私は、自分で言うのも何なのだが、天才である。天才というものは、凡人のできないことができるものである。で、私はタイムマシンを作ってみようとした。数カ月の試行錯誤の結果、できたことは出来たのだが、どうもおかしい。
「タイムマシンができたとしたらどこに行ってみたいですか?」などという問いに対しては、「邪馬台国に行って卑弥呼と会ってみたい」とか、「あの大戦の前に行って何とか止めてみたい」などという答えがある。ただ、タイムマシンというものは、人を過去へ運ぶことができても、過去に干渉することは出来ない。もし何らかの形で干渉すると、そこから別の歴史が分岐する。これは、納得していただけるだろう。
ところが私がこのたび発明したのは、そう言うタイプのタイムマシンではない。行くことができるのは、神話、伝説、お話の世界なのだ。邪馬台国へ行って卑弥呼と逢う事はかなわない。しかし、トールも斃れ、オーディーンもフェンリスオオカミに呑み込まれ、巨人スルトルがイグドラシルの宇宙樹に火の剣を投げつけ、樹は炎に包まれ、大地は海のそこへと沈んでいく、という「神々の黄昏」を見ることは出来る。
自分の醜い姿を見られたイザナミが、おどろおどろしい姿でイザナギをおいかけ、イザナギが必死の形相で逃げていくというシーンを見ることもできる。
で、私のタイムマシンも、過去に干渉することは出来る。ただ、そこから別の歴史が分岐する事には変わりはない。
私は、考えた。ちょっとやってみようと。
まず手始めに、「浦島太郎」のところへ行ってみよう。操作パネルのスクリーンに「浦島太郎」とまず打ち込み、「玉手箱を開ける前」と続けて打ち込む。あとは、OKボタンをクリック。
ついた。われながら恐ろしいほどの才能だ。太郎はすぐ分かった。砂浜にへたり込んで、横に玉手箱がある。声をかけてみよう。
「どうかしたんですか?」
太郎は、それまであった事をポツリポツリと語り始めた。亀を助けた事、竜宮城へ行った事、乙姫様が美人だったこと、本当は帰りたくなかったこと、帰ってきたら知っている人たちはみんな亡くなっていて、自分を知っているものも誰一人おらず、いまさら竜宮城に帰るわけにもいかないこと等々。
「きれいな箱ですね」と私は訊ねた。
「あっ、これは玉手箱と言って乙姫様が私にくだすったものだ。でも、決して開けてはならないとおっしゃってたなぁ・・・」
太郎は遠い眼をして、言った。
「もう、俺は生きていたくもない。この箱を開けたら何か起こるかもしれんけれど、もうそんなの関係ない」
「ちょっとお訊ねしたいのですが?」
「なにかね?」
「竜宮城に出かけられる頃の事で何か記憶にあることはありませんか?」
「そうじゃなぁ・・・ああ、奈良に都ができて、大きな仏様がつくられたとか、都に行って来たものが言っとったなぁ」
「そうですか、都は京都に移り、先日宇治に平等院ができたそうですから、竜宮の3年は、この世の300年というのは納得がいきますよ」
「えっ、わしが出て行ってから300年も経ってるんか。知っているものが誰もおらんはずじゃ」
「太郎さん、最近、都ではやっていることがあるんですよ」
「なんじゃね、そりゃ」
「昔話を語って聞かせることです。さっきあなたが私に語って聞かせてくだすったお話があるでしょう。いま、都の人たちはああいったお話を聞きたがっているんです」
「珍しくもなんともない話しなんじゃがなぁ」
渋る太郎を説得して私は京都に行った。そしてそこで、しかるべき人物に話
をつけると、太郎は、あっという間に人気者となった。とつとつとした語り口、体験したものだけが知りうる細部の面白さ。
次に会った時、太郎は服装も整え、自宅も新築し、女房まで持っていた。
太郎は私に言った。
「本当にあなたには世話になりました。お礼と言ってはなんですが、これを受け取ってくださいませんか」
彼が差し出したのは玉手箱だった。
「これは大切な小道具じゃなかったんですか?」
「いえいえ、ちゃんとそっくりのものが作ってあって、いまはそれをつかっております。それに、乙姫様との約束で、開けちゃあならないものだから、私が持っていても仕方ありません。約束を破る所だった私を救ってくれた上に、こんな生活までさせてくれた。本当にあなたは恩人です」
彼の語りのラストはどうなったかって?
