社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩崎俊夫「国民経済計算体系と女性労働」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

2016-10-09 18:05:10 | 6-1 ジェンダー統計
岩崎俊夫「国民経済計算体系と女性労働」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年(『統計的経済分析・経済計算の方法と課題』八朔社,2003年,所収)

 本稿の課題は経済活動人口概念を93SNA(国民経済計算体系)と結びつけて定義づけることの妥当性を,あるいは93SNAによって女性労働を客観的に評価可能なのかを検討することである。筆者はこの課題を解決するためにまず,93SNAの枠組みとその改訂の経緯(68SNAから93SNA)について説明し,次に93SNAの基本性格にてらして,女性労働の経済的貢献をそこにどの程度反映しうるのかを整理している。

 構成は次のとおり。「1.問題の所在」「2.SNA改訂と女性労働統計改善との関わり」「3.SNAと経済活動」「4.93SNAの生産境界(家計における諸活動との関連で)」。

 「1.問題の所在」で確認されていることは,SNAにおいても女性労働をいかにとらえるかが1980年代前後から問題にされるようになったこと(ILO第13回国際労働統計家会議でSNAの生産の範囲と経済活動人口との関連が明示的に問われた),SNAの生産の範囲の定義(全ての財の生産,市場で取り引きされるサービスの生産,ならびに他の経済単位に所得フローを発生するサービスの生産),女性労働の特殊性を考慮に入れて経済活動人口を定義づけるならば,それをSNAの定義に一元的に収斂させることはできない,といった諸点である。なぜなら女性の労働は男性のそれに比して「家計(個人企業も含まれる)」という小規模な生産単位で断片的かつ非定型な仕事につくことが多く,そうした労働は無償で収入の見返りがなく経済活動とみなされないからである。

 「2.SNA改訂と女性労働統計改善との関わり」では,SNA改訂作業の経緯とそこに女性労働をいかに反映させるかという点に関する論議の流れが整理されている。前者の改訂作業の過程では,国連が提唱した国際女性年(1975年)以降の国際諸機関による女性の経済活動に関する統計指標改善に向けた取り組みの成果が影響力をもったことが知られている。具体的には,女性の経済活動の貢献を,報酬があるなしに関わらずSNAに反映させるべきとしたナイロビ将来戦略会議(1985年)の勧告,SNAと女性の活動とくにインフォーマルセクターでの活動を討議の場にかけたINSTRAWの取り組みなどである。またILOは,既述のように,経済活動人口とSNAの生産概念とを調整すべきことを明確に打ち出し,その大きさをいかに正確に把握するべきかに努力するとともに,インフォーマルセクターの定義づけとそこでの活動形態の測定に関する調査研究を試みている(雇用と開発部門のスタッフメンバーであるR.アンカーによるメッソド・テスト)。

 「3.SNAと経済活動」で,筆者はSNAが経済循環のどの側面をいかに反映するかという原則について,女性による労働投入のウェイトが高い家計の生産活動に考慮して,紹介している。また「4.93SNAの生産境界(家計における諸活動との関連で)」では,家計の個々の活動がSNAでどのように扱われるかを紹介している。93SNAでは女性労働を評価する観点からコア体系での生産境界の見直しがある程度なされたが,女性が従事する労働の多くは体系全体の性格に由来する制約のため依然として経済的生産の境界から除外された。その労働は,サテライト勘定で補完されるべきというのがSNAの考え方である。「インフォーマルセクターにおける女性の収入ならびにその参加と生産の測定に関する専門家グループ」は,次のように指摘している。「経済的生産の境界に含められない家庭内活動についての『枠外』の勘定を定期的に編集することが必要」であり,「これらの勘定はできるだけ多くの国で定期的な作業として編集,できる限りSNAと整合的であるのが良い」と。

 SNAが生産領域と定めるのは,(1)他の生産単位に提供される全ての財とサービスの生産(それが貨幣的取引の対象であるか,非貨幣的取引の対象であるかは問わない),(2)自己勘定生産にまわされる財,すなわち家計が自己消費目的にあてる財の生産,(3)政府,非営利機関などによって提供される全てのサービスの生産および有給の被雇用者によって行われる全ての財の生産,である。したがって,家計内の構成員により自己消費にあてられる家事サービス,個人サービスは生産領域から除外される。以上の限りでは,生産領域の定義の大枠は,それまでの規定を基本的に踏襲している。ただし,自己勘定生産のもとでの生産に関して,家計で生産された財が非一次生産物の材料を使用しているという理由で生産領域から外されることはなくなった。これは生産領域の規定に68SNAで付されていた制約条件,すなわち使用される原材料が同一の生産単位で生産された一次生産物でなければならず,その産出物の若干が販売に供されていなければならないという条件が取り払われたことにある。同様に自己消費のための一次生産物の生産は,生産者がこれらの財の一部を市場に提供するかどうかに関係なく,生産境界に含められることになった。

 結局,非一次生産物による手工業品などを生産する活動の自己勘定生産がその総生産物のかなりの割合をしめるならば,その生産活動は生産領域に含められる。細かいことであるが「穀物の貯蔵」「水の運搬」は,果実や野菜の集荷と同様,生産領域に含められることとなった。結局,同一の家計内の構成員のための少なからぬ諸活動は,93SNAの生産範囲の範囲のガイドラインで経済活動と評価されている。女性がこれらの仕事に従事する比率はかなり高い。

 生産領域の拡大は,この他にも住居,農業建築物の修理と維持に関する部分について,68SNAではもしそれらが固定資本形成とみなされるほどの内容をもつならば生産境界に含められるとされていたが,93SNAでは規模がそれほどのものでなくとも,もしそれらが住居の所有者によって行われるならば生産活動とみなしてよいことになった。もっとも家計内でのサービスの提供はそれらが家計内の構成員によって行われる場合と家事使用人を雇ってなされる場合とがあるが,生産領域に含まれるのは後者のみである。

 結論は次のようである。SNAは独自の厳密な枠組みをもち,定められた分類基準にしたがって反映される対象としての経済主体とその活動を特定し,一定の論理的約束のもとに経済主体間の取引を勘定形式で表現する。SNAに固有の論理構成は特殊であり,それによって与えられた生産境界の枠組みで,現実の動態的かつ非定型的な労働の態様を反映するのには限界がある。女性によって担われている家事サービス,個人サービスが,多くの場合,,SNAの生産境界に含まれないのは,もし仮説取引としての帰属フローをそこまで膨らませると市場経済のマクロ分析を目的とするSNAの構成がバランスを失し,体系自体が無意味になるからである。筆者はSNAの基準そしてこの基準にもとづく経済活動人口の定義づけが93SNAの論理構成にたよるかぎり便宜的な措置にとどまるので,後者の定義づけのあり方は現実の女性労働の態様をふまえ,分析目的に照らして多義的に編成されるのがよい,としている。労働統計の指標作成をこの視点から追及しなければ,女性労働を統計に客観的に反映させようとしてきた80年前後から展開されてきた国際的論議は結実しない。    

コメントを投稿