安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

ふだんの袴

2006年04月24日 | 落語
 *付け焼刃は剥げやすい、なんてえことを申しますが、どうも自分の腹から出たことでないてえとものはうまく行かないようですな。

 *ただ今の上野の広小路、あすこを将軍御成りの道、御成街道と申しまして、武具を売る店が多くございました。ェェ鎧師(ヨロイシ)、槍なぎなた、刀剣、弓師なんてえものが軒をならべておりました。あおのあいだに道具屋の店先が、一、二軒ございます。今しも一軒の道具屋の店先へ立ちました一人のお侍、ェェ年齢は五十を二つ三つ出ておりますか、髪は本田銀杏に結び、黒ちりめんの丸羽織、仙台平の袴、白足袋に雪駄ばき、細身の大小をたばさんで、白扇をにぎっております。
侍: (上手へ、鷹揚(オウヨウ)に) あァ亭主、その方の店はここであったか?
店主: (下手へ)おッ、これは、殿様でございましたか。なんでございます、ご用でございましたらお使いを下さればあたくしの方から出向きましたものを、わざわざお越しでどうも恐れ入ります
侍: いやいや、わざわざ参った訳ではない。本日は墓参の帰りである。あァ供の者にはぐれてしまい、これまで参ると、その方が店先におったので心付いたが、いやァ結構な構えであるなぁ(と、その辺を見廻す)
店主: ヘッ、ありがとうございます・・・・ま、どうぞ、殿様、奥の方へおいでくださいまして・・・・お茶(オブウ)などさしあげとうございますが・・・・
侍: あァいやいや、奥へ参らん方がよい。あァ、伴の者がな、追っつけ遅れて参ろう。これにおればすぐ判るが・・・・うゥ、店では邪魔であるか
店主: いいえ、どういたしまして、邪魔なんてえことはございません・・・・では、どうぞ、ご随意になさいまして・・・・(下手奥へ) 小僧や、お茶を・・・・お菓子を、煙草盆を・・・・
 *と、下にも置かないもてなしでございます。
  侍は腰の辺りをさぐりますてえと (と、右手で右腰をちょっとさぐり) ひとつさげの煙草入れを取り出しまして、袂(タモト)から煙管(キセル)を取り出しまして、袋からすッと出しました煙管が、これが銀の無垢でございますな。むくなんてえのァ、犬ばかりかと思うとそうじゃァない、煙管の方にもございまして・・・・。
結構な葉を詰めますてえと (と、扇子の煙管に煙草をつめ) 煙草盆の火入れへかざします。 (と、扇子を右手に人差指を添えて持ったのを伏せ、火をつける態) 葉が結構でございますからすぐに呼び火をいたしまして、これを (と、それへ口に持って行き) すぱり・・・・と輪を吹かしながらあたりの骨董品を見入っておりましたが・・・・
侍: (上手へ)あァ、亭主、その隅に (と、上手高目を見て) 掛けてある鶴は結構なものだなァ
店主: はッ、恐れ入りました。殿様あれにお目が留まりましてございますか。 (と、上手奥を見て) 惜しいことに落款(ラッカン)がございませんが、文晁の作と心得ますが、いかがなものでございましょう
侍: む? まに、文晁と申すか。(と、改めて絵に見入り) おゥ、そうであろう。文晁でなくばかほどの絵は描けまい・・・・文晁は名人であるのゥ・・・・うゥ、うまいものじゃ。(と、煙管を口の前に構えたまま) うぅ・・ん(と、大感心に態でうなる)
 *煙管をくわえて感心をなすった。
  煙管の掃除がきれいに行き届いておりますところへ(煙管を構え) うゥ・・ん、てんで息が入りましたから、雁首の火玉がひょいっと (と、左掌を上へちょっと煽り) 跳び出すてえと、開いております袴のすそへ落ちました。
店主: おッ、殿様、たいへんでございます。(と、右手人指し指で下手低目を指し) お袴のすそへ火玉が落ちましてございます
侍: なに? (と、袴の右裾を見て) おゥおゥ左様か。 (と、煙管の雁首で袴の右裾を叩きながら) いやァ、奇な匂いがいたすと思ったが、これは身共の粗相、許してくれよ
店主: いえ、どういたしまして。お召物にきずがつきはいたしませんか
侍: いやァ案じてくれるな、これはいささかふだんの袴である
 *なおも話をしておりますところは、共の者がないりました。共の者を連れましてお侍は帰ってしまいましたが、これを脇で突っ立って見ておりましたのが、毎度ご厄介になります、われわれ同様と言いたいが、もう少ゥし様子(サマ)の変った、日当たりの悪い(ワリイ)所(トコ)でぼゥ・・・・っと育っちまったてえような江戸っ子でございますが・・・・
八公: えへッ、驚いたねェ・・・・二本差(リャンコ)なんてえものは大たばこなことをぬかしやがンね、どうでえ、あんな
おめえ、昆布めてえに突っ張らかった窮屈袋ォ焦がしときゃァがって、えゝ? これはいささか、ふだんの
袴だ (と、口真似)・・・・(と、にやにや笑いながら) えゝ? (と、とたんに真面目になり) だけどおれにゃァ袴
なんぞねえだもんなァ・・・・そうだ、家主(イエヌシ)ンとこィ行きゃァあるんだよ。あれァよく、自身番ィ行くときに
はいていくとこを見てるからなァ・・・・へへッ、そうだ、借りて来(キ)よう・・・・がらがらッ、ぴしゃんッ (と、口で
言いながら、上手へ) まっぴらごめんねえ (と、大声で)
家主: おゥ?(と、下手を見て) なんだ、たいへんな開けかたしてへえってきやァがったな・・・・なんだ・・・・だれだ?
