融通無碍なる留学生活

~豪に入っては豪に従います~

語感って、大事だね。

2007年08月21日 | 言葉を織り成す
オーストラリアの作曲家の音楽調査(特にピアノ曲)のデータを集める仕事をしているのですが、特に困っちゃうのが、曲のタイトルをどう翻訳するか。

タイトル翻訳の「しんどさ」については、ブルグミュラー25の翻訳比較遊びで随分楽しんだのだけれど(こことかで)、でも自分で実際翻訳するとなると、なんというか罪悪感に溢れる作業にもなる。。。

カール・ヴァインという人のピアノ小品の中に"sweetsour"というタイトルの曲がある。まぁ簡単に言えば

「甘酸っぱい」

ということなんだろうけど、なんとなくね、この文字面が好きじゃないんですよ。
音で聞く
「アマズッパイ」
というのは、
その後ろに「~青春の思い出」とか付きそうで、けっこういい言葉だと思うんですが、文字にして

「甘酸っぱく」

とみると、どうも感覚的に英語タイトルの

"sweetsour"

とは少し感じがずれるような気がするんです。
どうも、

「酸」

という漢字がよくないんだと、思われる!
この漢字って、発酵した「お酢」とか、理科室に漂う「酢酸カーミン」の不快な匂いとか、なんかこう、あまり麗しくない印象があるんですが・・・私だけですかね。

でもこのヴァインの作品は、別に子供用作品とかでもないので、

「あまずっぱく」

とか平仮名にするのも、なんかちょっと違うような・・・。
結局妥協で、

「甘酸っぱく」

のままです。今のところ。

ところで原語の"sweetsour"はヴァインの造語のようで。
ヴァインは、
「中国料理は甘い・酸っぱい・塩辛い・苦い・辛いの基本5要素の組み合わと考えられているようだ!英語の感覚では、甘いと酸っぱいは対極線上にあるから、一つながりでなんて考えられないよね!」
みたいなことを言っていて、「甘酸っぱい」なんて彼にはなかなかわからんのだろう。で、こんな作品どうよ!!と奇を衒ったつもりで(?)作曲してみたわけだね。

そんな彼には「青春時代の思い出」が"sweetsour"なんつったって、思いっきりピンとこないんだろうね。

言葉とものの捕らえ方は限りなく近づいてしまう。
言語体系によってあるものとないもの。
その間にふんばる翻訳作業って、やっぱり大変だぁ~・・・

言葉が呼び寄せるもの

2007年08月13日 | 言葉を織り成す
言葉は所詮ツールにすぎなくて、
私たちがアタマの中に抱えていることの、
ほんの数割しか伝達できない場合は多々ある。

仮にそれが母国語だって、
「どんなに言葉を尽くしても」話の通じない相手というのはいるし、
逆にほんの二言三言でも、こちらが含むニュアンスさえも
丸ごと通じた!と感じる相手はいる。

それが、母国語でない言語となると、
そもそも自分自身が「言葉を尽くした」なんていう感覚まで
なかなか到達できるものじゃない。
そもそも「この感覚」「このニュアンス」というものも、
同じ言語を母国語としない相手が元来持ち合わせているのかどうかも
分かりえない。圧倒的な他者。

自分の出力が、
仮に日本語だったらアタマの中のことを9割表現できたとしても
外国で、その国の言葉だとニュアンス誤差も含めて2割だとする。
すると私はその国では、いつでも2割の出力で生きていくことになる。
そして哀しいことに、私の周囲にいる人々は、
自分の2割で獲得した人間関係ということになるんじゃないか。
あ~ごめんだね。

・・・・なぁ~んて話を友人(日本人)と、
軽く酔っ払いながらいたしました。

「私たちの英語力なんて、日本に帰ってこそナンボのもの」
この文脈において、そんな友人のロジックに
夜な夜な激烈に賛同したのでありました(笑)。


今ここに生きるこの私は、
言語的弱者、マイノリティである。
じゃあマジョリティがいいとかどうとかっていう、
そういうポリティカルな香りのする方向に話がしたいわけではなくて。
ただ、ただ、心底思いますのは、
「心地よく」生きていくこと
そして何より、
微力ながらも自分の持てる能力を
思い切りフル稼働させて働いて、
それが自分自信や、多少ながらも社会への活性剤につながっている、
と、そう信じながら生きていくこと、
それが出来る場所にいたいのだと、
そう感じる次第でございます。

この移民の国では、ここに「残る」かどうかという話が
よく海外からの留学生同士(日本人に限らず)の間でも持ち上がるのですけれど、
何かきっと私の知りえない「心地よさ」が、
この学生たちにはきっとあるんだなぁ~と、思いを巡らすのであります。
もちろん、自分の仕事、任務みたいなのものを、
その人の実存レベルから放出させて輝いて、
外国にくらす異邦人は、この世の中に溢れるほどいる。

