伊藤陽一「日本におけるジェンダー統計の発展に向けて」『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年
筆者は本稿で(1)日本でのジェンダー統計論の経過に触れ,(2)社会統計学の見地からジェンダー統計研究の注意点を論じ,(3)この問題に関する国連統計の作業を振り返り,(4)日本におけるジェンダー統計データベース構築の課題に関する若干の問題点を整理している。
構成は上記の目的にそくして,「1.日本におけるジェンダー統計論の経過」「2.ジェンダー統計資料検討の視角-統計の理解・吟味・批判の重要性-」「3.国連のジェンダー統計作業」「4.ジェンダー統計の収集・選択に関して」「5.日本におけるジェンダー統計データベースの在り方をめぐって」となっている。
女性のおかれている状況を統計で示し,分析する試みは,日本に以前からあったが,国連その他のジェンダー統計運動との結びつきは弱かった。しかし,1980年代半ば過ぎあたりから徐々に関連した動きがみられるようになった。文部省国立婦人会館(現在は国立女性会館と名称変更している)による「女性統計データベース」構築に向けた作業が開始され(1992年),その前後から「女性統計の実情とその改善」のためのプロジェクトが組まれるようになり,状況が変わった。
ジェンダー統計研究を実際に進めるには,国際的なジェンダー統計作成作業の経験を踏まえること,資料源泉である政府統計を理解する仕方,ジェンダー統計視角を政府統計活動のなかで広げること,日本でのジェンダー統計集作成に関する諸問題を検討することなど多くの課題が山積している。これらの課題に取り組むには,社会統計学の研究成果を活かすことが重要である。筆者はこれらの課題を広く国民の利用者の側から考えていくことがポイントであるとして,以下の論点を掲げている。
2つの誤った捉え方-統計信仰・過信と統計拒絶(ニヒリズム),(2)現実問題そのものの理解,(3)「統計が無い」ことの克服,(4)統計資料の批判的理解と作成過程への注目,(5)統計の真実性の吟味(統計調査過程[仕組み]の理解),(6)標本誤差の理解(統計調査過程[統計調査の形態])(7)統計資料その他の注目点,(8)原統計資料と統計指標,統計集,(9)国連統計への着目。
まず,現実を認識するには統計が重要であるが,その意義と限界とをしっかりわきまえることが大切である。しかしこれを過信し,統計はもともと正確なものと過信し,統計的数理計算の結果に幻惑されてはならない。また逆に,統計をいかがわしいものと拒絶してはならない。これら2方向の弊に陥らないためには,統計を扱う以前に現実の社会経済問題に実質的な理解をもたなければならず,当該問題に関連していえば,性に基づく賃金格差,家事労働の女性の負担などについて正確な知識を得なければならない。そうは言っても,女性に関する統計がそもそも存在しないケースがあるので,その場合にはこの空隙を埋めなければならない。
以上をおさえた上で統計を鵜吞みにせず,批判的に受け止めることが大事である。この姿勢を保つには,統計の作成過程がどうなっているのかを知る必要がある。筆者は統計に真実性が確保されているかを統計利用者の側から把握するために,統計調査過程を理論的・組織的準備過程と実施(実査)過程とに区分し,前者を統計の信頼性に関わる契機として,後者を統計の正確性に関わる契機として示し,実際にジェンダー統計の作成の場合にそれぞれどのようなことが問題となってくるかをプロセスのひとひとつに即して逐一,解説している。どのような統計調査形態をとるかについても,同様に,具体的な説明が与えられている。興味深いのは統計資料に関する着目点で,①高潔性,②統計の政策適合性,③速報性,④経済性,⑤民主性の5つの観点に照らして,ポイントとなることを指摘していることである。これらのうち,「高潔性」とは,正確性,客観性,専門性を担保する統計家の専門的,倫理的基準と統計機構の公開性を指す。
公表されている統計指標,統計集には,要約された統計や比率や指数に加工した数値が多いので,それらの意味することを正確に読み込まなければならない。また,ジェンダー分野の統計利用者が参照する資料は多くは国際比較であることが多いので,それについての注意点が示されている。可能な限り,それぞれの統計に責任をもつ機関の統計書にあたること,ILO統計年鑑では各国からの報告をそのまま掲載しているので,国ごとの統計調査における概念,定義を再確認する手続きを踏むべきである。また,統計に出てこない背後の事情の確認も怠ってはならない。
