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アラシャン通信(オイスカ阿拉善砂漠生態研究研修センター便り)

阿拉善からウズベキスタンのシルクロードの砂漠化防止活動配信。肉体疲労、更年期、男女不妊には日本最濃の薬味酒、遼伝来福酒!

ゴミとインフルエンザの関係

2013-04-13 17:24:49 | つぶやき
先日の阿拉善テレビでは小区のゴミ問題が話題になっていた。こちらでは小区(社区)と言われる団地が町の中にたくさん分かれている。大きな団地では、管理費用が賄えるためにそう問題にはならないのだが、1棟から3棟くらいの小さな小区では管理費を納めない人が2/3くらい居て、管理費が賄えなくなり、結局は管理人がゴミ収拾や掃除を拒否する騒ぎに発展してしまった。管理人が怒っている一方で、住民も困り果てていて、そこら中がゴミだらけになっている。じゃあ、住民が拾って捨てればいいだけの話で、「簡単じゃない、住民が代わる代わるに掃除して集めたらいいだけの話ではないか」と言えば、「捨てないんだ、大人は」という一言が返ってきた。問題は習慣的な問題で、簡単ではなく、大人が掃除しないで皆、無視して生活している。小区全体がだんだんと腐敗臭とゴミ屋敷へと変貌していて、不快きわまりない。ここで病気が発生しないかなどの衛生面での心配をしていたら、鳥インフルエンザが蔓延してきているのと一致していることに気がついた。鳥インフルエンザは普通、冬に発生し、春先の発生は珍しい。今回の報道を見ていると、どうも自由市場での春先の温度上昇とともに腐敗した衛生面での問題が、鳥を媒介してウイルスが変質し毒性が大きくなっている気がする。鳥が悪いように言われるが、実の原因を作っているのは人間側ではないのか?発生してから消毒という方法で除去しているが、本来は発生しないように普段から衛生面を気をつけていれば発生は免れたのではないか?等と根本的な公衆衛生の部分から変えて行くしか治療法はないような気がする。しかし、大人は既に難しい。やはり子供の頃からのしつけをしていかなければならないのではないかと思っていたら、先日、偶然に他の地域だが学生が道路脇のゴミ拾いをしていた。でも先生は命令していてやはり拾っていない。中国ではオイスカの子供の森計画よりも”子供のゴミ”計画の方が必要かもしれない。それが、次世代の意識を変えて行くのではないかと思われた。
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2013-04-07 19:03:24 | つぶやき
こちらではよく手を見られる。そしてうらやましいと言われる。その意味が良くわからなかった。手なんて何でも同じだという感覚であった。でも、結構気にしている人が多いように感じる。こちらのスタッフのウさんは昨年、研修で日本に行った時に「肌や手がツルツルになったよ」そして決まっていうのが、「こちらにいると肌がボロボロになる、きっと日本の水が肌にいいのだ」と言われる。確かに日本に戻ると、不思議と手がツルツルになる感じがある。私の手もこちらに来てからはだいぶシワが増えた気がするのだが、それでもこちらの農牧民の人の手にはかなわない。というか、逆に尊敬さえ覚える。手にも年輪があってそれなりに刻み込まれたシワは逆に美しいと思うときがある。
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TBSニュース23にて

2013-04-03 09:20:17 | つぶやき
昨夜の番組で放映されたようです(こちらでは見れません)うまく編集頂きありがとうございました。エミューの卵が緑でこのようになればと言っていたということでしたが、現在の現地の厳しい状況と民間活動の大切さを少しでも分かって頂けたらなと思っています。これを機に私たちもさらに頑張って行く所存です。
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宮沢賢治と上野

2013-03-29 02:39:48 | つぶやき
東京に出ると行きたくなるのが上野、浅草の下町だ。通りかかった上野公園はちょうど桜が満開だった。この時期に普段はなかなか居ないのだが、今年はありがたいことに、用事が延びて上野の桜を見ることが出来た。やはり桜を見ると春だなあと思う。ところで話をしていて、ちょうど宮沢賢治の話になった。宮沢賢治も昔は、故郷の盛岡と往復して貧しい農民のために石灰石を売り歩いて本郷の宿からこのあたりをうろちょろしていたらしい。また上野の図書館で詩を創作していたということだ。それが子供図書館に繋がっているのかは分からないが、きっと上野の桜も見ていたのだろうか。かんばつニモマケズ、砂嵐ニモマケズ、寒波ニモ春ノ黄砂ニモマケヌ...
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低コスト体質の国へ

