建長寺の写真を見ていたら、何となく建長寺に行きたくなり6月3日一人でいってきました。
⑦方丈
昭和15年に京都の般舟三味院の本堂を移築したもの。
⑦方丈・庭園
庭園は蘭渓道隆の作庭。
⑧唐門
方丈の正門。
⑨虫塚
2015年養老孟司氏によって建立された。
命を奪われた昆虫を供養するための慰霊碑。
⑩鎌倉半僧坊
建長寺の鎮守、「半僧坊大権現」を祀るお堂。
さすがに上るのがきつかった。
建長寺の写真を見ていたら、何となく建長寺に行きたくなり6月3日一人でいってきました。
⑦方丈
昭和15年に京都の般舟三味院の本堂を移築したもの。
⑦方丈・庭園
庭園は蘭渓道隆の作庭。
⑧唐門
方丈の正門。
⑨虫塚
2015年養老孟司氏によって建立された。
命を奪われた昆虫を供養するための慰霊碑。
⑩鎌倉半僧坊
建長寺の鎮守、「半僧坊大権現」を祀るお堂。
さすがに上るのがきつかった。
5月10日の「ぶらぶら美術・博物館」で鎌倉をやっていた。
その中で鎌倉五山1位の建長寺、完成した当時は七堂伽藍と49の塔頭を誇っていたが、
震災や火災でその大半を失い、今は江戸時代以降の観蔵幕府の寄進で復興したものが多い。
次回訪問した時は改めて見直してみたい。
芝の増上寺から移築したもの。これだけの社格を誇る巨刹でありながら本尊は地蔵菩薩、これはかってこの地が”地獄谷“と呼ばれた処刑場だったからだそうだ。
ここにある“釈迦苦行僧”は2005年愛知万博のパキスタンパビリオンに置かれれていたものを寄贈されたもの。 天井の雲竜画は2003年小泉淳作の昨。
ここで夏目漱石が読んだ句があるが、それを知った正岡子規が俳句とはこのように読むものだと読んだのが、かの有名な“柿食えば・・・・”だったらしい。
今年も家族ドライブで花見に行きたいので、過去に行った桜を振り返えってみた。
1、大岡川沿いの桜
大岡川沿いに続く全長5kmの両岸に続く桜並木は圧巻。
桜が咲く季節にはぼんぼりでライトアップされるなど、街全体が盛り上がる。
2、根岸森林公園の桜
雄大な芝生広場を約350本の桜の花が彩る。
園内約350本の桜(ソメイヨシノ)があり、桜山の開花が始まると青い空を背景に桜の花がピンクの雲海の様に見える。まさに絶景ともいえる景色を作り出す。
3、近所の桜
永谷天満宮の桜
土木事務所裏の桜
日限地蔵の桜
13日の家族ドライブは池上梅園でした。
大田区に住んでいるとき、池上本門寺には行ったが梅園は初めて。
暖かな日和で梅園は賑わっていたが、本門寺のほうは空いていた。
1月30日、人出が少ない場所と考え、伊勢山皇大神宮 〜 掃部山公園に行った。
ここは横浜開港時、港と外人居住区が見渡せ奉行所も置かれていたようだが、今はみなとみらい地区の高層建築物で展望がきかずひっそり感がある。
ところが行ってみたら伊勢山皇大神宮な初詣の人で賑わっていた。
一方掃部山公園は誰もいなかったが何故ここに井伊直弼の銅像があるか疑問に感じていたので帰って調べてみたら「旧彦根藩士が買い取って井伊家の所有となり、1909年(明治42年)、横浜開港50年記念に井伊直弼の銅像が建立された。」とあった。
井伊直弼というと安政の大獄、桜田門外の変で有名だが、日本の開国・近代化を断行した人物としてもっと評価されてよいのではないかと思った。
驚き!
・トヨタはこんな昔からなんにもない中東に進出していたこと
・トヨタはドバイが大発展することを予測していたこと
・このトヨタビルが壊れず・壊されずにずっと残っていること
Quora より
11月27日の「新美の巨人たち」で横浜の山下公園を見た。
関東大震災の瓦礫を埋めて作ったことは知っていたが、その後米軍将校の宿舎になったり鉄道が走ったり多くの変遷を経て現在に至ったことを知った。