社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山田茂「わが国の社会指標体系の課題-わが国における社会指標作成の問題点-」大屋祐雪編『現代統計学の諸問題』産業統計研究社,1990年

2016-10-09 17:46:00 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
山田茂「わが国の社会指標体系の課題-わが国における社会指標作成の問題点-」大屋祐雪編『現代統計学の諸問題』産業統計研究社,1990年

 社会の現状把握には,社会指標体系が不可欠と考えられた時期があった。日本では1970年代前半に,社会指標体系作成の動きが政府・自治体で活発となった。経済審議会は,1973年にGDPを補完するNNWを指標として公表した(その後,この動きは衰退する)。また国民(住民)の福祉に寄与する物財・サービスの現物量,国民(住民)の状態を対象とした個別指標体系が登場した。経済企画庁の「国民生活指標」(「社会指標」を継承,しかしこの「国民生活指標」も今は無い),総理府統計局の「社会生活統計指標」(1977年)がそれである。筆者は本稿で,これらの作成状況をサーヴェイし,代表的な作成例を検討し,今後を展望している。(なお,ここで取り上げられている「国民生活指標」は1990年までで,その後「新国民生活指標(1992-1999)」「暮らしの改革指標(2002-2005)」に引き継がれた。「社会生活統計指標」は,現在も基本的に同じ原則で,継続して作成されている。本稿で示された問題点,それぞれの統計の意義と限界をふまえ,現行の関連統計の検討,再評価が必要である。)

筆者によれば,社会指標体系の構築は中央・地方を問わず企画・調整部門によるものが多かった。当初あった総合指標への集-約および政策利用への指向が徐々に弱まり,この論稿が書かれた頃には沈滞気味で,その利用形態は一般的な現状認識と評価にとどまるものなった。
以上のように社会指標体系の現状を整理したうえで,筆者は新たに節を立て,「国民生活指標」と「社会生活統計指標」の検討を行なっている。

 「国民生活指標」は,①生活領域別指標,②主観的意識指標,③関心領域別指標の3部門から構成され,生活領域別指標は時系列指標と国際比較表をもち,関心領域別指標は生活領域別と関心領域別の二重に分類され,とくに関心領域は「国際化と生活」「情報化と生活」「高齢化と生活」「国民生活と格差」「情報化と生活」の6領域からなる。ここでは「主観的意識指標」の難しさ,「関心領域別指標」では作成主体の関心が領域設定と指標選択に色濃く反映していることの指摘がある。

「国民生活指標」の個別指標数はその前身の「社会指標」に比べると,適切な原資料が存在しないことを理由に,大幅に指標数が削減された。その個別指標も特定の前提に基づいて選定されたとの印象がぬぐえず(筆者は8個の「生活領域」のうち最も多い個別指標設定が行われている「家庭生活」の「生活領域」を例示),対象領域を適切に代表しているかが疑問視されている。

 また「国民生活指標」における標準化と総合化の特徴が洗い出されている。標準化では,個別指標の時系列指数値の標準化に焦点をあてて吟味している。その手順は,(1)個別指標値の対前年変化率(A)の算出→(2)対象期間の平均変化率(B)の算出→(3)(A)を(B)で標準化した指数(C)の算出,というものであるが,総合化指数作成の意味は曖昧である。「国民生活指標」には指数の総合化志向が根強くあったようである。しかし,総合化指数のもとになる各個別指標が対象分野全体の水準を適切に代表しているは十分説明されていず(筆者はこれを「勤労生活」分野の3指標で例示),総合化の方法(等ウエイトの平均)が妥当とも言えない。筆者は,「意義のはっきりしない総合指数をあえて算出するのは国民へのPRでの利用がこの指標の主目的に想定されているためだろうか」と疑問を投げかけている。(p.147)

「社会生活統計指標」(報告書)は,「Ⅰ社会生活統計指標」「Ⅱ基礎データ」「Ⅲ基礎データの説明」からなり,付録として「社会人口統計体系の概要について」「指標体系の分野区分,大分類,小分類。及び個別指導」が収録されている。「Ⅰ社会生活統計指標」には47都道府県の入手可能な最新の個別指標値が掲載されている。分野設定では,「行動主体」(人口・世帯),「環境基盤」の3分野(「自然環境」「経済基盤」「財政」)および「時間使途」(「生活時間の配分」)以外で,「国民生活指標」とほぼ同じである。個別指標値は,対象人口比率・全国シェアなど各地域の状態の比較を容易にする形態へ,基礎データが加工されている。各都道府県値のほかに都道府県値の単純平均,標準偏差が掲げられている。指標の網羅性が特徴であり,意識調査を除く「国民生活指標」の大部分の個別指標が収録され,採用指標数は「国民生活指標」の数倍である。「社会生活統計指標」は,「国民生活指標」と異なり総合化は念頭にない。実体記述を本位にしているからである。

 「Ⅱ基礎データ」には各個別指標の算出に利用された原統計値と調査時期が,「Ⅲ基礎データの説明」には資料源,基礎データの概念,利用上の注意点などが詳細に記述されている。
「社会生活統計指標」は都道府県値そのものを個別に利用する場合を含め,利用側の多様な利用方法に対応することをねらって作成されている。難点もあるが,作成主体とは異なる立場からの利用の余地は,「生活統計指標」の方が「国民生活指標」よりかなり大きい。
 以上の紹介と考察をもとに,筆者は社会指標の方向性に関する一般的展望を示すが,その内容は悲観的である。それと言うのも指摘されていることはみなもっともなことであるが,それらを改善するのは現状では極めて困難だからである。もちろん筆者はそのことを自覚しているのだが。

すなわち,社会指標はその性格から,社会のあらゆる分野を網羅的に対象とすることが望ましいにもかかわらず,欠けている部分を埋める業務統計は十分でなく,新規調査を組むことはコストの面で難しい。既存統計を利用する場合を考えても,総合加工統計としての内容的な斉一性を確保する制度的基盤がない,民間統計利用可能性もありうるが他の目的で作成された統計と整合性を測ることには障害がある。また,統計作成は作成主体の行政的介入が必ず下地にあり,このことは客観的統計指標の作成を妨げる。関連するが,社会指標が体系的な指導理論にもとづいて作成されないことが重大な問題である,と指摘して筆者は本稿をまとめている。

コメントを投稿