いずれにせよ、こういうテンポラリーな留学生活というのは、
多かれ少なかれ、
自分が生き生きと出来る場所がどこかというのを
しばしば考えさせられる時間であります。

映像と言葉

2007年06月03日 | 言葉を織り成す
来学期に履修しようと考えている授業の中で、
「メディア翻訳」があります。
これは映画に字幕をつける仕組みを学ぶ授業。

今学期にすでにその授業を受けている台湾出身の女の子が、
「課題で、たった5分間のシーンに字幕をつけなきゃいけないんだけど、
 私のことだから2時間くらいかかりそう・・・。」
とか言っていて、
「でも、この作業が終わったあと、どんな映画を見ても、すごいなぁ~って思いな がら見れるよね。」
とも言っていて、
一段とこの授業が楽しみになりました。

(ちなみにこちらで出会った台湾の人たちって、
 みんなフレンドリーで素敵。大好き。)

昨日は、日本人2名、香港人、中国人の4人で小さな集い。
映画を見ましょうということになって、
日本の映画「天使の卵」というのを見たんです。

そのとき面白かったのが、
字幕を読んでいる中国人、香港人が、
日本人の私たちよりも一瞬早く反応して、笑ったりしてたこと。
これはセリフよりも先に字幕が先に現れることで起こりうる。

でも一方で、
ほぼ同じタイミングで笑ったり、驚いたりする場面もしばしば。
そして、
そのシーンが決して「翻訳しやすそう」なセリフのところじゃなかったりすると、
「どんな風に訳されてるんだろう」と興味深いし、
ほぼ同じようなリアクションを我々がしているところを見ると、
けっこういい翻訳なんだろうなぁ、とも想像しました。

日本のメディア翻訳業界は、
独占禁止法ってないんだっけ?
みたいな状態になってるというウワサも聞きますが、
ここにもまた面白く奥深い世界があるんだろうなぁ、と
しばし感じ入ったひと時でした。

翻訳とネットの熱い関係

2007年05月01日 | 言葉を織り成す
今日は昨日と打って変わって、朝からいい気分だ。
8時の開館直後に大学図書館に張り詰めている。

お仕事の翻訳締め切り日なので、
自分で作った下訳をひたすらひたすら練っていく作業。
集中するとこういうのは、この上なく楽しい。
(あ、もちろん、結果がきちんと伴えばいいんですけど・・・)

理想的には英語のネイティブスピーカーに
自分の翻訳にチェックを入れてもらうことだ。
しかしこれが実際キビシイ。

留学してるんだから、そこいら中ネイティブだらけだろう、
と想像されそうだが、これがそんなに甘くない。

日本人ならだれしもが、きちんとした文章をきちんと修正できるわけではないように、
ネイティブだからってだれもができるわけじゃない。
それに第一、きちんとチェックしてもらおうと思ったら、
それなりの労力を相手に課することになるので、
おいそれと気楽には頼めない。
「ねぇねぇちょっと読んで」なんてわけにはなかなかいかないのだ。
プルーフ・リーディングを専門にして生業にする人だっているくらいだ。

前に一度だけ仕事の翻訳のプルーフ・リーディングを、
我が家のメリケンにやってもらった。簡単な契約を結んでの上でだ。
なのにずいぶん大変そうで、死にそうな顔をしていた。
気持ちよく仕事を引き受ける、っていうプロではないわけだから、
仕方がないけれど、もうこういうのはキビシイな、と思ったのだった。

ネイティブ・チェック以外で、チェックする方法はある。
翻訳授業でも「必ずせよ」と言われている方法はこうだ。

とにかく、「こんな言い回しはあるのか?」というフレーズは、
チャンクごとに、ガンガンGoogle検索に掛けていく。
直訳したり、自分で「こうかな?」と思ってつくった英文は、
ネイティブ的にはあり得ない言い回しだったりする可能性大なので、
実際の書き言葉で使われているかどうかを知らなくてはならない。

たとえば日本語で「大気に溶けていくような優しい音のするピアノ」というフレーズを作るとき、gentle toneよりもgentle soundのほうがヒット数が高く、またgentle sound of the pianoよりも gentle piano soundsのほうがヒットする、とか、逐一チェックする。またヒットしたページが、翻訳モノの英語じゃないかどうか、個人のブログレベルだけのものじゃないかどうか、ヒットしても件数が一桁なら危ないとか、なるべく音楽関係のページを見るとか、そんなことを繰り返す。

実際少し言葉を変えたり入れ換えたりするだけで、ヒット数は数百単位で変わる。もちろん多ければいい、っていうものでもないので、信用できるページかどうかは見ていかなくてはならない。

