融通無碍なる留学生活

~豪に入っては豪に従います~

ネガティブなことって、すごいパワーもってるね。

2007年04月30日 | 気付いたこと築いたこと
どうもここのところ思考がポジティブに行きません。

最近、少しでもストレスが自分にかかると、
ものすごい勢いで「日本回帰」みたいな感傷が・・・。
取り急ぎ、本日梅干を購入。今夜のご馳走だわ。

ネットが家にないのは、絶対影響大だと思う。
精神衛生上、
ひっじょ~~~~~~~に良くない。
「こんな国にいられっか!」という気になる。
なんとかしてよ、テレストラ。いやもう、いい加減にしてよ。
かれこれテレストラにも一ヶ月待たされてる。信じられない。嫌い。
最悪なオプタス事件から換算すると、かれこれ2ヶ月近く、
ネットのない状況だ。こんなところで勉強も仕事もあったもんじゃない。
ありえない前近代的環境!!死にそうだ!!!
何がビーチ・カルチャーだ!そんなもんにばっかりふけってるから、
こういうサービスがとろいのだ!!!!!!
・・・と、つい叫びたくなる。

おそろしいことに、ほんの一点のクモリが、
全てを見えなくさせたり、見えてしまったような気にさせたりする。

たとえば「○○人」の印象しかり。
でも、、、だから私も「日本人」としての印象を、
気づかぬ間にどこかで与えているんだろうから、恐ろしい。

実際人はやっぱり、与えられた条件の元でしか、
「印象」を築くことができない。
やけっぱちな心境の今の私は、
とにかく今ここにいることが、
嫌いだ。

本日のスーサン:意外ともろいらしい

2007年04月28日 | 気付いたこと築いたこと
驚いた。
アメリカ人の同居人スーサン(仮名)を泣かせた。

ちょいと淡々と、説教じみた発言をしたまでだ。

まぁ、日頃どんな屈辱的なことを言われてもニコニコしたり困った顔ばかりして、言い返すこともなく、ものすごい草食動物ぶりを発揮していた日本人が、突然真顔で「思い知れ」的な発言をし出したら、けっこう気味悪くてショックだったのかもしれない。

もちろんもっと言ってやりたことはあった。これまでに私は何度人知れず彼女の心無い言葉で泣かされていたかわからないからだ。
おまけにトドメのセリフで、
"I will definitely do what I was done."
"Never forget I am a granddaugahter of Japanese Yakuza. "
とかも心に浮かんだ。まぁギャグっぽいけど、彼女は"Yakuza"という言葉には反応するのを知っている。よくガイジンさんが"Ninja"とか"Fujiyama"とかに反応するみたいに。なんか怖がるのだ。
でも、やめておいた。
表情から、すでに私が静かに話したことだけで、もう十分効いていることが読み取れたから。

とりいそぎ、一線を引けたと思うので、これ以上はかかわらないようにしないと。危ない危ない。

一説によりますと、スーサンのような人は境界性人格障害という手に負えない症状に合致するのでありまして、最初は俗に言う「中二病」とか「小六病」かコイツは、とか思ってましたけど、大学職員にまで噛み付き、他のアメリカ人も目を丸くしているらしいので、本当にデンジャラス。ある方からの助言によりますと、境界性人格障害の方に対しては逃げることも同調することも効果なし、ひたすらこちらの軸をキープすることに努めるほかなし、とのことであります。

また別の助言によりますと、アメリカ人にはそういったタイプの人が多いのだという話もありまして(アメリカ人同士はどんな会話になってんだ?!?!)、いずれにしても、こちらが気を揉む必要はないとのことだ。最低限、自分を守ることだけが、私の留学生活をマットウさせる唯一の手段ということか。
予算もすでにギリギリだ。引越しを考慮にいれることはあきらめつつある。

同居人との関係としてはこの上なく残念だが、
本末転倒になることだけは避けたい。
私はただただ、自分の勉強、自分の仕事に、
静かに集中したいだけだ。

国境の越え方

2007年04月26日 | 気付いたこと築いたこと
日本に置いてきてしまって手元にないのだが、西川長夫の「国境の越え方―国民国家論序説」という本はずいぶん昔に読んで感銘を受けた一冊だ。
酒井直樹など国民国家論を述べる多くの人が外国で教鞭をとったり、長く日本国外で活動するなかで、「日本」を鉤括弧に入れ相対的に捕らえ、「ネーション・ステート」と自己との間に距離を意識しつづる。「日本人である私」という自己同一性を本質的に追求することを避け、あくまで国民でありながらも国家というものを監視する態度をとると言ってもいいだろうか、住み慣れた故郷への意識と政治体制への姿勢は同一視しないということ・・・。そして政治体制ばかりでなく、文化も歴史も、そして言語ですらも・・・。

こうした人たちの著作を読むと、「日本人だから~」とか「日本人的な感覚でいくと~」とかそういう言説を形作る一員になることは避けたいかなぁ…と考えるようになるわけです。
ですが、実際自分が外国で暮らしてみて、これでもかというほど「日本だったらあり得ないよね」みたいなことで凹んだりすると、容易に「やっぱ日本がいいよね~!」みたいなセリフが私の心の中で頭をもたげるんであります。

私は思わず自問する。

このときの「日本」ってなんだろう??

