蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

長年の夢

2015-07-19 14:18:38 | 日記
 入道雲のてっぺんを私は歩いている。一度歩いてみたかった。靴も脱いだし、靴下も脱いだ。足の裏が気持ちいい。弾力があって、踏み込む力をわずかに跳ね返してくれる。
 想像していた通りだった。遠くから眺めるだけだった綿雲は、その表面が薄い膜のようなもので覆われていた。入道雲も同じで、幕の厚みは少しあるような気がした。
 てっぺんまで連れて行ってくれたのは綿雲で、試験監督をしていた私が、ぼんやりと外を見ていた時に、窓の横まで来てくれた。私は、椅子に座って、腕組みをしている私を置き去りにして、雲に乗った。そして、いま、ここにいる。
 夕陽が沈んでいく。雲が夕日の色に染まる。はるか下を飛んでいる白鷺は、朱鷺になっている。
 もう一人の私はテストを回収して職員室まで持っていき、窓を開けて私の方を見ている。
 もう少しいさせてくれ。滅多にない事なんだからさ。

自殺と認定されたケース

2015-07-19 09:44:21 | 日記
 確かに男の胸を刺したはずだった。突き刺したバタフライナイフは、まるで生物ででもあるかのように、彼の手の中から男の胸に吸い込まれていった。男は白い半袖のワイシャツを着ていたが、血の染みは全く見当たらなかった。
 男とは一面識もない。人通りも少なく、街灯もなく、もちろん近くにコンビニもない。防犯カメラから足がつくという事もない。誰かが殺したかった。誰でもよかった。
 古い倉庫の陰からナイフを持ったままで飛び出した。男は怪訝そうな顔をしていた。一歩近づいた。男はかすかに笑みを浮かべていた。その笑みが彼の気持ちに火をつけた。ナイフを胸に突き刺した。不思議だったのは、男が自分を守ろうとするような動作をいっさいしなかったことだ。そしてナイフは吸い込まれていった。
 男は、笑みを浮かべたままで、人差し指を彼の方に向けた。人差し指は、みるみるバタフライナイフに変わって行った。彼は、男が信じられないほどのスピードで自分の前に移動し、胸にナイフを突き刺すのを見た。意識が無くなった。
 次の日、警察は死体を発見し、ナイフが鑑識にかけられた。彼の指紋しか残されていなかったため、自殺として処理された。警察は忙しいのだ。