筆者は以上を踏まえて,国連のジェンダー統計に関わる作業を簡潔に概括したJ.バネック(国連統計部),B.ヘッドマン(スウェーデン統計局)の論文や報告からいくつかのポイントを拾っている。箇条書きで示すと,(1)統計の重要性の確認,(2)性差別のもとにおかれている女性の状態を認識し,改善する切実な目的のもとに作業を行っていること,(3)既存の統計の吟味する位置にたっていること(統計の利用者の立場),(4)統計の作成過程に焦点を絞っていること,(5)調査票の注意深い設計が提唱されていること,(6)調査員の訓練が意識されていること,(7)統計のあるべき属性として「女性の状況に関する十分で,有意義で,妥当で,偏りのない統計」「正確で,速報性をもち,適切で,利用者にそくした統計」が掲げられていること,(8)国際統計集の利用に際しては「注記」にあたるべきこと,(9)ジェンダー統計の在り方に関して,非専門家である利用者にも平易であること,(10)ジェンダー統計作成の人的,組織的問題を軽視せず多様に論じること,以上である。
筆者は上記の諸点を,ジェンダー統計集あるいは統計データベース編集にあたるさいの統計調査体系の選択と指標点検のステップをフローチャートで示している(p.199)。その内容は,全体として「1.ジェンダー問題の確認」→「2.理論的に求められるべき統計・統計調査の提起」→「3.実際の統計の有無の確認と具体的統計表・指標の作成」の流れで構成されている。
最後に,ジェンダー統計のデータベース構築に際して,明確化しなけれならない問題(A.データベースの在り方,B.データベースの内容構築),データベースの目的や利用者の確認が論じられている。後者に関しては,(1)女性の状況についての現状を正確に捉え,地位改善に向けた政策作成のために,その政策効果を測定できるものにすること,(2)女性の生活・活動の全体に関する統計を包括的に用意すること,(3)国際的な脈絡でデータベースを位置づけること,(4)多様な利用者の便宜を最大限にはかること,が具体的に提唱されている。
日本のジェンダー統計のデータベースについて,国立婦人会館が「女性と家族についての統計データベース」の構築に入ったことを,筆者は評価している(現在は同会館でNWEC
として提供されている)。「望まれることは,政府統計諸機関と連携を強化し,政府統計活動の中に女性統計の問題を持ち込み,統計全体を改善・充実させることである。この際かなめのこととして重要なのは,ジェンダー問題への関心をもつ女性を中心とする幹部統計家の層が厚くなることである」(p.205)と,筆者はしめくくっている。
筆者は本稿で(1)日本でのジェンダー統計論の経過に触れ,(2)社会統計学の見地からジェンダー統計研究の注意点を論じ,(3)この問題に関する国連統計の作業を振り返り,(4)日本におけるジェンダー統計データベース構築の課題に関する若干の問題点を整理している。
構成は上記の目的にそくして,「1.日本におけるジェンダー統計論の経過」「2.ジェンダー統計資料検討の視角-統計の理解・吟味・批判の重要性-」「3.国連のジェンダー統計作業」「4.ジェンダー統計の収集・選択に関して」「5.日本におけるジェンダー統計データベースの在り方をめぐって」となっている。
女性のおかれている状況を統計で示し,分析する試みは,日本に以前からあったが,国連その他のジェンダー統計運動との結びつきは弱かった。しかし,1980年代半ば過ぎあたりから徐々に関連した動きがみられるようになった。文部省国立婦人会館(現在は国立女性会館と名称変更している)による「女性統計データベース」構築に向けた作業が開始され(1992年),その前後から「女性統計の実情とその改善」のためのプロジェクトが組まれるようになり,状況が変わった。
ジェンダー統計研究を実際に進めるには,国際的なジェンダー統計作成作業の経験を踏まえること,資料源泉である政府統計を理解する仕方,ジェンダー統計視角を政府統計活動のなかで広げること,日本でのジェンダー統計集作成に関する諸問題を検討することなど多くの課題が山積している。これらの課題に取り組むには,社会統計学の研究成果を活かすことが重要である。筆者はこれらの課題を広く国民の利用者の側から考えていくことがポイントであるとして,以下の論点を掲げている。
2つの誤った捉え方-統計信仰・過信と統計拒絶(ニヒリズム),(2)現実問題そのものの理解,(3)「統計が無い」ことの克服,(4)統計資料の批判的理解と作成過程への注目,(5)統計の真実性の吟味(統計調査過程[仕組み]の理解),(6)標本誤差の理解(統計調査過程[統計調査の形態])(7)統計資料その他の注目点,(8)原統計資料と統計指標,統計集,(9)国連統計への着目。
