社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤セツ『生活・女性問題をとらえる視点』法律文化社,2008年

2016-10-09 18:10:18 | 6-1 ジェンダー統計
伊藤セツ『生活・女性問題をとらえる視点』法律文化社,2008年

本書の内容は文字どおり,生活と女性問題を考察する視点を示したものである。

 著者は経済理論(社会政策論)から出発し,①社会政策論,②家政学,生活科学,生活経営学,③社会福祉学の3つの学問領域で精力的な研究をしている。

 本書の全体は2部構成で,第一部が「生活問題をとらえる-その視点と手法」,第二部が「女性問題をとらえる-思想・運動・労働」となっている。

 気づいたこと(またそれが本書のメリットである)が5点ある。
 第一に,国際的な女性問題の歴史の展開が俯瞰されている。19世紀後半の女性の権利運動,社会主義的女性解放運動,「第一波フェミニズム」「第二波フェミニズム」「第三波フェミニズム」と称される運動,国際民主婦人連盟の会議,国連世界女性会議,女性NGOフォーラム,「北京+5」「北京+10」,さらにINSTRAW(国際婦人調査訓練研究所),UNIFEM(国連女性開発基金)などの活動である。

 第二に,第一の指摘と関係するが,現時点での女性労働問題の展開が仔細に紹介されている。「第10章・貧困の撲滅とディーセントワークをめざす世界の女性労働」ではこの問題を国連の最新の資料を使い,MDGs(ミレニアム開発目標)に焦点を絞って解説しているなどはその一例である。

 第三に,「ジェンダー統計」に詳しい。ジェンダー統計の定義を著者は次のように書いている,「ジェンダー統計とは・・・統計の作成にあたって,たんに男女の区分があるというだけでなく,問題のある男女の状況把握や関係改善に連動することを認識して作成された統計である」と(p.86)。「第4章・ジェンダー統計視点にたつ」がこれに関するメインの章であるが,ジェンダー統計については他の章でも適宜触れられている。

 第四に,著者は女性問題を理論的に深めているだけでなく,提言を積極的に行っている。ジェダー統計について,政府統計のユーザーとして5点にわたって提言(男女共同参画に関わる統計(ジェンダー統計)を意識した統計行政を!など)がなされている。
 最後に指摘したいのは,著者の視点の柔軟さである。女性の解放,権利の向上のための理論と実践には,階級視点を維持するとともに,同時にそれを相対化しつつ,より多面的にフェミニズムと称する運動が問題にしてきたことを取り込んだ内容が必要という著者の考え方がそれである。

 他にも,社会政策学会100周年記念シンポジウム「ジェンダーで社会政策をひらく」の意義(pp.45-46),女性文化概念の概観(第7章),日本の女性運動の展開(第9章)など,本書は女性問題についての汲めど汲みつくせぬ豊かな内容をもっている。
「第4章・ジェンダー統計視点にたつ」をもう少し,パラフレーズしておく。ここは4つの節に分かれている。「1.ジェンダー統計への注目」「2.社会政策学会とジェンダー課題と経済統計学」[3.2000年代のジェンダー統計研究の動向]「4.政府統計の一ユーザーとして政府統計に望むもの」。ジェンダー統計の定義は,上記のとおりである。この意味での政府統計の改善は微々たるものである。 「全国消費実態調査」に「母子家庭」区分があるものの,「父子家庭」区分はない,また福祉統計のなかに障害者ジェンダー統計の整備が遅れている。学会レベルでは,社会政策学会,経済統計学会が政府統計のこうした種々の問題をとりあげていることの紹介がある。

2000年代前半までのジェンダー統計の国際動向の要約が7点にわたってある。第一はジェンダー統計に関する2つの出版で,一つは国連統計部編”The World’s Women:Trends and Statistics”(『世界の女性』1995年版,2000年版)の出版,もう一つはスウェーデン統計局 ”Engendering Statistics:A Total for Change” である。第二はUNDP(国連開発計画)の1995年人間開発報告書が,北京会議に向けジェンダーを特集し,ジェンダー開発指標を提唱したことである。第三はアンペイドワークの評価の議論が高まったことである。関連して生活時間調査がEC諸国で広範に実施されるようになったことである。第四は上記『世界の女性』にデータ的にバックアップしている「女性の指標データベース」とともに,国連ヨーロッパ経済委員会でのジェンダー統計ウェブサイトの開発事業が進行したことである。第五は,2000年9月の国連総会時のサミットで,「ミレニアム開発指標」が合意され,その目標が定められたことである。第六は国際統計協会(ISI)やその他の下部関連会議での,ジェンダー統計研究をめぐる議論の活発化である。第七は,国連統計部による再度の取り組み強化である(データベースの作成,ジェンダー統計計画の制定,世界ジェンダー統計フォーラムの開催)。

 ひるがえって日本での事情はどうであろうか。筆者は政府サイド,自治体レベルでの取り組みに簡単に触れ,それに呼応するジェンダー統計研究の進捗状況(とくに日本家政学会生活経営部会,経済統計学会・ジェンダー統計研究部会の活動)を紹介している。

最後に政府統計のユーザーとしての要望が,5点にわたって,掲げられている。第一は国連やその機関が統計上の問題で各国政府に勧告文書が出されたときに,これらに対してよりセンシティブに対応して欲しいという要望である。第二は政府の統計家などに統計関連国際学会などで,アジアの統計大国として,「政府統計の品質」などを問題にする議論のリーダーシップをとるべきとの要望である。第三は統計ユーザーの多面的な要望に応える努力をしてもらいたいという要望である。そして,第四はミクロ統計データの使用に対する規制を,公平性の観点から,他の先進国並みにすべきとの要望である。第五は男女共同参画に関わる統計(ジェンダー統計)を意識した統計行政の一層の推進である。
長くジェンダー統計の理論と実践に関わった筆者ならではの,正確で,的を得た論点整理になっている。

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