2013-03-28 07:55:10 | つぶやき
昨日、久しぶりに見たテレビで日本の2040年の高齢化問題を話していた。同じ日に千葉にある私鉄の料金が高いということで裁判が話題であった。同じ日に偶然に二つの大きな鍵となる問題が議論されていたことに興味を持った。海外から見ると、日本はサービスがとても良い反面、高コスト体質の国で、それが当たり前になってしまっている。鉄道料金の件も学生が勇気ある意義を訴えていたが、裁判では負けてしまっていた。それは司法の判断する側が国、または上層部であって、よほどの機運が高まらない限り個人では勝つことはできないだろう。ただ、それに対して意義を唱えてくれたことに同じ県民として感謝したい。最近ではインフラを必要としない部分を武器に、特にインターネットや高速バス、LCCなどが低価格路線で入って来ている。日本はこれまでデフレであり、これから円安、インフレに向かうといわれているが、世界的にはまだまだ高コストの国だ。2040年問題が言われているが、特にインフラ、管理コストをできるだけ低くして行かなければ、税金コストが上がり国が破綻してしまうだろう。今の余裕のあるうちに、鉄道料金の件ではないが、税金を単に上げて行くのではなく、インフラの掛かるコストを下げる方法を議論し、試験的に導入するなどの対応をしていく必要がある。それは私たちのNGO活動にもいえる。それが、結果的に効率を上げ、TPPにも対抗できる唯一の方法ではないか、先日の裁判は、そうした面でも皆で考える必要があると思われた。
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姑息なネズミ取り

2013-03-05 01:46:56 | つぶやき
今日は、スタッフが凹みをさけようとセンターラインを少し越えた500mほど先の草むらにねずみ取りが潜んでいた。昨年あたりから財政難なのか取り締まりが厳しくなっている。それも姑息な手段で罰金を取っている。「さっき、センターラインを超えたよね」そこの凹みを避けるためには、必ずセンターラインをオーバーすることを見越して隠れていた。あまりにもひどいやり方なので、抗議すると、「じゃあ罰金150元、3点減点の所を、減点しない代わりに200元!」と交渉してきた。あまりのショックでスタッフが肩を落としている。昨年は9点でぎりぎり切り抜けたが、いづれも姑息な手段で取られた。他にも以前にも書いたように隠しカメラがあちこちにあり、2重線のラインを少しでも越えると、しっかりとカメラに撮られ、それがネットワークによってコンピュータに登録され、罰金を支払わなくてはならないはめになっている。おかげで罰金を支払う所は毎日行列ができている。12点を越えると自動的に免許取り消しになる。ここでの交通警察の仕事とは、事故を起こさないよう安全のために存在するのではなく、”罰金をとるため、車を運転させないため”に存在している。聞いた話では30万元(360万円)も取られた人がいるそうだ。そして罰金を取る公安の態度がまさにテレビに写る高官の高飛車な態度と同じで最悪なのだ。決まりきった大声の庶民を小馬鹿にした何も考えていない台詞。この国のこのような姑息な人たちに対応するためには、もっと高レベルの対応、戦略が今まさに要求される。正義であるはずの組織が悪に染まっている。やり方が本当に汚い。汚すぎる。これが本当の正義の社会なのだろうか?泣き寝入りする他はない人々、特に弱い人がますますやられる社会を見るたびに胸が痛い。
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春節の変化と交通締め付け

2013-02-14 01:01:45 | つぶやき
今年の春節は例年とは違う。まず政府の人たちが春節の間に公用車が使えなくなった。そのために道がかなり空いている。また田舎によくある偉い人が来た時のパトカーの先導がなくなったり、高速道路を春節は無料で解放したりと庶民重視に政策を転換して来ている。これらの政策は市民には好評だ。ただ今、一番頭の痛い(頭に来る)問題は、実はあちらこちらにある隠しカメラだ。煙草を吸いながらの運転やシートベルト、携帯電話はともかく、制限速度の少しのスピードオーバーも、ラインを踏んでもカメラの撮影によって罰金150元と3点減点(年間12点で免許取り消し)が待っている。違反切符を払いに行くと、たくさんの人でごった返している。車が多すぎるので運転するなということなのかもしれない。ただ交差点だけでなく、300mくらいの感覚でカメラがあると、これが本当に人民のための設置なのか、監視なのか、お金のためなのか分からなくなってくる。違反切符の年収はどのくらいだろう?やり過ぎと言えなくもないくらいひどい状況なのだ。
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ウォーリー