最初に自力で作ったフレーズがヒット数0(ゼロ)だったりすると、かなり疑ったほうがいい。

こうやって練り上げていって、丸ごと一文そっくり生まれ変わったりする。

バイリンガルじゃない以上、
プロとしての修練を積みまくった人じゃない以上、
こうやってコツコツとやるしかないんだなぁ。
でも、きらいじゃないな。
集中できると、ほんと、楽しい。

だから、翻訳学生の家にネットがないなんて、死ねといわんばかりだよ。
早くしてよ、テレストラ。のろってやる・・・・

永井荷風

2006年10月01日 | 言葉を織り成す

永井荷風「濹東綺譚」を読む。
それにしても荷風のこの時代の日本語。ルビが多く振られた日本語にぐっとくる。いいねぇ。
「其方(そっち)」「悉く(ことごとく)」「摺(す)れちがう」だとか。

先日翻訳の授業で「もうあまり使っちゃいけない漢字たち」というので「殆ど」とか「折角」とかがあったけれども、たまにこうして時代を映すような言葉たちを、ぐぐっと味わってみるのはいい。

地名もいい。赤坂溜池とか。山谷堀、言問橋とかあの辺。主人公の住所が「麻生区御箪笥町一丁目六番地」とか。

そういえば辻邦生の「樹の声 海の声」の主人公の幼少時代、戦前の東京各地の地名、たとえば「御浜離宮」などの響きに、子供ながらにしびびれまくっていたという場面の記述が思い出された。


さて。オーストラリア新聞の経済欄を読まなくては。
振幅運動が激しすぎて、やせそうです(笑)。

渾身の発話

2006年09月13日 | 言葉を織り成す
さて今日も言葉について考えます。

究極のところで人はときに、
とても単純な言葉を選び取り、
そして単純な言葉に胸を打たれるときが
あるんだと思います。

あるとき
相手の言葉に傷つけられたと感じた私が
相手に対して放った言葉は
「あなたは優しくない」

相手の表情を読み取った瞬間、
しまった、と思った。
私はこの言葉によって、
どんなに相手を傷つけたかわからない。

感度や純度に磨きをかけるべきなのは、
どこまでも人に優しくあるべきだから。

「わかる」
と相槌をうってくれたことが、
どれだけ優しく響いたことか。

人は一言にだって、十分に泣ける。

言葉の周辺

2006年09月11日 | 言葉を織り成す
こちらに来てから2ヶ月。
恐ろしいほど時が経つのが早い。
そしていまだに英語を話すとき、
こなごなにくじけます。
ブロークン・イングリッシュです。

ハウスメイトとの「今日はこんなだった」の楽しいおしゃべり、
始めたばかりのランゲージ・イクスチェンジ・パートナーとの会話、
(それぞれの母語を交換しあう相手)
それぞれいい人たちなので辛抱強く付き合ってくれるけど、
興奮してくると平気で未来の話を過去形で話していたりする。
回路がめちゃくちゃになるのです。
おそろしいことです。

鋭く真摯で心優しい人たちでなければ、
私の人となりまでが、
単に幼く大人しい人間として扱われることだろう。
実際に相手によってはそう感じることもある。


言葉は力。
それゆえにこそ、
言葉以外の力にも、気付ける人間でありたいと願う。

豊かなる言葉の海へ

2006年09月05日 | 言葉を織り成す
「アクセント」というのを「なまり」と訳すことに、なんらかの違和感がある。「なまり」という言葉には本来なんの色合いもないのかもしれないが、日常で使う場合、「なまりが強くて何を言っているのかわからん」などと、どちらかというと否定的ニュアンスが加わることが多い。

「アクセント」というと、そうした否定的な色合いが若干薄れるような気がする。「アクセント」は他者と他者が出会うなかで、実は計り知れないレベルで生じているはずだろうし、「アクセント」をいともたやすく凌駕できるコミュニケートの方法もまた、限りなく存在するはずだ。

オーストラリアでの英語生活は、豊かな「アクセント」に彩られている。お店の店員さんなどから聞くオージー特有の「アクセント」は、ぐずぐずな感じで本当に何を言っているかわからない場合も多い。アジア諸国の留学生の、独特な子音の強さもまた、こちらに来て初めて多く耳にする。日本語話者特有の、母音を優先する発話形態も、あらためて実感するところである。

一般的にオーストラリアの英語は、アメリカとイギリスの両「アクセント」の中間くらいにあるという。スピーキング・クラスの教師が、極端に舌を巻き巻きして「アメリカン・アクセント」のものまね(?)をしたのも印象的だった。

私自身は、日本の旧文部省英語教育の賜物というべきか、アメリカ英語の影響を強く受けている。中学・高校と、手にする「ヒアリング教材」はどれもアメリカ的な発音のものばかり。そして私は実際に、その「R」のつよい「アクセント」を美しいと思ったし、そのように話せるようになりたいとも思った。

