社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山田貢「日本の経済計画と計量経済学」山田貢・近昭夫編『経済分析と統計的方法(経済学と数理統計学Ⅱ)』産業統計研究社, 1982年

2016-10-18 14:25:39 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
山田貢「日本の経済計画と計量経済学」山田貢・近昭夫編『経済分析と統計的方法(経済学と数理統計学Ⅱ)』産業統計研究社, 1982年

 議論がやや拡散しているが, 主要テーマは日本の経済計画に適用された計量経済学の問題点の批判的考察である。議論が拡散しているというのは, 冒頭で社会統計学の側からの計量経済学批判を, 次いで近代経済学の内部からの計量モデルに対する反省を紹介し, 論文の半ばで経済学あるは計量モデルに数学的方法を使うことへの批判がなされ, それらは本題と無関係ではもちろんなく, 重要な議論であるが, そこに深入りしすぎて, 主要テーマの解明を期待していた読者に戸惑いを与えるからである。

 社会統計学の側からの計量経済学批判では, 嚆矢となった広田純・山田耕之介の論文(「計量経済学批判」), あるいは戦後30年の計量経済学批判の系譜と問題点を指摘した吉田忠の論文(「計量経済学批判の方法」)がとりあげられている。また, 近代経済学の内部からの計量モデルに対する反省では, 総合開発研究機構(NIRA)『経済政策基本問題懇話会報告書』における計量モデルの役割についての疑問, 佐和隆光「計量経済学の現代的意義」における反省の弁などが紹介されている。さらにケインズによる計量経済学に対する疑義, あるいは「合理的期待形成」論者(ルーカス, サージェントなど)の計量経済学批判に言及している。

 以上のように, 筆者は執筆当時, 隆盛をほこっていた計量経済学に対する批判的論者の所説をとりあげ, 本題である日本の経済計画に適用された計量経済学の問題点の批判的考察に入る。検討されているのは, 「中期経済計画」(1965年策定), 「経済社会発展計画」(1967年策定), 「新経済社会発展計画」(1970年策定), 「経済社会基本計画」(1973年策定), 「昭和50年代前期経済計画」(1976年策定)である。ここではそれぞれのモデルの特徴が要領よく整理されている。「経済社会発展計画」の特徴は, 筆者によると, 「中期経済計画」に用いられた中期マクロモデルが改訂され(新中期モデル), モデルの全体系にわたって各ブロック(実質支出ブロック, 価格,賃金ブロック, 分配ブロック)の相互依存関係が強められたこと, いくつかの方程式の変数の取り換え, 概念規定の変更, そしてデフレータや在庫に関する方程式の追加である。

 「経済社会発展計画」は3年後に「新経済社会発展計画」に衣替えとなる。モデルも改訂され, その特徴は民間住宅投資の内生化, 租税関数の定式化, 賃金とデフレータの改善, 生産関数と除去関数の改善による供給能力と需給ギャップの算出, 構造方程式の全般的改訂である。「経済社会発展計画」も3年後に, 「経済社会基本計画」にとって代わられた。この計画に組み込まれたモデルは, 膨大な同時連立方程式体系となったことでしばしば取沙汰される。計量委員会第4次報告はこの改訂マクロモデルの特徴として, 全体が5つのブロックに拡大されたこと, 生産ブロックを付け加えて生産関数の内生化をはかったことをあげている。しかし, この「経済社会発展計画」も10か月後の石油ショックの到来でお蔵入りとなり, 「昭和50年代前期経済計画」の策定に道をゆずることになる。この計画では従来型モデルの改訂ではなく, 中期および長期の多部門モデルと呼ばれる新しいモデル開発が行われた。新しいモデルのポイントは, 産業部門別に分割された他部門受給調整型モデルであり, マクロとミクロの整合性をねらいとするもので, それらは従来型のモデルの欠陥だった需給調整の問題, 経済成長およびインフレーションに対する生産力効果分析の弱さ, 需給ギャップ, 資源配分などに関する情報にみられた理論的整合性, 現実妥当性の難点, マクロパラメータとミクロパラメータの整合性確保に認められた不安定性などを克服することが意図された結果であった。

 筆者はこうした過去の経済計画に使われた計量モデルを原理的な側面から検討するとして, 計量モデルの「科学性」への信仰が根拠のないことの解説に入り, 数学の本性(その抽象化の特質)とそれをめぐってのルザビン, 関恒義, 杉森滉一などの見解が紹介されていく。筆者が一番強調したかったと思われるのは, 計量モデルで経済の整合性を表現できる, 再現できるとする「信仰」, また計量経済学の手法が経済の相互依存関係を模写しチェックするために有効であるという主張, 計量モデルが経済諸量と諸部門間の相互依存の体系を数量的側面から模写しうる可能性をもつので, 政策変数を動かすことで, 内生変数に及ぼす変化を定量的に推測することができるとする見解, の誤りを暴き出すことである。関連して計量モデルが中立的であって, 問題はその使い方だとする見解(山田弥など)にも異議が表明されている。

 計量モデルの「整合性」と経済の「整合性」とを, 計量モデル論者は本質的に同じものととらえているが, 筆者は逆にそれをまったく異なるものと考える。「ある経済政策は, 必ず階級, 階層間の利害関係にかかわるもので, その意味で経済計画を策定することは, ある整合性を否定して, 別の整合性をとることだと言いかえてもよい。肝心なことは, その整合性の内容を検討することであって, 社会保障, 食糧政策, エネルギー対策, 科学技術政策, 住宅政策等を具体的にどう展開するかを煮つめることこそ, 経済計画である。計量モデルによってそれらを整合的に総合しなければならないと考えることは, 結果として過去の一定の利害関係をそのまま容認する結果にならざるをえない。計量モデルの論理構造はそうした必然性をもっているのである」(p.246)。

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