社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩崎俊夫「女性労働と統計-ジェンダー統計初期の動向-」『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年

2016-10-09 18:00:18 | 6-1 ジェンダー統計
岩崎俊夫「女性労働と統計-ジェンダー統計初期の動向-」『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年

 本稿は『立教経済学研究』第46巻第1号(1992年7月)に掲載された「女性労働に関する統計指標の国際的展開」と『賃金と社会保障』第118号(1993年6月)に掲載された「女性労働と統計-経済活動人口指標を中心に-」の2本の論稿を,著作に納めるにあたって部分的に改稿の手を加え,ひとつにまとめたものである。

全体の構成(目次)は,以下のとおりである。
1. 国際女性年と女性のための労働統計
 1.国際女性年(1975年)以降の動向/2.女性労働統計の課題
2. 経済活動人口概念と調査票問題
 1.経済活動人口の定義と問題点/2.R.アンカー(ILO)によるインドの調査票テスト/3.「労働力調査」の調査票

 今でこそジェンダー統計は社会統計学のなかで確固たる市民権を得ているが,30年ほど前まではそうではなかった。国際的にみても女性の地位と現状に関する統計の必要性あるいは充実化が唱えられたのは,1975年の国際女性年における国連の問題提起が契機で,これでも歴史的には遅かったが,日本での対応はそれよりもさらに10年以上も遅れた。

本稿で筆者はジェンダー統計の黎明期に国際的統計活動がどのように生じてきたのか,これまでに検討されてきた主要な問題点は何だったのか,また統計に依拠して女性労働の現状についての国際的比較を行うときにどのようなことが注意されなければならないのか,といった諸点の検討を課題としている。さらに限定的に言えば女性経済活動人口の統計による指標化がどこまで進んでいるのか,その数量的把握にとって統計調査過程に固有の問題,とりわけ調査票の設計がいかに大きな役割を果たしているかが明らかにされる。これらの検討を通じて女性労働の実態を統計で把握することの難しさと解決の方向性が示される。

 ジェンダー統計への関心が寄せられることになった決定的契機は,1975年に国連が提唱した国際女性年とそれに続く「国連女性の10年-平等・開発・平和-」で展開された諸活動である。75年のメキシコ・シティにおける世界女性会議での「メキシコ宣言」と「世界行動計画」の採択以降,79年12月の第34回国連総会で採択された「女性に対するあらゆる形態の差別撤廃条約」,80年の「国連女性の10年」の中間地点で開催された世界女性会議(コペンハーゲン),85年の世界女性会議(ナイロビ)で採択された「女性の地位向上のための将来計画」を経て,女性の地位向上,あらゆる種類の性差別撤廃を目標に掲げた国際的運動は大きなうねりとなった。

ジェンダー統計に関して,上記の「世界行動計画」では,女性に関する資料および統計資料の絶対的不足,家内活動が経済活動とみなされないことによる女性の活動の統計からの脱漏,女性の存立状態についての調査が不十分なこと,「世帯主」概念の歪曲,女性に関する統計指標の国際比較の困難性の指摘がなされ,これらの現状と事実の認識のもとに,個人,世帯および家族構成に関する統計調査の結果を性別に示すべきこと,政策立案,企画への女性の参加,家内活動の経済的社会的貢献についての評価を改善すべきこと,女性の社会的地位の分析に必要な社会経済的指標の集積に努めるべきことが提言されている。「世界行動計画」のこれらの提言は報告書「性的ステロタイプ,性的偏りと国家のデータシステム」に一部具体化され,「国連女性の10年の後半期計画」で再確認された。そこではまたINSTRAW(国連女性問題調査訓練所)との協力関係が織り込まれた。こうした動きはさらに,10年を締めくくる1985年のナイロビ会議で示された「ナイロビ将来戦略」に継承される。筆者は国連を中心とした以上の動向をふまえた関連国際諸機関の,すなわちILO,OECD,INSTRAWの活動うち,とくにILOの取り組みに焦点を絞って,紹介している。

 以上は女性の社会的地位や性差別に関する統計という広義の視点から問題を整理したのであるが,問題の考察には女性労働あるいは経済活動人口としての女性に関する統計というより狭義の視点も必要である。事実,ジェンダー統計の分野での論議では,国際的レベルで女性労働に関わる統計と情報が決定的に不足しているとの共通認識が早くから形成され,その克服が課題とされた。筆者はこの問題について論稿の後半で考察している。

 それによると,ILOでは1982年の第13回国際労働統計家会議の「経済活動人口,就業,失業および不完全就業に関する決議」で,経済活動人口は次のように定義づけられた。すなわち,経済活動人口は「特定の期間内に国連の国民経済計算およびバランス体系において定義されている経済的なサービスの生産のために労働を提供するすべての男女」である。そこには「市場用,物々交換用,自家消費用のいかんを問わず,一次産品の生産と加工の全てが含まれ,かつそのような市場の財とサービスを生産する世帯の場合には,それに対応する自家消費用の生産が含まれる」。この決議では経済活動人口のカテゴリーに現在活動人口とあわせて通常活動人口が含められ,新しい観点が示されている。

経済活動人口の国際的定義は,以上のようであるが,定義さえあれば実際の調査が進むわけではなく,実際の調査では多くの難問が介在している。調査票でどのように質問項目をたてるか,用語の使い方をどうするか,質問に誰がどのように答えているか,などである。質問の微妙な言い回しの違いで,調査の結果数字が異なってくる。筆者はこのような問題意識で,インドのR.アンカーによって実施された調査を紹介している。また日本の労働力調査の質問項目は,女性の就業状況を把握するのに必ずしも適していない,との指摘を行っている。女性労働力の実態を把握するためには,現状では労働力調査だけでは不十分で,就業構造基本調査の利用が不可欠である。

 1970­90年代にかけて国際的規模で議論されたことはもはや歴史的に過去のものであるかというと,筆者はそうとは言い切れないと結んでいる。なぜなら,そこで議論されたことの多くは未解決で,社会統計学が今日なお取り組むべき課題として持ち越されているからである。

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