティ統計はセンサスであるので, この効果は大きい。エスニシティ調査で使用されたカテゴリーの実体化である。
それではエスニシティ調査の対象は何か。それはエスニシティ区別という現象である。エスニシティ統計は, 調査をとおしてエスニシティ現象とかかわる。日常的に部分的に存在するエスニシティ区別を, 公然と調査するのがエスニシティ調査である。エスニシティ調査は, 調査という測定活動でありながら, 同時にそういう活動としてエスニシティ現象の一部である。エスニシティ調査のこの独自性は, 「自己反射的」である。

筆者は, 続いてエスニシティが「自己確認」であり, 過去に形成された社会的特性によるアイデンティティであり, そこに示される帰属意識の意識性(人々の脳裏に分有されるに至った意識)と客観性(固定的で容易に変化しない属性)を確認している。

 さらにエスニシティ調査の方法(自認法:回答者に帰属意識を訊く方法), 実査段階での分類, 集計・公表用の分類の紹介と問題点が点検され, エスニシティ統計の特異性が一層浮き彫りにされる。

 「まとめ」が興味をひく。ここでは従来の統計調査論を拡大し, エスニシティ調査を一般的な統計調査, 世論調査, 学力調査, それ自体は社会の測定ではないが, その意味も担っていると考えられる総選挙, 国民投票などと比較し, それぞれで測定活動と社会活動との相互作用の仕方がどのようであるかを問うている。

 試論的性格の強い論文であるが, 整理が行き届き, 刺激的で, 今後につながる論点を豊富に開示している。

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