八公: あっしでござんす
家主: がらか?
八公: がらァ?・・・・ヘヘッ、おッどろいたねェ、おれのことみんな、がらッ八とァ言うけどなァ、八を取っちゃったなァ、
家主: なにをもそもそ言ってやンでえ、なんて開けかァするんだ、もう少しおめえ静かに開けらンねえか
八公: ヘヘッ (と、笑い) そうは行かねえ、静かに開けらンねえんだ
家主: 手加減つって手で開けるんだろう
八公: 今のァ手じゃねえ、足だ
家主: この野郎、なんだって足で開けるんだ
八公: 手がふさがってるからね
家主: この野郎、ふところ手なんかしやがって、間抜けめ、えゝ? なんてことをするんだ、そうやって威(エ)張って入(ヘ)って来るところを見ると、なんだな? 溜まってる店賃のひとつも持ってきたのか
八公: へッ、ひとつだなんて冗談じゃないよ
家主: ほゥ、ふたっつか
八公: ふたっつばかり (と、鼻であしらうように)
家主: みっつかァ?
八公: みっつだなんて、ンなこと言っちゃいけねえ
家主: よっつか?
八公: なにもひとつっつふやすことァねえだろう
家主: おゥ、えらいな、みんな持ってきたか
八公: 冗談じゃねえ
家主: なァんだい・・・・一体(イッテエ)いくつ持ってきたんだ
八公: ひとつも持ってこねえ
家主: なァにょ・・・・(と、呆れて) ひとつも持ってこねえで威張ってるやつがあるか、てめえがそうやっておめえ、なァ、大きな顔ォして入ってくりゃァおめえ、店賃の滞りを持ってきたと思うじゃァねえか
八公: そこが慾のまちげえだ
家主: 張り倒すそ、この野郎・・・・なにしに来たんだ
八公: へえ、すまねえ、大家さん、借りもんだ
家主: いやンなっちゃう、こン畜生ァ、ものを借りに来ンのに威張ってやァら、えゝ? おばあさん (と、上手奥へ)へ、どうも腹も立てらンねえ・・・・なにィ借りにきたんだ、えゝ? なにを借りにきたんだよ
八公: すまねえ、窮屈袋ォ貸してもれえてえんだけどね
家主: 窮屈袋?
八公: ほら、二本差(リャンコ)がへえてるでしょ
家主: なんだ、りゃんこがへえてるてえのァ?
八公: ほら、侍(サムレエ)がこう(と、両手で袴をちょっと払うような形) 突っぱらかったものをへえてるじゃァねえかよゥ
家主: あゝ、おまえの言うの袴と違うか?
八公: そうそう、その窮屈袋
家主: まだそんなことォ言ってやがら・・・・おめえは職人じゃァねえか、そんな袴の要り用があンのか、えゝ? なんで要るんだ・・・・なにか? 祝儀不祝儀でもあるのか
八公: ヘッ?
家主: 祝儀不祝儀か?
