腹が減っていた。二日間、何も食べていなかった。道を歩きながらバナナを食べていた小学生からバナナをぱくって、警察に連れて行かれた。
父と母の事を訊ねられたので、「いない」と言った。住所を訊ねられたが、「知らない」と答えた。
おにいさんは、お手上げというしぐさをし、ごつい顔をしたおっさんが前に座った。「腹が減ったか?」と訊ねられて、コックリ頷いてしまった。おっさんは、先ほどのおにいさんが届いたばかりの牛丼を、箸を割って食べようとしていたところに行ってかっさらった。机の上に置いてくれた。
恨めしそうな顔をしたおにいさんに、おっさんは、「男の子だろ、泣くな」と言った。
「食べてもいいぞ」と言ってくれた。丼の中身は気がついたら無くなっていた。お茶を飲ませてくれた。
なぜあんなことをしたのかを訊ねられた。おっさんは、黙って待ってくれた。ポツリポツリと話し始めたら涙が出てきた。切れ切れに30分くらい話したと思う。気がついたら、おっさんが涙を浮かべていた。さっき、「男の子だろ、泣くな」と言ったのに、と思ったけれど、そんなことは言わなかった。
別室につれて行かれて、パンツ一枚にされた。身体じゅうの痣と傷を見られてしまい恥ずかしかった。
畳を敷いた部屋で寝かせてくれた。寝るまで横にいてくれた。
次の日、おっさんは別のところへ連れて行ってくれた。何人かの人にいろんなことを訊ねられた。一度話したことだから割合すらすらと答えられた。
「もう、家に帰りたくない?」と訊ねられた。
「死んでも帰りたくない」と、自分でもびっくりするほどの大きな声で言った。「じゃあ、そう言う風にするね」と地味な服を着たお姉さんとおばさんの中間くらいの人は言った。
そうなった。施設で暮らすことになった。辛いことはいっぱいあったけど、家にいた時のような事はされなかった。夜中に大きな声を出して飛び起きるようなこともだんだん減って行った。
高校に入学できた。
おっさんが久しぶりに来た。「大きくなったな、坊主」と言った。「坊主じゃないです」と言ったら笑っていた。
時計をくれた。「高校に入学したお祝いだ」と言った。「おじさんの息子は、入学式の前の日に死んだ」と言った。なぜ死んだのかを聞きたかったけれど、我慢した。誰だって触れられたくないことはあるだろうし、おっさんの堤防が切れるようなことになったら可哀想だと思ったから。
「将来、何になりたい?」と訊ねられた。施設においてあった漫画の中で一番好きだったものの主人公が宇宙飛行士だったから、「宇宙飛行士」と言った。おっさんは、大きく目を見開いた。笑われると思ったけど、おっさんは笑わなかった。両手を肩において、「なれよ」とだけ言った。
笑われないことが嬉しかった。
目標がはっきりした。それからは、死ぬほど努力した。
宇宙飛行士にはなれなかったけれど、町工場で、ロケットの小さいけれど大切な部品を作る仕事に就くことができた。
優しい、人の心が分かる女の子と結婚した。
署を訪ねて、おっさんに逢いに行った。「オヤジになってほしい」と言った。おっさんが一人で生活していることは調べ済みだった。
おっさんは、びっくりしたような顔をした。それから泣いた。
「泣くな、男の子だろ」と言った。おっさんは、泣きながら笑い出した。
父と母の事を訊ねられたので、「いない」と言った。住所を訊ねられたが、「知らない」と答えた。
おにいさんは、お手上げというしぐさをし、ごつい顔をしたおっさんが前に座った。「腹が減ったか?」と訊ねられて、コックリ頷いてしまった。おっさんは、先ほどのおにいさんが届いたばかりの牛丼を、箸を割って食べようとしていたところに行ってかっさらった。机の上に置いてくれた。
恨めしそうな顔をしたおにいさんに、おっさんは、「男の子だろ、泣くな」と言った。
「食べてもいいぞ」と言ってくれた。丼の中身は気がついたら無くなっていた。お茶を飲ませてくれた。
なぜあんなことをしたのかを訊ねられた。おっさんは、黙って待ってくれた。ポツリポツリと話し始めたら涙が出てきた。切れ切れに30分くらい話したと思う。気がついたら、おっさんが涙を浮かべていた。さっき、「男の子だろ、泣くな」と言ったのに、と思ったけれど、そんなことは言わなかった。
別室につれて行かれて、パンツ一枚にされた。身体じゅうの痣と傷を見られてしまい恥ずかしかった。
畳を敷いた部屋で寝かせてくれた。寝るまで横にいてくれた。
次の日、おっさんは別のところへ連れて行ってくれた。何人かの人にいろんなことを訊ねられた。一度話したことだから割合すらすらと答えられた。
「もう、家に帰りたくない?」と訊ねられた。
「死んでも帰りたくない」と、自分でもびっくりするほどの大きな声で言った。「じゃあ、そう言う風にするね」と地味な服を着たお姉さんとおばさんの中間くらいの人は言った。
そうなった。施設で暮らすことになった。辛いことはいっぱいあったけど、家にいた時のような事はされなかった。夜中に大きな声を出して飛び起きるようなこともだんだん減って行った。
高校に入学できた。
おっさんが久しぶりに来た。「大きくなったな、坊主」と言った。「坊主じゃないです」と言ったら笑っていた。
時計をくれた。「高校に入学したお祝いだ」と言った。「おじさんの息子は、入学式の前の日に死んだ」と言った。なぜ死んだのかを聞きたかったけれど、我慢した。誰だって触れられたくないことはあるだろうし、おっさんの堤防が切れるようなことになったら可哀想だと思ったから。
「将来、何になりたい?」と訊ねられた。施設においてあった漫画の中で一番好きだったものの主人公が宇宙飛行士だったから、「宇宙飛行士」と言った。おっさんは、大きく目を見開いた。笑われると思ったけど、おっさんは笑わなかった。両手を肩において、「なれよ」とだけ言った。
笑われないことが嬉しかった。
目標がはっきりした。それからは、死ぬほど努力した。
宇宙飛行士にはなれなかったけれど、町工場で、ロケットの小さいけれど大切な部品を作る仕事に就くことができた。
優しい、人の心が分かる女の子と結婚した。
署を訪ねて、おっさんに逢いに行った。「オヤジになってほしい」と言った。おっさんが一人で生活していることは調べ済みだった。
おっさんは、びっくりしたような顔をした。それから泣いた。
「泣くな、男の子だろ」と言った。おっさんは、泣きながら笑い出した。