2013-01-31 06:05:24 | つぶやき
今、エミューの油の利用法をいろいろと考えているのであるが、元鳥取大学の斎藤先生(獣医学)から油のアドバイスを頂いている。人間というものは頭が良いと思っているけれど、動物から見ると実は愚かだと思うと言っていた。その意味がよく分からなかったのだが、この映画を見て、何となくではあるが、言っている意味を考えさせられた。この映画は言葉がほとんどないのだが、それが逆にこの映画の良さを引き出している。便利さを追求していき、地球を捨てて宇宙に出たのだが、人はコンピュータの画面を見てほとんど生活している。その宇宙船の平和な社会の人たちは何のために生きているのかさえ分からなくなっている。機械の方が人間らしくなってしまってそれが強烈な皮肉に思えた。
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スモッグ再び

2013-01-30 20:27:58 | つぶやき
ここ数ヶ月の冬の時期に入り、北京などの都市ではスモッグ汚染がピークに達している。この汚染はこれまでもあったのだが、今年はこれまでとは違う。一つは北京のアメリカ大使館が発表している大気汚染指数が庶民にもインターネット等により普及してきたことと、環境にたいして関心を持つ中間層が増えてきたことが大きい。そして政権交代もあり、マスコミに対しての規制強化に踏み切ったことが、逆に南方の新聞記者の心に火をつけた。これまでもこうしたことを問題として訴える新聞記者や環境保護局の方は国内にもいたのだが、こうした問題がなぜか抑圧されていた。「ひどいスモッグですね」と言えば、あれは「霧だ」という。こうした負の部分は面子により、ますますガードされるという悪循環になっていた。砂漠化の問題も同様、砂嵐があっても、その不快さを指摘しない。「砂嵐がありました」というニュースだけであった。ここ最近は社会も実は以前よりもだいぶ成熟してきており、おかしいことをおかしいと言える人たちが台頭してきた。いい意味で、これを契機に変わって欲しい。今、放置すれば、ますます悪くなり、取り返しがつかなくなる。こうした問題は早ければ早いほどいい。今こそ悪いことは悪いこととして認め、マスコミへの検閲、改ざんなどをやめ、社会主義でも一国二制度のように言論の自由を認めていくことが、こうしたスモッグの唯一の解決策になる。中国のマスコミは、そういった意味でも環境改善の砦だ。庶民のためにも頑張って欲しい。
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陰と陽

2013-01-18 06:37:31 | つぶやき
中国の考えでは陰陽という儒教の古代思想がある。これは万物は陰陽の働きで成り立っているという光があれば影があり、山があれば谷があるということを相反させるのではなく、調和させていこうという考えである。なので、こちらでいろいろな人たちと話していると、悪というのが悪として認識していないのではないかと思うことがある。世の中には両面が必要で、夏があれば冬があり、他に男と女、天と地、功と罪などがあるといわれる。犯罪をする人がいるから警察が成り立っている、汚れた池には魚が住まない、などということを普通の顔をして言われると、なるほどなあと思いながらも腑に落ちない。三国志の世界でもそうだ。引いたり攻めたりという戦略が面白く描かれているが、こうした駆け引きを楽しんでいるような気がする。それが、そのまま今の不透明な発展に残された人たちの不満解消に受けるような政策がされているような気がしてならない。駆け引きまでですめばいいのだが、これが最終的には1人の判断、例えば戦闘機に乗っている人の判断でミサイルを発射し英雄になる。こうしたことが実際に近い過去にあった。その時はアメリカの偵察機にぶつかった人が英雄になった。先日は放火した犯罪人でも英雄になった。漁船もそうだった。悪いことをした人がなぜ英雄になるのか分からないが、こうした問題を起こす人は世論を背景にして1人で行っている。かの国は重い処罰をせずにすべてが英雄になってしまった。こうしたことから考えても少尉の先日の発言は非常に危険な段階に来てしまったことを意味している。そうなった場合、どう対応するのか?シュミレーション段階ではすでにこうしたことは行われていると思われるが、まずはこうした人たちを英雄にしないようにするべきだ。なぜなら、世の中、こうした英雄の影で、たくさんの被害者や悪影響を受けている人たちがいるからである。世の中は対決を望まず、何も荷担していない、いい人たちがほとんどだということがもっと知られなくてはならない。
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