私はいわゆる「弁論大会出身者」というケースで、学校側が私を使い、他校と戦わせるべく(笑)、中・高と各学校に文部省が配置したAETの先生(「ガイジンの先生」)にみっちり「アクセント」をしこまれた。ワシントンD.C.から来ていたケリーの美しい「アクセント」に近づこうと、ほとんど病のように、アホのように、毎日弁論の原稿を繰り返しては、彼女からダメだしをされる日々だった。
出せる音が出したい音へと近づく快感。これは楽器の演奏と限りなく近い。というか、ほぼ同じだ。「アクセント」を身に付けることが、ちょっとした私の青春の1ページだった。

今はまた、単語レベルで、言葉の豊かさを実感する。「ゴミ箱」一つをとってみても、アメリカ式と英国式で違うんだそうだ。経験豊かなクラスメートたちが、文部省的アメリカ英語しか知らぬ私に、次々と英国式の言い回しなどを紹介してくれる。

出自は日本の北国および関東の盆地、日本国家の文部省教育制度的アメリカ英語に染まりきる、こうした私の「アクセント」と、私はこれからも付き合いながら、豊かな言葉の海をどこまで泳いでいかれるか。遠くはるか遠くまで、妄想ばかりは加速する(笑)。

言語脳の摩訶不思議

2006年08月18日 | 言葉を織り成す
英語がウマくなりたいのはもちろん。少しずつは慣れてきた気もする。でも今、むしろ驚くべき事態が、私の言語脳のなかで起こっているようだ。

北海道弁の復活だ!!祝!!

生まれ育ちは北海道小樽市。いたのは13歳までだから、すっかり小樽弁は自分の中で消えうせていると思っていた。
ところがだ。
こちらのブログにも来てくれているあっちゃん(バリバリ北海道人)と、シドニーで仲良くしてもらってから、ものすごいスピードで北海道弁が復活してきた。

子供のころは、相当な小樽弁娘だった。家が山梨に引っ越すとなったとき、かなりナマリが残るかと思われたが、これが山梨初日から嘘のように消え去り(かといって甲州弁は最後まで見に付けられず、20歳から東京へ)、完全に私は「共通語」という画一的言語社会に染まりきったと思っていた。大人になってから小樽時代の友人と旧交を温める機会があったときも、北海道弁は特によみがえってはこなかったのに。

なのに、だ!すごいんだ、これが。そしてなぜか、うれしいんだ、これが。

大学内でのびのびしている小鳥たちをみて「いやぁ~めんこい」。
「平気だよ」のかわりに「なんもだよ」。
「ごめんね」のアクセントも「め」に置くようになった。
全体のイントネーションが、気付くと変わっている。

不思議だなぁ・・・
今、英語という言葉の海にむかって、「自分を開いているときだから」こそ、起こっている現象なのでは、というのはある人からの分析。なるほど鋭い。

また、結局のところ、幼少時に身に付けた言語感覚というのは、かなり根強いということか。だとすると逆に、甲州弁が身に付かなかったように、英語をネイティヴさんとまるっきり同じように話せるようにはなろうはずはない。
でもコレは決して否定的とか悲観的な話ではなくて、むしろ当然のこと。大人になって第二、第三言語を学ぶということは、自分が言語感覚上、どういうオプションを追加して、どういう思考回路を切り開いていかれるか、ということなんだろう。

たとえば、自分のパートナーや家族を第三者に褒めちぎったりするのは、どうしたって日本語の感覚ではできないが、英語話者にすりかわったとき、それは今の私でも若干できるから不思議だ。その言語が放り込まれている社会の網の目そのものを引き受ける形で、人は発話する。「個」を重んじる社会の言語を使用するならば、「私」ではなく「彼」「彼女」を絶賛することは、なんら自画自賛の危険性を犯すことにはならないのかもしれない。

・・・とかいろいろ思いますが、
つまるところは、北海道弁が好き、というそれだけです(笑)。

言葉の格差は権力の格差

2006年08月13日 | 言葉を織り成す
単純に、しごく単純に、
言葉を多く持つ者が、権力をも強く備える場面がある。

人は、当然ながら、様々な格差の網の目の中に、
だれもが放り込まれている。
貧富、性差、その他もろもろ。
「言葉をもっているか否か」という基準によっても
格差が生じるということに、
私は少しばかり気付くことができただろうか。

「語る言葉を持ち得ない」という状況に
人は慣れてしまってはいけない。
単純に、言葉は多い方がいい。
それでもやはり、無駄な言葉は発しないほうがいい。

効果のある言葉を、きちんと丁寧に選択すること。
その力をどこまでも追求していくこと。
権力ではなくて思いやろうとする心のために、
私はひとつひとつ、言葉を増やしていきたい。