「故郷」でもあり、で、やっぱり政治体制としての「国家」でもあるんだろうよ。はっきりくっきりとは割り切ることのできないひとつの総体的な感覚として、やってくるものはやってくる。ここで、もう一回「愛国心」とかいうキーワードについてものを考えてみたりしたら、面白いだろうなとも思う。それでもはやり、本質主義的な感覚一辺倒に陥いることには抗いながら…。


今日、「国境なんて越えられないのか」と思うような話を聞いた。

友人の彼女はオーストラリアでの学生生活を終えたあと、日本に戻らず直接ヨーロッパのとある国で、彼女のパートナーとの新しい生活に踏み出そうとしている。シドニーにある同国の大使館で、もろもろの手続きを進めようとする中、その国がどう論理的に考えても「外国人受け入れ拒否」を政策として取っているという事態に直面する。そしてついでに、心に傷を負ってしまうような冷笑や、「言葉の暴力」とでも呼びたくなる一言も浴びせられた。

数々の制約にしばられながら、網目を縫うようにして進み切って、ようやく「この人」と思える相手のそばに行くことができる。友人の場合は、パートナーが「一緒に戦う」と言ってくれて、数々の不安を抱えながらも、なんとか生活を始めることができそうだ。しかし場合によっては不可能な条件も突きつけられる。その国の国家から「来るな」と言われるということだ。自国民以外の人間はその国家の経済事情を揺るがす危険分子であるからして、国境なんてそう簡単にまたがせないのだ。対形象的に、自分はものすご~く「日本国民」であることを意識せざるを得ないよね。望もうと望まざると。
私は友人に幸せになってもらいたい。彼と共にがんばってほしい。

ここオーストラリアで勉強していると、一日に一回は聞くんじゃないかというくらい、「永住権」、「パーマネント・ビザ」、「PR」(全部同じ意味)という言葉が飛び交っている。移民受け入れの国だけに、そしてこの南の国への憧れなのか、なんなのか、その豊かさなのか、なんなのか、とにかく移住を希望する学生は後を絶たない。
しかし、連邦政府は今年の9月より永住ビザ取得条件を引き上げる方針を発表した。しがみつくようにして、永住権獲得のための策を高ずる海外留学生の姿は、反論を恐れずに言えば、正直言って痛々しい。オーストラリアに残る確固たる目的意識、その国へかかわろうとする自らの存在意義として、説得力ある理由を聞いた試しがない。

まぁ、そんなのいらないのかもしれない。「太陽があるから」「ビーチが素敵だから」っていうので立派な理由なるのかもしれない。でもそうした理由を「国家」は阻む仕組みになっている。
やっぱり「国境」なんて、そう簡単には越えられない。

黒いことを・・・

2007年04月25日 | 気付いたこと築いたこと
最近このブログに黒いことを書いているため、
コメントを受け付けなくしてましたらば、
メールで励ましのお言葉いくつか頂戴いたしました。

心から、ありがとう。
私の心が本当に壊れてしまわずにいられているのは、
「味方」といってくれる人、
「甘えていい」といってくれる人たちがいるから。

私の大切な人たち、どうもありがとう。

映画みたい。

2007年04月25日 | 気付いたこと築いたこと
同居人スーサン(仮名)からの攻撃に耐えかねて、
数日前、軽く復讐を試みてしまった日のこと。

猛烈に怒り狂ったスーサンはその日の夜、私が自室に戻ったあと、
エルザ(仮名、もう一人のシェアメイト)にものすごい勢いで、
私の悪口を大声でまくしたてていた。

それがものすごいのなんのって。
“bitch”とか言ってるよ。「雌犬」とか「クソ女」みたいな意味だね。
映画みたいだった。わーアメリカ人怒ると本当にこういう風に言うんだね~とか聞いてしまった。いやしかし、怖いです。自分のこと言われてるんですから。ホラー映画なみの迫力で。


先々週、日本から私の彼が来てくれた時にも、彼女の攻撃は過熱しており(多分ヤキモチ)、彼も悪い英語をいっぱい覚えて帰ったのでした。。。

Oh, it's gross...とか。
grossのところにいっぱいバリエーションがあって、
disgusting, messy, annoying, ugly, stupid...もっと下品な言葉も。
彼と一緒にスーサンの物まねしながら、
「あと何覚えたっけ」とか言って笑ってましたけど、
こんな実用英語を学びに来たわけじゃあないんですけどね。。。

