社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩井浩「現代インフレーションとその基本指標-金融統計-」内海庫一郎編『社会科学のための統計学』評論社,1973年

2016-11-24 11:13:34 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「現代インフレーションとその基本指標-金融統計-」内海庫一郎編『社会科学のための統計学』評論社,1973年

本稿は昭和30年以降の高度経済成長を誘因としたインフレーションを,基本的統計指標によって明らかにすることを目的としている。この時期(昭和30-42年)の物価騰貴の特徴づけ,物価変動の諸要因の究明,インフレーション概念の精緻化,基本的統計指標によるインフレーション現象の把握がテーマである。

 最初に,この時期の消費者物価の著しい上昇と卸売物価の安定的上昇,両者の乖離に特徴があるとの言及がある。消費者物価の上昇はインフレとして説明できるが,なぜ卸売物価の上昇は微増にとどまったのかと問うている。筆者はそれを生産財生産の労働生産性が急速に上昇したから,とみる。そのことによって,卸売価格は下落するはずであったが,インフレ要因と独占価格の下支えによってそのような結果にならず,漸次的上昇を示すここととなった。

物価(物価という概念は正確でなく,本来は価格と呼ぶべき)の上昇は,その程度を概括的,近似的にのみ把握できる。物価の絶対的水準をとらえるのは無理である。価格の変動は2つの要因,すなわち(1)商品側の要因と(2)貨幣側の要因によって生じる。(1)商品側の要因としては,①商品価値そのものの変動による価格変動と②商品にたいする需給関係に変動によるそれとがある。それに対し,(2)貨幣側の要因としては,①貨幣価値そのものの変動による価格変動と②価格の度量標準の変更によるそれとがある。インフレはこれらのうち,貨幣側の要因による名目的価格上昇である。

 筆者はここから貨幣論のおさらいに入る。価格が上昇すればインフレという俗説を排し,ここではまず貨幣の諸機能の説明(価値尺度機能,流通手段機能),貨幣流通の法則(PT=MV)が示される。Mは流通貨幣量,Pは各商品種類の価格,Tは流通諸商品の総分量,Vは貨幣の流通速度である。MVはPTによって規定される。この規定関係を逆にとらえると,貨幣数量説になる。さらに,紙幣流通の独自な法則(流通必要金量),不換銀行券とこの法則との関係が解説され,現代のインフレ現象の本質に迫る。

 「現代インフレーションの特徴は,国家による流通過程への不換国家紙幣の強制的投入という形態をとらずにインフレが進行していることである。それは,昭和30年以降の高度経済成長を誘因として,流通必要金量をこえる通貨流通量(不換銀行券および預金通貨の流通量)をもたらし,その反映として物価の名目的騰貴が起こっている点にある。だが,それは銀行券の不換化という形態での通貨価値の下落をもたらしているとはいえ,『紙幣流通の独自な一法則』に基づくインフレーションの古典的規定に依拠して発現している。したがって,現代インフレーションの基本的指標の吟味に際しても,インフレの基本的範疇の検討が行われるべきである」(p.269)。

 筆者はインフレーションの基本的指標として,(1)流通必要金量,(2)流通通貨量,(3)名目的物価上昇の3つのカテゴリーを間接的に捉える統計を掲げる。(1)流通必要金量に関しては,実質国民総生産,鉱工業生産指数,組み替えを行った産業連関表を挙げている。(2)流通通貨量に関しては,日銀券の平均発行高,預金通貨高(当座預金残高)を挙げている。(3)名目的物価上昇に関しては,物価統計の長期的推移に着目している。

 以上を総合的に活用し,物価統計そのものに示された消費者物価指数の上昇傾向,商品生産量の増加(昭和30年から41年までにGNPで2.8倍の増加,鉱工業生産指数で約4倍の上昇)に対応した流通必要金量(貨幣量),これを上回る流通通貨量(日銀券発行高と預金通貨)の増加が確認されている。すなわち,日銀券は昭和30年から42年までに約4.7倍の増加し,預金通貨は同時期に6.7倍の膨張を示した。また,手形交換高は同時期に5.7倍増加した。預金通貨の膨張は著しい。

 結論として筆者は「現代のインフレーションは,国家権力による流通外からの強制的な不換国家紙幣の投入という古典的な形態をとらず,経済成長による民間企業の資金需要の増大=市中銀行からの借入=中央銀行の対市中銀行への貸出というルートを通じて,通貨が膨張し,徐々に不換銀行券の減価を惹き起こしている点に特徴がある。これがクリーピング・インフレーション(しのびよるインフレーション),マイルド・インフレーションといわれるものの実体である」と述べている(p.274)。

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