社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

野澤正徳「数量モデル分析と統計学・蜷川理論(1)」『経済論叢』第138巻第2号,1976年7・8月

2016-10-18 14:21:50 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
野澤正徳「数量モデル分析と統計学・蜷川理論(1)」『経済論叢』第138巻第2号,1976年7・8月

 目次は,次のようである。「Ⅰ.代替的経済計画のための数量モデル分析の有効性」「Ⅱ.統計学=社会科学方法論説における数量モデル分析の検討」「Ⅲ.統計学・蜷川理論の統計解析論の問題点」。これらのうち,本稿はⅠとⅡを扱っている。Ⅲは別稿となるはずであったのだろうが,公にならなかった。

 本稿は経済分析への数量的方法の適用に否定的であった社会統計学の分野で,この考え方を覆す試みを示したものである。具体的には代替的経済計画の作成,分析のために計量経済モデルあるいは産業連関分析を積極的に活用することの推奨である。ここで言う代替的経済計画とは,政府が作成する経済計画を念頭に,しかし基本的な考え方をそれと異にする別の代替可能な計画のことである。当時,ヨーロッパ諸国でも注目された手法である。   

 代替的計画の作成,分析のためには,そこに含まれる政策の測定と比較とが不可欠である。その前提にあるのは,現行の経済システムの構造と機能に関する知識である。代替的計画の作成には,数量的方法が必要になる。なぜなら(1)経済現象は数量的性格を帯びており,経済現象の諸要因の多くは経済量・経済変数として数量的規定をともなうからであり,(2)経済現象の諸要因間の個別の連関は,他の個別の連関と結びついているので,それらの相互連関の数量的関係を把握するには,その総体を反映した数量的方法が必要であるからであり,(3)政策手段の効果を分析するには,それにふさわしい数量的方法が不可欠であるからである。これらの必要性に応える数量的方法は,諸経済量の数量的相互依存関係を表現する数量(数理)経済モデル=連立方程式体系の作成である。

 筆者はその具体的な数量モデルとして,企業規模別産業連関分析,社会階層別計量モデルをあげている。前者は山田彌,木下滋などが示した先駆的業績である。連関分析の手法は通常のそれと同じであるが,その特色は代替的政策に対応するマクロ計量モデルのシミュレーションによって与えられた最終需要の大きさと構成のヴァリアントに対応した産業構造変化の効果の提示にある(山田彌「日本経済の数量分析」『日本経済の計量分析』大月書店,1973年;木下滋「実証的経済分析と産業連関論」『研究所報』[法政大学日本統計研究所]第7号,1982年)。

 通常の連関分析がそのまま使用されるので,この手法に固有の「限界」は避けられないが,算出結果を「近似値」として実態的知識でフォローするならば,有効性をもつとされる。通常の連関分析に社会階級・階層別視点を導入すれば,企業規模別産業連関分析が可能となる。代替的政策の効果分析に規模別産業連関分析を初めて利用したのが宮本憲一・木下滋らのグループであった(宮本・木下他「公共投資はこれでよいのか」『エコノミスト』1979年1月30日号;木下滋「地域における公共投資の波及効果-地域産業連関表による-『岐阜経済大学論集』第14巻第3号,1980年9月)。

 筆者が紹介する代替的経済計画のために有効な数量モデルのもう一つの例は,稲田義久が作成した民主的政策のマクロ効果を測る計量経済モデルである(稲田義久「民主的政策のマクロ効果」『日本経済の計量分析』大月書店,1973年)。このモデルは,日本経済の本質的連関を反映させるための,また代替的政策の政策シミュレーションという分析目的に適合させるための,いくつかの特徴を備えている。商品市場の不均衡すなわち総需要と総供給の不一定を明示的にモデルに取り込んでいること,企業の現行の価格決定方式を反映していること,財政赤字による国債発行とそれに伴うクラウディング・アウト効果を導入していること,外需依存型成長の特徴と為替レートを内生化していること,などである。このようなモデルを使うと,代替的政策の効果の分析が可能になると言う。

 さらに,計量モデルに社会階級・階層別視点を導入すれば,社会階層別計量モデル分析ができる。この視点にもとづく政策の分析では,諸経済主体が実際に社会階級・階層的な特性をもつ諸グループに分化し,それらの間で行動様式に差があるので,また諸政策はマクロ政策でもその効果が階層間で差異があるので,必要な措置となる。社会階層別計量モデルの作成のためには諸経済主体を諸階層別に分割し,その諸階層の行動様式の差異を反映した方程式をたてなければならない。そのような階層別分割の基準にもとづいて,多くの経済変量をディスアグリゲートした後に,階層別の行動様式の相異が表現されるように諸方程式を作成しなければならない。これができれば,階層別計量モデルのシミュレーションによって代替的政策の効果を階層別に分析することができる。(小川雅弘「日本経済の社会階層別計量モデルの作成」『経済論叢』第130巻第5・6号,1982年11月;同「社会階層別計量モデルのシミュレーション-階層別政策の効果分析-」『経済論叢』第131巻第4・5号,1983年4月;同「階層別計量モデルの意義と限界」『統計学』第44号,1983年3月など参照)

 筆者は以上のように,代替的経済計画のために活用された数量的方法の事例を示し,その有効性を強調した後に,社会科学方法論説による数量モデル分析否定論の検討を行う。直接対象となっているのは是永純弘の見解である。筆者は是永の論稿「計量経済学的模型分析の基本性格」(1965年),「政策科学は可能か」(1979年)のおける所説をとりあげ,モデル分析の方法的特質,モデル分析の欠陥,統計利用上の欠陥に関する是永見解を整理し,それぞれについて以下のような反論を示す。

 要約すると,モデル分析の方法的特質に関しては,モデルを構成する経済変量は是永が指摘するような単なる数量ではなく,経済的質的規定をもった量である,方程式に含まれる経済変量は現象レベルの経済的要因とその連関を表現するものであり,分析の目的が現象間の諸連関と政策効果の機能的分析にあるので,現象レベルの経済的要因とその連関が本質的抽象的カテゴリーに直接対応しなくともよい,関数関係の分析は既知の因果関係にもとづいてその現象的・経験的なあらわれを量的に確認するとともに,そのレベルの新たな連関を発見することで因果関係の深い把握をたすける,数量モデルが常に均衡論的性格をもつとするのも誤りである,と述べる。

 モデル分析の欠陥に関しては,経済変量の選定は現象レベルの諸要因のなかから主要なものを抽出することを意味し,抽象的・範疇的な理論的方法だけから現実の経済変量の量的連関はとらえきれない,変量の関係を説明する方程式の型は現実反映性の点で限界があるが,その限界のゆえにモデル分析を全面否定するのは正しくない,パラメータの一定不変の仮定は将来予測には危険であるが,政策シミュレーションには合理的である,と反論している。

 統計利用上の欠陥(モデルの誤差項の扱い方)に関して,是永はモデルと現実のズレを偶然誤差とみなして処理することは経済現象の生起の客観的法則性の存在とその認識可能性を否定することになると指摘するが,筆者によれば,偶然誤差の範囲で処理していることはモデルと現実のズレの小要因,副次的要因に限られ,それらは数量的捨象可能であり,そのことによって主要な要因の量的連関の把握が可能になる。

 筆者は蜷川理論すなわち統計学=社会科学方法論説の見解では経済現象の数量モデル分析と確率的方法の利用が否定されているが,その否定論の主要な源泉が蜷川理論の統計解析論にあると診断し,そのことの検討を別稿ですると予定したが,冒頭で触れたように,その部分は公にされず,本稿は「未完」で終わっている。

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