ネガなというか、意地悪な言葉しか吐かない彼女は、
当然お友達がいないのです。
前に彼女に優しくしてくれていたフレンチ・ガイも今は敵に回ってしまった。
そんな彼が、復讐に出ているらしく、
「今日、ペン(仮名)がこんな酷いこと私に言った!」
とまた怒鳴りたてている。(自分の行いが還ってきているのに。。。)

そんなとき
ジャーク!ジャーク!と連発しているのだが、
これがまだ、どんな単語なのか、わかんない。
誰か、わかる人いたら教えて。

っていや、こんな実用英語、別にどうでもいいんだってば。

本日のスーサン(仮名)

2007年04月25日 | 日常生活
アメリカ人の同居人スーサン(仮名)があまりにも意地悪なので、
もうコーナー化してしまおうかと思うくらいだ。カテゴリでも作って。

なんかしら私を攻撃したいらしく、
昨晩はなぜか目を三角にして、怒鳴るようにこんなことを言ってきた。

「先々週、あなた鶏肉キッチンに出しっぱなしだったわよ。教えてあげるけど、鶏肉は1時間以上冷蔵庫の外に出してたらだめ。私とエルザ(仮名、コロンビア人)で、あきれて冷蔵庫にしまっておいてあげたのよ!」
とか言い出した。しかも、「一時間以上」のところを得意げにアホのように繰り返す。耳が痛いほどデカい声で、だ。

てんで、覚えてませんよ、そんなこたぁ。
先々週でしょ?
しかも、もう秋のシドニー。鶏肉ったって、覚えがあるのはタコス用に調理済みのもの。poisoningとか大げさなことを言い出してきて、ほんとアホかと思った。

すなおに、「あんた、アホですか」という顔をしてみた。
目を合わせずに、うんざりした声音でOk, Ok, Thank youと言ってみた。

それに対する彼女の返しは、こうだ。鼻息荒く、どこまでもえらそうに。
“This is just a suggestion.”

「ちょっと教えといてあげたまでよ。」といったところか。


はい、このセリフ、いただきました。

次は私の番でございます。
「ところであなた、エルザ(仮名)に電話の工事代代払った?一人26ドル。」

私はエルザから、請求しているのにスーサンがちっとも支払ってくれなくて困っていると聞かされていたのだった。

急にスーサンは口ごもる。
「私、聞いてないわ、そんなこと。」

よくもそんな見え透いたウソを。

私はあんたの目の前で、エルザに「電話の申し込みありがとう。これ工事費26ドルね」といいながら支払ってみせたのを、忘れたとでもいうのか。

私もしつこくいってみた。
「一人26ドル。ちょっと教えといてあげたまでよ。」
 “For each person 26 bucks. This is just a suggestion.”

今度から使おうっと。
This is just a suggestion.

しかし、こんな攻防戦。続けていたら、病気になるよ。

これも観察。

2007年04月24日 | 気付いたこと築いたこと
ガツンと音が聞こえそうなほど
「あ、今心に傷が付いたなぁ」と感じるようなことがあると、
不思議なことにこれ、
英語がまったく聞こえない、しゃべれない、という状態になります。

私だけかな。

日本語はまだ口からでるから、大丈夫っか。


やっちゃった。

2007年04月24日 | 気付いたこと築いたこと
人に意地悪をされて、
図らずも意地悪をしかえしてしまったところ、
ものすごく気分が悪くなりました。

人には品位ってもんがあります。
自分の品位は最低限守らないとね。
守った上で仕返しができたら、
この上なくスッキリするんだろうなと思います。

それが、英語でできたら文句ないんですけどねぇ。

泣き面に蜂。

2007年04月24日 | 日常生活
今日もネガティヴなことを書こうと思います。

悪いときには悪いことが重なるもんです。
気持ちが悪くなるほど落ち込んでいるときに合唱の練習に参加したら、
見るからに意地悪そうなオバはんに、ものすごく意地悪な一言を言い放たれた。

タイミングってもんがあります。
もう合唱団もやめてやれ、と思っています。
どうでもええわ。もう。

住環境が非常に・・・

2007年04月23日 | 気付いたこと築いたこと
悪い。

人間関係が最悪の状態になっている。
こんなむちゃくちゃなことがあるか、というくらい、
アメリカ人スーサン(仮名)がひどく荒れており、
私の精神は相当マイっている。
もうひとりのフラットメイトのコロンビア人エルザ(仮名)もマイっている。
ありえないだろう、ふつう、、、ということが
連日連夜起こっている。もうだめ。疲れた。
ネットもつながる様子がないし、自宅に帰れば世界から隔離された気分だ。

これはまずい。しかし、どうこうしようという気力がわかない。