蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

昔々あるところに 弐

2015-07-12 15:05:29 | 日記
 おばあさんは、もう川で洗濯することもなくなったのですが、久しぶりに川まで散歩してみました。まだまだ足腰は丈夫です。ああ、ここで桃太郎を拾ったんだなぁと感慨にふけっておりますと、川上から何か流れてきました。茶碗です。それも誰か中に乗っているようでした。おばあさんに気が付いたと見えて、茶碗は岸辺に寄ってきました。中には、作務衣を着た男の子が乗っておりました。
 男の子に、どこに行くのかと訊ねますと、京へ上ると言いました。おばあさんは、ずっと以前に首都が移った事を説明しました。男の子はたいそうがっかりした様子で、もう少し説明がききたいし、何か食べさせてくれないかと言いましたので、人のいいおばあさんは、そのお椀を両手で抱えて、男の子と世間話をしながら家路につきました。男の子は、自分の事を「一寸法師」と自己紹介しました。おばあさんは、尺貫法が廃止されたことを告げると、さらにこの子を傷つけることになりそうだと思って、そのままにしておきました。
 また一人、家族が増えて、おじいさんとおばあさんは大喜び、かぐや姫と、桃太郎は弟ができたと喜びました。
 それから数年が経った時、桃太郎とかぐや姫が二人で、おじいさんとおばあさんに相談があると言いました。長年一緒に暮らしているうちに、どちらからともなく恋心を抱くようになり、結婚させてほしいとのお願いでした。おじいさんとおばあさんとは、結婚は両性の合意のみに基づくという憲法の規定を説明して、祝福しました。
 二人は、同じ敷地の中に小さいけれど素敵な新居を立てました。設計図は一寸法師が書き、近所の大工さんが腕を振るってくれました。
 結婚して一年、二人は珠のような男の子を授かりました。
 しかし、その頃から、かぐや姫が物思いに沈む姿が時々見られるようになりました。おじいさんとおばあさん、そして一寸法師は、桃太郎をよんで、問い詰めましたが、桃太郎もわけが分からず心配していることが分かりました。
 四人が頭を寄せ合って相談していた時、ドアが開いて、かぐや姫が入ってきました。二つの瞳は涙であふれていました。
 かぐや姫が言うところによると、自分は月の世界の住人で、しばらく、おじいさんとおばあさんとに育ててもらったのだけれど、そろそろ月に帰らねばならない日が近づいてきたということなのでした。
 何という理不尽な事でしょうか。竹の中に捨て子をし、長年にわたって実の娘同然に育ててきた二人に対して何の相談もなく月へ連れて帰るとは許せないことでした。まして、桃太郎という配偶者もあり、子どもまでいるというのに、なんと身勝手な事でしょう。
 帰らねばならない時はいつなのかと訊ねると、7月の満月の日だとのことです。検索してみると、2日と31日。31日がその『帰らねばならない日』なのです。それを知った時、一寸法師がすっくと立ち上がって、何も言わずに家を飛び出していきました。後を追うようにして桃太郎も飛び出していきました。あとに残されたかぐや姫とおじいさん、おばあさんは涙にくれるしかありませんでした。

昔々あるところに 壱

2015-07-12 13:32:57 | 日記
 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ竹取に、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
 おじいさんが竹林の中に入ると、下から四つ目の節のところがぼんやりと光っている竹がありました。その節のところをのこぎりで切って取り出して、一番上の部分を、中身を傷つけないように切ってみると、中には小さくてかわいい女の子が眠っていました。おじいさんは、起こしては可愛そうだと、そっと竹筒を抱っこして家路につきました。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきました。何とか岸辺に引き寄せる事は出来たのですが、引き上げることは出来ませんでしたので、携帯を取り出して、助けを呼びました。先週、町に行ったときに駅でチラシを配っていた若者たちの事を思い出したのです。「多田便利軒」「なんでも仕事引き受けます。只今開店特別セール中」とマジックインキで描いたような手書きの文字が印象に残っていたので、畳んでウェストポーチの中に入れていたのです。電話はすぐにつながり、事情を話すと、二人で軽トラに乗ってきてくれることになりました。
 若者二人は、なんとか軽トラに桃を乗せてくれ、家まで運んでくれました。おばあさんは助手席に乗り、「ぎょうてん」という名前の若者が荷台で桃を抱えていてくれました。最近の若者は、見かけによらず親切だとおばあさんは、なにかあったらまたこの二人に頼もうと決めました。

 おばあさんが家に帰るとおじいさんが先に帰っておりました。おじいさんは、竹の節の中に眠っている女の子をおばあさんに見せました。二人の若者も覗き込んでいました。若者たちは、まるで子どもに帰ったような表情で女の子を見つめていました。
 軽トラから桃を下ろして来て、割ってみることにしました。家にある一番大きな包丁を出して来て、桃のてっぺんにあてると、不思議なことに桃は自分でパカッと割れ、中から、男の子が飛び出してきました。ナイキのスニーカーを履いて、ラフスキンの半パン、ポールスミスのTシャツ姿で、シャツには、「桃太郎」というロゴが入っていました。

 男の子が出てきた桃を食べるかどうか一同は迷いましたが、「ぎょうてん」という若者の、「いいんじゃね」という一言で、みんなで小分けにして腹いっぱいいただきました。
 若者たちに、代金の事を言いますと、多田という若者が、「多田という名前ですから、タダでいいです。桃も頂きましたし」といって、どう考えても手書きだろうと思える名刺を渡しました。おじいさんとおばあさんは、若者の気持ちを傷つけてはいけないと思ってとりあえず笑い、そして、「これは、裏の畑でとれたもんだ」と茄子とかぼちゃを渡しました。

 若者たちが立ち去った後で、おじいさんとおばあさんとは、今日新しく家族になった男の子と女の子を育てていくことにしました。桃太郎は、自分も働くと言ってくれたのですが、おじいさんは、まず学校に行くことが大切だと諭し、次の日に、一時間に一本しかないバスに乗って町役場で転入届をだしました。
 戸籍係の人は、山ほどキラキラネームを見ているので、「桃太郎」、「かぐや姫」という名前もすんなり受け付けてくれました。
 小学校では、30分ほど校長先生と話をし、二年生に編入するという事になり、教科書や文房具も買いそろえました。

 次の日、竹林に行くと、またまた節が光る竹がありました。同じように切ってみると、今度はウズラの卵くらいの金のかたまりが入っていました。
 夜更けに、「正直者のおじいさんとおばあさんの家はここか」とささやく声が聞こえ、どさっと何かをおいていく音がしました。慌てて外へ出てみると、笠を被ったお地蔵様がゆっくりゆっくり立ち去っていく後ろ姿が見えました。家の前には袋が置いてあり、中には新札で二億円ほど入っていました。
 こんなことが何度も起こりました。

 二人は相談して、信用できる難民支援の団体、犬や猫の保護団体、子どもの虐待に真剣に取り組んでいる団体、政治をまともなものにしようとしている政党などに寄付を行い、残ったお金で家の建て替えを行い、家具を新しくしました。子ども部屋も二つ作り、おばあさんはシステムキッチンを、おじいさんは作り付けの書棚を作ってもらうように建築家の人に頼みました。長年の夢がかないました。
 この時も、多田便利軒の若者たちは二人を手伝って、よく働いてくれました。
 竹の節の中で眠っていた女の子も、ぐんぐんと大きくなり、桃太郎の一年下の学年に入れてもらえることになりました。星座の事や神話の事にとても詳しかった女の子は、たくさんの友達ができました。(つづく)