浦島太郎は乙姫様との約束を守って玉手箱を開けることはありませんでした。正直者の太郎は、いろんな人と巡り合い、とても幸せな生活を送りましたとさ。
うーん、つぎはどこにいってみようかな・・。
「タイムマシンができたとしたらどこに行ってみたいですか?」などという問いに対しては、「邪馬台国に行って卑弥呼と会ってみたい」とか、「あの大戦の前に行って何とか止めてみたい」などという答えがある。ただ、タイムマシンというものは、人を過去へ運ぶことができても、過去に干渉することは出来ない。もし何らかの形で干渉すると、そこから別の歴史が分岐する。これは、納得していただけるだろう。
ところが私がこのたび発明したのは、そう言うタイプのタイムマシンではない。行くことができるのは、神話、伝説、お話の世界なのだ。邪馬台国へ行って卑弥呼と逢う事はかなわない。しかし、トールも斃れ、オーディーンもフェンリスオオカミに呑み込まれ、巨人スルトルがイグドラシルの宇宙樹に火の剣を投げつけ、樹は炎に包まれ、大地は海のそこへと沈んでいく、という「神々の黄昏」を見ることは出来る。
自分の醜い姿を見られたイザナミが、おどろおどろしい姿でイザナギをおいかけ、イザナギが必死の形相で逃げていくというシーンを見ることもできる。
で、私のタイムマシンも、過去に干渉することは出来る。ただ、そこから別の歴史が分岐する事には変わりはない。
私は、考えた。ちょっとやってみようと。
まず手始めに、「浦島太郎」のところへ行ってみよう。操作パネルのスクリーンに「浦島太郎」とまず打ち込み、「玉手箱を開ける前」と続けて打ち込む。あとは、OKボタンをクリック。
ついた。われながら恐ろしいほどの才能だ。太郎はすぐ分かった。砂浜にへたり込んで、横に玉手箱がある。声をかけてみよう。
「どうかしたんですか?」
太郎は、それまであった事をポツリポツリと語り始めた。亀を助けた事、竜宮城へ行った事、乙姫様が美人だったこと、本当は帰りたくなかったこと、帰ってきたら知っている人たちはみんな亡くなっていて、自分を知っているものも誰一人おらず、いまさら竜宮城に帰るわけにもいかないこと等々。
「きれいな箱ですね」と私は訊ねた。
「あっ、これは玉手箱と言って乙姫様が私にくだすったものだ。でも、決して開けてはならないとおっしゃってたなぁ・・・」
太郎は遠い眼をして、言った。
「もう、俺は生きていたくもない。この箱を開けたら何か起こるかもしれんけれど、もうそんなの関係ない」
「ちょっとお訊ねしたいのですが?」
「なにかね?」
「竜宮城に出かけられる頃の事で何か記憶にあることはありませんか?」
「そうじゃなぁ・・・ああ、奈良に都ができて、大きな仏様がつくられたとか、都に行って来たものが言っとったなぁ」
「そうですか、都は京都に移り、先日宇治に平等院ができたそうですから、竜宮の3年は、この世の300年というのは納得がいきますよ」
「えっ、わしが出て行ってから300年も経ってるんか。知っているものが誰もおらんはずじゃ」
「太郎さん、最近、都ではやっていることがあるんですよ」
「なんじゃね、そりゃ」
「昔話を語って聞かせることです。さっきあなたが私に語って聞かせてくだすったお話があるでしょう。いま、都の人たちはああいったお話を聞きたがっているんです」
「珍しくもなんともない話しなんじゃがなぁ」
渋る太郎を説得して私は京都に行った。そしてそこで、しかるべき人物に話
をつけると、太郎は、あっという間に人気者となった。とつとつとした語り口、体験したものだけが知りうる細部の面白さ。
次に会った時、太郎は服装も整え、自宅も新築し、女房まで持っていた。
太郎は私に言った。
「本当にあなたには世話になりました。お礼と言ってはなんですが、これを受け取ってくださいませんか」
彼が差し出したのは玉手箱だった。
「これは大切な小道具じゃなかったんですか?」
「いえいえ、ちゃんとそっくりのものが作ってあって、いまはそれをつかっております。それに、乙姫様との約束で、開けちゃあならないものだから、私が持っていても仕方ありません。約束を破る所だった私を救ってくれた上に、こんな生活までさせてくれた。本当にあなたは恩人です」
彼の語りのラストはどうなったかって?
浦島太郎は乙姫様との約束を守って玉手箱を開けることはありませんでした。正直者の太郎は、いろんな人と巡り合い、とても幸せな生活を送りましたとさ。
うーん、つぎはどこにいってみようかな・・。