八公: へえ、そう (と、至って安直にうなずく)
家主: なに? (と、袴の右裾を見て) おゥおゥ左様か。 (と、煙管の雁首で袴の右裾を叩きながら) いやァ、奇な
八公: 祝儀不祝儀
家主: 祝儀不祝儀どっちなんだ
八公: 祝儀不祝儀なんだよ
家主: だからどっちだと訊いてるじゃァねえか
八公: ヘッ、判らねえなァ、大家さんも・・・・あのねェ、いま酒屋の角でもってさァ、あの、向こうから祝儀が来て、こっちから不祝儀が来てね、あの角でぶつかっちゃったン。で、祝儀が不祝儀の足を踏んじゃったんだね。
こりゃァ不祝儀ァだまっちゃァいねえやね、なんだっておれの足を踏みやがったんでえ・・・・なにを言ってやン、
てめえの足がおれの足の下へむぐずり込んだんだ・・・・この野郎ふざけたことをいうな・・・・この野郎ォ・・・・
ってんで喧嘩ンなっちゃたン。それ、あっしゃァ見てたもんですからえェ、これァ留めねえ訳にゃァいかねえや、
こっちだってね。そいからまァ、あいだィへえって、まぁまぁまぁまぁ・・・ってんで、これ、留めましてねェ、いま、鰻屋の二階でもって、この、仲直りをさせようてんだ。あっしゃァ仲人(チュウニン)ですからね、やっぱり、こう、突っ張らかったものをはいてねえと格好がつかねえから、へえ、そういう訳なんです、貸しつくンねえな
家主: なにを言ってやがる・・・この野郎まァ、祝儀不祝儀をなんと心得てやがる、えゝ? まァ使い道ァ言えねえんだろう・・・・おばあさん、大方茶番にでも使おうってんだろう、まァいいや、だしてやれ・・・・おいおい、箪笥から出すことァねえよ、その折れッ釘ィ (と、上手横高目を示し) 引っ掛かってンのでたくさんだ。それ、こっちィ持ってこい。 (と両手で上手奥から受け取り、下手へほうり出し) さァ、持ってきな
八公: (上手低目をじっと見て) へッへッへッへッへ、ふヮァ・・・・こ、こりゃなんだい、こりゃ?
家主: なんだてえことァない、袴だ
八公: (しげしげ見ながら) これがかい? ・・・・しでえ袴だなァ、こらあ・・・・これァなんじゃねえか、ほら、あれがないねェ?
家主: なにが?
八公: こう、ほら、でこぼこがよゥ
家主: なんだ、でこぼこてえのァ・・・・おまえの言うのァ襞(ヒダ)か?
八公: あゝ、それそれ。それがねえね
家主: うん。あァそんなものはとっくにくずれちまった
八公: くずれたァ? しもやけみてえな袴だなァ・・・・りゃんこのァもっと立派だったぜ
家主: そりゃァお侍は表看板におはきンなる、立派なものをつけるだろう
八公: ヘェ・・・・あァ、まァいいや、どうせ焦がしちゃうんだから・・・・
家主: なにィ? 質入(コカ)しちゃう?
八公: い、いいえ、コカすようなのとァしねえ
家主: あたりめえだ、この野郎。貸してやったりコカされたりしてたまるか。済んだらすぐ持ってこいよ
八公: 大家さん、済んだらすぐ持ってこいよてえと、あっしゃなんだか他人(シト)様からものを借りて返さないように聞こえるねェ。冗談じゃァないよ。あっしゃァおぎゃァと生まれてこのかたねェ、しと様にものォ借りて返さないような男じゃァないよ
家主: 大きなことを言ったなァ・・・・じゃァおめえに訊くがなァ、去年の盆だ、おれンところから鳴海絞り(ナルミシボリ)の浴衣ァもってたなァ。あれ、あれっきり返さねえじゃねえか、あれァどうしたんだ
八公: あァ、あの、借りたやつ・・・・あれ、まだ覚えてるかい? ははァ、あいつを覚えているところをみると、まだ耄碌(モウロク)しねえな
家主: 張り倒すそ、この野郎・・・・どうした、あれァ?
八公: へえ、あれはねェ、留(トメ)ンとこで赤ん坊が生まれたときにね、おしめのぼろがねえってんでね、そいじゃァこいつをやっちまおうってんでくれちゃいましたがね、時々あの、おしめンなって、こう、かかってましたがねェ、もう要らねえでしょうから、じゃァあり、貰ってきようか
家主: 要らねえ、そんなものァ・・・・すぐ返せよ
八公: へえ、どうも、借りてきやす。(と、右手で袴をかかえる態で) へッへッへッ、有難(アリヤ)てえありやてえ、とうとう借りちゃった。やっぱりなんのかんの言っても大家だなァ・・・・(かかえている袴をじっとみつめ)
こりゃきけねえや、侍は大きな紋の付いた羽織を着てやがったんだ。いまさら借りに行ったら今度ァおどかされちゃうな、ま、いいや、この印半纏の上からつけちまえ・・・・
 *大紋付(ダイモンツキ)の上から袴ァはいてな、ふところ手のできないのを無理に袖ンとこへ手を突っ込むと、横ンなって蟹みてえね格好をして・・・・
八公: 亭主(テイシ) (と、間抜けな大声で) おめえの家ァここかァ
店主: あァ・・・・へ? なんだい、あまり見かけたことのないかただが・・・・(上手奥へ) え? 知ってるかたかい?