まず,現実を認識するには統計が重要であるが,その意義と限界とをしっかりわきまえることが大切である。しかしこれを過信し,統計はもともと正確なものと過信し,統計的数理計算の結果に幻惑されてはならない。また逆に,統計をいかがわしいものと拒絶してはならない。これら2方向の弊に陥らないためには,統計を扱う以前に現実の社会経済問題に実質的な理解をもたなければならず,当該問題に関連していえば,性に基づく賃金格差,家事労働の女性の負担などについて正確な知識を得なければならない。そうは言っても,女性に関する統計がそもそも存在しないケースがあるので,その場合にはこの空隙を埋めなければならない。
以上をおさえた上で統計を鵜吞みにせず,批判的に受け止めることが大事である。この姿勢を保つには,統計の作成過程がどうなっているのかを知る必要がある。筆者は統計に真実性が確保されているかを統計利用者の側から把握するために,統計調査過程を理論的・組織的準備過程と実施(実査)過程とに区分し,前者を統計の信頼性に関わる契機として,後者を統計の正確性に関わる契機として示し,実際にジェンダー統計の作成の場合にそれぞれどのようなことが問題となってくるかをプロセスのひとひとつに即して逐一,解説している。どのような統計調査形態をとるかについても,同様に,具体的な説明が与えられている。興味深いのは統計資料に関する着目点で,①高潔性,②統計の政策適合性,③速報性,④経済性,⑤民主性の5つの観点に照らして,ポイントとなることを指摘していることである。これらのうち,「高潔性」とは,正確性,客観性,専門性を担保する統計家の専門的,倫理的基準と統計機構の公開性を指す。
公表されている統計指標,統計集には,要約された統計や比率や指数に加工した数値が多いので,それらの意味することを正確に読み込まなければならない。また,ジェンダー分野の統計利用者が参照する資料は多くは国際比較であることが多いので,それについての注意点が示されている。可能な限り,それぞれの統計に責任をもつ機関の統計書にあたること,ILO統計年鑑では各国からの報告をそのまま掲載しているので,国ごとの統計調査における概念,定義を再確認する手続きを踏むべきである。また,統計に出てこない背後の事情の確認も怠ってはならない。
筆者は以上を踏まえて,国連のジェンダー統計に関わる作業を簡潔に概括したJ.バネック(国連統計部),B.ヘッドマン(スウェーデン統計局)の論文や報告からいくつかのポイントを拾っている。箇条書きで示すと,(1)統計の重要性の確認,(2)性差別のもとにおかれている女性の状態を認識し,改善する切実な目的のもとに作業を行っていること,(3)既存の統計の吟味する位置にたっていること(統計の利用者の立場),(4)統計の作成過程に焦点を絞っていること,(5)調査票の注意深い設計が提唱されていること,(6)調査員の訓練が意識されていること,(7)統計のあるべき属性として「女性の状況に関する十分で,有意義で,妥当で,偏りのない統計」「正確で,速報性をもち,適切で,利用者にそくした統計」が掲げられていること,(8)国際統計集の利用に際しては「注記」にあたるべきこと,(9)ジェンダー統計の在り方に関して,非専門家である利用者にも平易であること,(10)ジェンダー統計作成の人的,組織的問題を軽視せず多様に論じること,以上である。
筆者は上記の諸点を,ジェンダー統計集あるいは統計データベース編集にあたるさいの統計調査体系の選択と指標点検のステップをフローチャートで示している(p.199)。その内容は,全体として「1.ジェンダー問題の確認」→「2.理論的に求められるべき統計・統計調査の提起」→「3.実際の統計の有無の確認と具体的統計表・指標の作成」の流れで構成されている。
最後に,ジェンダー統計のデータベース構築に際して,明確化しなけれならない問題(A.データベースの在り方,B.データベースの内容構築),データベースの目的や利用者の確認が論じられている。後者に関しては,(1)女性の状況についての現状を正確に捉え,地位改善に向けた政策作成のために,その政策効果を測定できるものにすること,(2)女性の生活・活動の全体に関する統計を包括的に用意すること,(3)国際的な脈絡でデータベースを位置づけること,(4)多様な利用者の便宜を最大限にはかること,が具体的に提唱されている。
日本のジェンダー統計のデータベースについて,国立婦人会館が「女性と家族についての統計データベース」の構築に入ったことを,筆者は評価している(現在は同会館でNWEC
として提供されている)。「望まれることは,政府統計諸機関と連携を強化し,政府統計活動の中に女性統計の問題を持ち込み,統計全体を改善・充実させることである。この際かなめのこととして重要なのは,ジェンダー問題への関心をもつ女性を中心とする幹部統計家の層が厚くなることである」(p.205)と,筆者はしめくくっている。
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