・・・・へえへえ、どうぞ・・・・どうぞこちらへ
八公: あァ・・・・実はなァ (と、相変わらず一ッ調子声高に) 墓参の帰りだ。供の者にはぐれてな
店主: (上手奥へ小声で) なんだ、自分が供みてえじゃァねえか
八公: これまで来るとおねえが店先にとぐろを巻いてたから気が付いた。大きな家だなァ・・・・なかなか家賃も出るだろう、えゝ? それともふたっつみっつ溜まったか
店主: ご冗談さまで・・・・まァどうぞおかけ下さいまし
八公: おかけ下さいてえのァ違うだろ? どうぞ奥の方へ、と行かなくちゃいけねえ。いや、奥へ参らん方がいい
店主: だれも奥とは申しません
八公: あァ・・・・おい、小僧、ぼんやりしてンじゃねえやな、えゝ? 茶ぐれえ持ってこい
店主: これはどうも・・・・お茶を持ってきな
八公: あ、おい、あのね、茶を飲ませる親切があったら冷でもいいからきゅゥッといっぺえやらしてくれい・・・・
はッはァ驚いてやらァ、これァ冗談だ。おい、小僧、煙草盆を持ってこい、煙草盆を・・・・ぼんやりしてンない、この野郎ァ。そんなこっちゃァなんだぞ、いい番頭にゃァなれねえぞ、えゝ? ・・・・そこィ置け、そこィ・・・・
えゝ? ンとにィ、鳩が豆鉄砲くらったようなツラァしてやがって・・・・今に驚くな、この野郎ァ。(ふところから煙草入れのこころの手拭を取り出し、両手で大事そうに持ち、それを眺めながら) おれの煙草入れァ千住(センジ)の河原の煙草入れ、かますだ、なァ? 煙管だって(と、煙管のこころで扇子をとりあげ) どうもりゃんこのとァ違わあ、真鍮の鉈豆(ナタマメ)ときてやがら (と、じっとそれを眺める) なあ? ヘッヘッ・・・・
(と、煙草入れの中を見ると) あァ、こらいけねえや。煙草がねえや、こらあ・・・・粉ばかりになっちゃった・・・・
いまさら買いに行ったって間に合わねえや、なァ・・・・いいや、これでやっつけよう、へへ、まとめときゃァいいだろう。(と、かまわず煙管につめ) あァあァ、しょうがねえや・・・・まず、こう、煙草盆・・・・(と、気取って大げさに前の侍の型を真似て火をつけようとする・・・・雁首の下を覗き込み) あァあ、いけねえ、粉だからにんなあかっちゃたい。(と、もう一度煙草をつめ) 口の方からお迎い火だ、なァ・・・・(と、今度は口からもって行き) へッへ、火が付きゃァこっちのもんだ・・・・(と、肘を張って煙管を大きく構え) 亭主(テイシ)、あの隅にぶら下がってえる鶴はいい鶴だなァ
店主: は、これはどうも、お見それをいたしました、あれにお目が付きましてございますか。惜しい事に落款がございません。文晁の作と心得ますが、いかがなもので
八公: なに? ぶんちょう? あれが? ・・・・文鳥じゃァねえだろ、あれァ・・・・文鳥でえのァもっと小さな鳥だろう、くちばしが赤くって・・・・あれァおめえ、首が長くって、くちばしが長くって、おめえ・・・・冗談を言うねえ、この野郎、おれがなんにも知らねえと思ってやがらァ、あんな文鳥があるかァ、鶴じゃァねえか、あれァ
店主: はッはッは、これァどうも、失礼をいたしました。へえ、いかにも仰せのとおり、あれは鶴でございます
八公: 鶴だな。あゝ、いい鶴だな、これァ、うん、いい鶴だ、うゥ・・ん (と、うなる)
 *いくら感心しても掃除の行き届いていない煙管ですからな、火玉が跳び出しません。口惜しいから、いい鶴だ、ぷいッ (と、煙管を吹く形) と吹いたからたまらない、火玉がきりきりッと舞い上がるてえと、袴へ落ちないで頭のてっぺんへ(と、右手で頭を指し) 落っこった・・・・
八公: たッはッはッはッは・・・・(と、熱さのあまり、目をぎゅっとつぶって、それでも煙管を構えたまま)あァ・・・ァ、いい鶴だァ
店主: おほッ、どうも、親方、冗談じゃァこざいません、頭(ツムリ)ィ火玉が落ちました
八公: なァに心配(シンペエ)すンな、こいつァふだんの頭だ


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